3-3 初めての魔法と観測所
二日目以降もペースを守りながら渓谷に向かって移動を続けた。
ツヅルはできるだけ自分の足で歩いたが、途中疲れから立ち止まることもあり、その都度ユウゴが抱えて移動を続けた。
同じように野営と移動を繰り返し、四日目にはスプリア渓谷に続く山間部に入っていった。
山道と言っても観測所までは道が整備されていることもあり、移動自体に大きな問題は無かった。
しかし、それまでの平原部では脅威では無かった魔物を警戒する必要があり、必然的に移動速度が低下する。
だが、ツヅルがここにきて役に立てることになった。
セオドアとエルゥが旅の為に必要だと教えた魔法の中に索敵・探知魔法があったのだ。
実地で使うのは初めてだが練習の通りにすれば問題無いと、セオドア達も言っていた。
その言葉を信じて、ツヅルはエイダンの指示に合わせて索敵魔法を展開した。
魔力を極限まで薄めた風が辺りを満たし、魔獣が持っている魔力に反応し、その存在をツヅルに知覚させる。
「多分あっちのほう、熊みたいな魔物が二匹くらい。でも、敵意は無いみたい。そう、言ってたから。他の子達もいたけど、街道を歩くだけなら襲わないって―――」
静かに語る様に二人に告げ、魔法の展開を解除する。
ツヅルの言葉を聞いた二人は顔を見合わせてから再びツヅルの顔を見る。
「ツヅル、お前が使ったのは二人に習った普通の索敵魔法なんだよな?」
「?うん」
ユウゴはツヅルに戸惑いながらも確認をするが、ツヅルは何も疑わずに頷くだけだった。
「儂は魔法が使えねぇからよくはわかんねぇが、セオドアが言っていたなぁ。神の武器を渡されてから魔法の効果にも影響が出たって。アイツの場合は不変が魔法の効果にも影響が出て、魔法で創り出した物が中々消えなくなったり、持続時間が伸びたとか」
「じゃあツヅルは、対話の力が影響したってことか」
「そういうことだ」
ツヅルは二人の会話を聴きながら、自分が魔法を使ったときにあった出来事を思い返した。
風に乗せた魔力を通じて、瞬間的に情報の、正確には意思や感情といった言語のような物を魔物とやり取りしていた。
魔物にはツヅルの情報が、ツヅルには魔物の情報が理解できたのだ。
ただそれを言葉で説明するのは難しく、ツヅルは結果だけを二人に伝えることにした。
魔物との対話。
戦いたくないという気持ちを伝える為の術は、本来なら戦う力を持っていない無力な子どもであるツヅルにだからこそ使えたのかもしれない。
「他の魔法にも何かしらの効果が付与されてる可能性も高い。とりあえず、こういうことは王都に戻ってから専門の奴等に訊いた方が早いだろ。じゃあツヅル、先に進むぞ」
「うん!」
そして五日目の昼過ぎ、魔物に遭遇することは無く三人は目的地のスプリア渓谷観測所に到着した。
小さいながらも結界石を備えているその拠点は、スプリア渓谷の瘴気溜まりを観測する為に第四騎士団の一個小隊の騎士団員が詰めている。
有事の際には浄化の拠点として機能し、瘴気被害を最小限に抑える役割を持っている。
当然ながら軍事拠点としての色合いが強いこの場所に一般人が来ることはそうそう無い。
「アステイス王国傭兵組合組合長、エイダン・エクレウスだ。第三王子のセオドア・リンクス・アステイスからの依頼により、観測地点の調査を行うこととなった。この二人は儂の息子のユウゴとツヅルだ。調査の補助と魔物の討伐を行う。滞在許可を貰いたい」
観測所の入り口で、現在観測所に詰めている第四騎士団第八小隊の小隊長であるクレア・ピクターにエイダンが代表して挨拶をする。
