0-1 騎士団の少年
「もうダメだ……。援軍は……助けは来ないのか……!?」
村の簡素な防護柵の外側で戦う兵士たちは傷つきながらも村内に魔物の群れが入らないように精一杯に抗う。
村の中央広場に設置されている結界のクリスタルは度重なる魔物の侵入を阻むためにその蓄えられていた力を放出したことで輝きを失い始めている。
村の修道士や魔法使いは倒れるまでクリスタルに魔力を注ぎ結界の力を維持しようとするが、それもいつまでも続けられるわけではない。
魔物を食い止める兵士も、結界を維持する魔力保持者も、一人、また一人と倒れていく。
ゴブリンの群れが村の周辺で確認されたのは一週間前。その時点で用心した村長は領主と国に援軍を要請した。しかし、それを嘲笑うかのようにゴブリン達は援軍が到着する前、今からちょうど三日前に村に対して攻撃を仕掛けてきた。
王国西部防衛を任されている騎士団が駐留する城塞都市からその村までは馬でも五日は掛かる。領都からも村までは二日はかかってしまう。援軍要請については村から一日と少しあれば着く町の領軍の詰所から魔法伝話を行えばすぐだったが、領軍の本隊や王国騎士団を動かすとなればやはり時間がかかってしまう。その町は規模が小さいこともあり傭兵組合の支部も無かった。町に詰めている兵士達もいるが、村の防衛に回せる人員は少なく、町の防衛もある以上十人しか回せないと言われてしまった。
それでも誰も助けがいないよりかはマシであると、村から来た青年は彼らを村へと連れ帰った。
その直後だった。ゴブリンの群れの襲撃があったのは。
町から来た兵士達は善戦してくれた。村の男達も各々武器になりそうなものを手に持ち戦った。
しかし、多勢に無勢とはよく言ったもので、物量に勝るゴブリン達に徐々に押され、結界に到達するまでに戦況は悪化した。
傷ついた者は結界の村の中で休ませ、そうでない者は無理にでも戦闘を続ける。
一秒でも長く結界を維持させるために、一体でも多く敵を倒すため。
だが、それももう持たない。村外で戦える者がもう片手で足りるほどまでに減ってしまった。
結界外の土地もゴブリン達に荒らされて、収穫前だった作物も全てダメになってしまった。何より、土地がゴブリンの大量の血と瘴気で汚染されてしまい、植物は枯れて土地が痩せ始めてしまった。
足を負傷し村の中へと退避すべき兵は動けずに、ゴブリンが振り上げた無骨な棍棒が眼前に迫る。
死を意識した瞬間に、町に残してきた友人や故郷の親の顔が脳裏によぎる。
だが、その棍棒は兵の頭を割ることは無く、持ち主ごと真横へと吹っ飛ぶ。
「アステイス王国第七騎士団、これよりニシノハ村の防衛に参加します。よく頑張りましたね」
穏やかな雰囲気を纏った女性が負傷した兵に話しかけ、その後ろから現れた騎兵がゴブリンの群れを追いかけ殲滅していく。
「アリエス副団長、結界外の兵士と村民の保護が完了しました」
「ありがとう。第七小隊は結界の再構築、負傷者の手当てを。第一、第三小隊は団長と共にゴブリンの殲滅を。第十小隊は周辺の索敵。第四小隊は村の防衛を」
副団長と呼ばれた女性は魔法伝話の術式が組み込まれた魔道具を使用して団員達に指示を飛ばす。
この戦場に来た騎士は五十二人。その一人一人が一般の兵士十人以上の能力を持っていると言われている。
アステイス王国は第一から第十までの騎士団を持ち、一つの騎士団に団長と副団長、その下に百人の騎士がいることで百二人。騎士団全体を統括する王国騎士長と王国副騎士長を含めて全部で千二十二人の騎士達が王国の平和を守っている。全ての騎士団にそれぞれの主たる役割が振られており、今回ニシノハ村の防衛に来た第七騎士団は王国西部防衛を任されている。
「ゴブリンの殲滅は団長に任せておけば問題ないだろうし……。レーヴェ隊長、彼の様子は?」
副団長の横で周囲を警戒している若く厳つい騎士に対し、彼女は軽く質問をする。
「強行軍での疲労があり、今は第七小隊に預けて村内で休ませています」
「そうね。それがいいわ。彼の仕事はこの後、ゴブリン達を倒した後がメインですから。レーヴェ隊長以下第四小隊は必ず彼を守るように」
「はい」
「ボクも何かお手伝いします。ボクだけが休んでいちゃダメですから」