「話は団長から魔法伝話で聞いています、エクレウス様。観測所の設備は全面的に自由に使って頂いて大丈夫ですし、連絡を頂いた時点で部屋も準備しておきました。足りない物や必要な物がありましたら、なんでもお申し付けください」
艶やかな紺碧の髪の毛を揺らしながら凛々しい表情を崩さない女性は、エイダンの影に隠れているツヅルに視線を移し、優しく微笑みかける。
ツヅルは少しもじもじしながら会釈をし、床に下ろしたバックパックからエスエアで買った飴が入った小袋を取り出して、照れながらクレアに両手を添えて渡そうとする。
「頂いていいのか?」
「は、はい。その……パパとお兄ちゃんと、ボクと、お世話になります」
「ふむ。そういうことならありがたく頂戴しておこう。こういう場所だ、嗜好品は中々手に入らないのでな。部下達も喜ぶだろう。感謝する」
小さな手から小袋を受け取ったクレアは、しゃがみこんでツヅルと目の高さを合わせて礼を告げる。
二人の様子を見守っていたエイダンとユウゴは顔を見合わせて表情を緩め、ツヅルのちょっとした気遣いに笑みを浮かべた。
「早速で悪いが、魔法伝話を使わせてもらってもいいか?観測所に着いたら第三王子に連絡を入れると約束しているんだ」
「それでしたら、左の突き当りの部屋が通信室ですので自由に使って下さい。でも、まずは滞在用の部屋に案内しますので、その後で使われてはいかがですか?ご子息もお疲れのようですし」
「それもそうだ。すまねぇな、ピクター隊長」
エイダンはクレアに一礼をすると、彼女に案内されて部屋に向かった。
通された部屋は簡素な造りをしているが、三人が数日滞在するにはそれで十分だった。
ベッドが二つと簡易的な机一つと椅子が三脚。
大きく開けられた窓からは新緑に包まれた渓谷を見ることができる。
「トイレは部屋を出て建物の入り口の方に共用の物がありますのでそちらをお使い下さい。浴場も共用ですが、ここは温泉が湧いてるのでいつでも入れるようになってます。連絡が終わったら旅の疲れを癒されてもいいでしょう。では、私は管理室にいますので、何かあればいつでも言って下さい」
「ありがとうございます」
クレアの説明と配慮にユウゴは感謝を伝え、ツヅルのバックパックを受け取り中の荷物を整理し始める。
「荷物の整理は俺がしとくから、父さんとツヅルは通信室に行ったらどうだ?」
「悪ぃな、ユウゴ。じゃあツヅル、久しぶりにセオドアに声を聞かせてやるか」
「うん!」
エイダンとツヅルは手をつないで通信室に向かった。
彼らが部屋から出て行ったのを確認すると、ユウゴはため息を一つついてから部屋の外に居る気配に声を掛けた。
「久しぶりだな、クレア」
「新人訓練以来になるか。私の記憶が正しければ君は第七騎士団に所属していた筈だったが、傭兵に鞍替えしたのか?」
部屋の前の廊下に姿を現したクレアは口調こそ同じだが、先程までの厳格な空気が嘘のように消え、和やかな雰囲気を出しながらユウゴに話しかける。
「期間限定の出向だ」
「そうかそうか。しかし、君は少し変わったみたいだな。同期の中でも一番厳めしい顔をして不愛想だったんだが、なにかあったのか?」
クレアは出会ったばかりの頃のユウゴを思い出しながら、今とのギャップに少し笑う。
「…………弟ができたから、だ」
ユウゴは少しだけ言いにくそうにしながらも、同期の騎士にそう告げる。
「あの子か。素直ないい子じゃないか。まったく、あの時の君に今の君を見せたら驚くだろうね」
「クレアは相変わらずみたいだな。真面目で杓子定規な喋りが変わってない」
「だからこその小隊長なんだよ、ユウゴ。こう見えても私は優秀みたいだったでね。この春から小隊長を任された。まぁ、瘴気の定点観測を主に行う小隊なんてのは、光属性の魔法が使えるかどうかが一番重要だからね。真面目なうえに光属性持ちの私はうってつけだったのではないかな?」
「だろうな。短い期間だが、世話になる」
「気にしないでくれ。同期のよしみだし、君の弟も貴重な飴玉をくれたんだ。何かあればいつでも言ってくれ」
クレアは軽く笑いながらユウゴにそう言うと、軽く手を振って部屋を後にした。
ユウゴとクレアは同い年で、魔法学園にいたときからの知り合いだ。
元々貴族令嬢で人をまとめることに慣れていたクレアは、昔から大人びた口調で話すことが多かった。それを茶化したりバカにする者達が居た時、ユウゴは同郷の幼馴染みであるセイと一緒にクレアを庇い、そこから繋がりが始まった。
不愛想なユウゴと、真面目で厳格なクレア。そして、社交性が高いセイ。
接点が無さそうな三人は、学園を卒業するまでなんだかんだでつるんでいた。
この三人が色恋に発展しなかったのは、三人が三人ともそういった感情を一切抱かずに、友情が成立していたからだ。
そして、卒業後三人とも王国騎士団に入団した際は、流石に周りも笑った。
ユウゴは当時を思い返しながら、少しだけ笑って、それを誤魔化すように荷物の整理に集中した。
『ツヅル、元気だったか?なにか困ったこととかはないか?ちゃんと食事や睡眠はとれているか?』
『ケガしてない?魔物に襲われたりエイダン様に襲われたりしてない?』
通信室ではセオドアとエルゥがツヅルを心配する声が響いていた。
「儂に襲われるとか人聞きが悪い。しっかり旅程を組んで移動をしているからツヅルにも無理はかけてねぇぞ」
エイダンは過保護すぎる二人に不愛想に言葉を返す。
「お兄ちゃんもエイダン様も優しいです。ボク、元気にちゃんとここまで来れましたよ!」
ツヅルはエイダンの膝の上に座りながら、王宮の二人に話しかける。
「魔物もね、教えてもらった索敵魔法を使ってお話をしたらね、ボク達は襲わないって言ってくれて大丈夫だったんだよ?」
『…………索敵魔法でお話、とは?』
セオドアとエルゥの声が重なり、それを聞いたエイダンは頭をボリボリとかきながらエスエアを出て四日目の出来事を伝える。
「―――で、だ。多分昔お前が言っていた、武器の特性というか、神の祝福の影響が魔法にも出たんじゃねぇかって思ってる。儂は魔法には詳しくないから、来年王都に戻ってからしっかり検証する必要はあると思うがな」
『そうね。それがいいと思うわ。流石に旅を切り上げて帰ってくると、その後魔法の影響の検証をするだけで結構な時間がとられてしまって、気が付けば十五歳で成人を迎えちゃう可能性だってあるし』
『とりあえず、また変わったことがあれば教えてくれ。それと、明日は瘴気溜まりに行く予定だったな。ツヅル、くれぐれも無理はするんじゃないぞ?何かあれば必ずエイダン様とユウゴを頼るんだ。わかったかい?』
「はい、セオドア様」
『うん。良い子だツヅル。ではエイダン様、何かあればまた連絡を。ツヅルをよろしく頼みます』
「オウ、任せておけ。セオドアとエルゥの嬢ちゃんを悲しませるようなことなんて絶対させねぇよ」
しばらく話して、そして通信が終了する。
ホームシックというわけではないが、ツヅルは久しぶりに聴いたセオドアの声に懐かしさを覚え、胸の奥に湧き上がる寂しさを誤魔化すようにエイダンの胸にしがみついた。
まだ慣れない甘え方に少し戸惑いながらも、エイダンはそのままツヅルを片手で支えるように抱きかかえて立ち上がり、空いている方の手で彼の頭を優しく撫でながら、何も言わずに通信室を後にした。
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