ブカブカな騎士団の団服に身を包んだ少年が村の中で第七小隊の隊員に声をかける。が、隊員は少年の頭を撫でて大丈夫だから休んでろと言い、少年に配給のハチミツドリンクを渡して座らせる。
申し訳ない気持ちを抱きながらも、少年は言われた通りに地面に腰を下ろして体を休ませる。
騎士団が増援として到着して二時間が過ぎただろう辺りで、村から離れた森の中から上空に青い閃光を放つ魔法球が上がり、それを確認した副団長はホッと一息つく。
「ゴブリンの群れの殲滅は完了。全団員、ニシノハ村に帰投してちょうだい。被害状況は?」
「団員に負傷者はいません。村の者達も幸い死者は出ず、治療が必要な者達も回復魔法での処置が完了しています」
「よろしい。土地の状況は?」
「畑だっただろう場所と森の一部の瘴気汚染が酷いみたいですね。多分戦場になってしまったことが原因でしょうか。ゴブリンどもの血が思っていたより悪さをしてますよ。自然に瘴気が回帰するのを待っていたら一年くらいは掛かりますね」
「……わかったわ。第四小隊、準備を。彼は大丈夫?」
「はい。疲労もいくらか取れたみたいで、今は村の子達の相手をして泣いていた子を慰めています」
「じゃあ大丈夫ね。準備を」
副団長の指示を聞いた騎士が村の中へ入っていき、少年に声をかけて村の外の瘴気が充満する区域へと誘導する。
「……ツヅル、できるか?」
レーヴェ隊長と呼ばれていた青年が少年を気遣うように声をかける。
「うん。大丈夫だよ。これがボクの戦いだから。ユウゴさん」
少年は背中に背負っていた身長よりも長い包みを手に持ち、巻き付けていた布を剥ぎ取ると、彼自身の武器である、全体の半分が刃で、もう半分が柄となっている槍を取り出した。
「みんな、最大限の警戒を。ツヅルの安全を最優先。瘴気が実体化した場合は確実に仕留める。いいな?」
『ハイ!!』
ユウゴは隊員全員に聞こえるように指示を出し、ツヅルと呼ばれた少年の少し後ろに立つ。
ツヅルはしゃがみこみ、右手に槍を持ったまま大地に開いた左手をつける。その姿はまるで大地と対話しているようで、彼を中心に光の輪が広がっていく。
その光は瘴気汚染されていた区域を線引きするように囲い込むと一際強い光を放ち、ツヅルに領域確定を伝える。それを受けたツヅルは大地から離した左手で柄を持ちながら立ち上がり、槍の刃を地面に向かって突き刺す。
瞬間、光の輪が広がっていったように大地が息を吹き返し、枯れていた草花が瑞々しく咲き、周囲が生命力に溢れていく。
それと同時に大地を追い出される形になった瘴気が空に球体を成し、そこから黒い巨体が這いずり出て地面に降り立つ。
「総員、掛かれ!!」
黒い巨体がその活動を開始する前に、騎士達の総攻撃が始まった。
「聖なる力を付与するぞ!」
一人の騎士が魔法を使い、瘴気という魔の塊に対して特攻となる光の属性を騎士達の武器に付与する。
そして、光を放つ剣を構え数人の騎士達が黒い巨体を多方向から串刺しにし、巨大なハルバードをユウゴが振り下ろし、その巨体を真っ二つに切り裂く。
そして後衛で待機していた二人の魔法の言葉が聞こえたのと同時に黒い巨体に攻撃していた騎士は全員後退し、光と炎の柱がその瘴気の塊を焼き尽くす。
断末魔のような叫びが周囲に響き、光の柱が消えた後には爽やかな風だけが吹き抜けていき、それまでいた黒い巨体はその姿を完全に消した。
「どうだ?」
「瘴気は完全に無くなったみたいだ。成功だよユウゴ」
土地の状況と瘴気量を測定する魔道具を見て判断した副隊長は隊長に伝える。
「よし。じゃあ俺達も村へと戻るぞ」
ユウゴの言葉に全員が返事をし、武器を収めて撤収を開始し始めた。
「……ツヅル、大丈夫か?」
ユウゴはツヅルの近くに寄り、ボーっと青い空を眺めるその横顔に声をかける。
「うん。大丈夫だよ。今日の子は、まだ幼かったから」
穏やかな表情でユウゴに微笑むツヅルは、どこにでもいる幼い少年にしか見えなかった。ユウゴはそんな子を戦いに巻き込んでしまっている罪悪感を拭うようにツヅルの頭を撫でた。
記念すべき第一話です。
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