0-2 少年と大人達
ニシノハ村防衛戦が終わり、王国第七騎士団は警戒の為第十小隊を村に一週間待機させることを決め、残りの騎士達は王都から馬で約一日の場所にある、第七騎士団の拠点でもある城塞都市ウェスタリアへと帰還することとなった。
アステイス王国騎士団は騎士団ごとに役割が決まっており、特に四方の守護を任されている騎士団は対応する場所にある城塞都市を拠点とし、王都の防衛ラインを築いている。
東の守護を任されている第四騎士団は城塞都市イジストを。北の守護を任されている第五騎士団は城塞都市ノーラを。南の守護を任されている第六騎士団は城塞都市アルサウスを拠点としていた。
第一騎士団は王族・王城防衛を主任務とし、第二騎士団は王都防衛、第三騎士団は諜報・工作を、第八騎士団は遊撃部隊として、第九騎士団は魔術特化の後方支援、第十騎士団は回復・治療に特化した後方支援任務を与えられている。
「では、ニシノハ村に遠征した隊には一日の休暇を与えます。各隊の隊長副隊長はこの後遠征組と待機組からの報告会議を行うからそのまま会議室に集まってちょうだい。では、リブル団長」
「皆、よくやってくれた。皆のおかげで村民にも兵士にも死者は出なかった。しっかりと休息をとってくれ。私からは以上だ」
副団長のリゼ・アリエスに促されるように、団長である歴戦の騎士でもあるアラム・リブルは落ち着いた笑顔を、ウェスタリアの象徴で、第七騎士団の本拠地であるウェスタリアの騎士団詰所の演習場に集まった団員達に向けた。
戦闘となれば鬼の如き勢いと敵に情けをかけない冷徹な表情で敵を斬り伏せ戦場を焼き払うアラム。しかし、彼自身の本来の姿は落ち着いた大人の男としての包容力と時折見せる少年のような悪戯な性格を併せ持ち、自分のことよりも部下や国民たちのことを第一に考え、そのために行動する男だった。第七騎士団の騎士達は全員アラムを尊敬し、忠誠を誓っていた。
そんなアラムを補佐する副団長のリゼは、アラムが前線で全力を出せるように騎士団をまとめ、適切なサポートが行えるように尽力する縁の下の力持ちとして活躍し、その指揮能力と、アラムのように騎士達を気遣う姿勢からアラムに次いで人気が高い。彼女と結婚したいという騎士も多くいるが、アラムが気付かないだけでリゼがアラム一筋ということは周知の事実で団員全員が温かく見守っているという状況になっている。
団長達が演習場から会議室に移動したことで、演習場に居た遠征組は全身から力が抜け、皆が思い思いに雑談を交わしながら移動を始める。
「ツヅルくん今回もお疲れ様!もう、ツヅルくんのおかげで瘴気汚染の浄化も簡単お手軽だよ!」
高いテンションで少年の頭を撫で回しながら後ろから抱きしめてきたのは、実年齢で言えばツヅルの一つ上の女騎士、ミア・ピスキアだった。
「えへへ。ありがとう、ミアさん」
少し照れながらツヅルは柔らかな笑顔をミアに向ける。
「またミアが絡んでるのね。ほら、ツヅル君も疲れてるんだから、あまり構い過ぎて疲れさせたらダメよ?」
「ツヅルが私達の小隊の要ということには間違いないからな。まぁユウゴの奴は少し過保護すぎる気もするけど」
「大事な弟みたいなものなのよ、隊長にとってツヅル君は」
集まってきた第四小隊の騎士達はツヅルを囲むように談話し、ツヅルはミアに抱き込まれながら笑っていた。騎士団という戦いを生業とする者達でありながら、第七騎士団第四小隊の騎士達はその重さを感じさせない明るさを持っていた。それは第四小隊が比較的若い騎士達によって構成されている所為もあるかもしれない。
第四小隊は普段は通常の騎士と同じ扱いだが、瘴気汚染が確認された場所においてはツヅルが持つ固有の力で瘴気との対話で浄化するか、それが叶わなかった場合は瘴気は魔物へと変異し、戦い、倒して浄化するという他の騎士団の他の小隊には無い役割を持っている。
通常瘴気汚染された土地は時間の経過で中和・浄化されるのを待つか、神殿に仕える神官達数名による大掛かりな儀式魔法を行うことによって浄化していく。実際第七騎士団以外の騎士団は頻繁に儀式魔法を執り行う神官の護衛を任務とすることもある。第七騎士団はその任務に就くことも無いことも無いが、その頻度は圧倒的に少ない。
小隊の騎士達に囲まれながら詰所の外にある宿舎に戻っていくツヅルは、会議をしているだろうユウゴの方を気にしながら歩いていく。
「ツヅルは明日、何かしたいこととかあるか?」
夜、宿舎の食堂でユウゴはテーブルの向かいで夜ご飯を食べているツヅルに声をかける。
宿舎においてその光景は当たり前で、ツヅルがユウゴの保護下にあることは公然の事実だった。
「んとね、お菓子買いに行きたいなって。この前第七小隊の人がね、ニシノハ村でハチミツドリンクくれたから、そのお礼をしたいんだ」
口の端にハンバーグのソースをつけたまま、ツヅルは前のめり気味にユウゴに伝える。
「そうか。じゃあ一緒に買いに行くか」
「うん!ありがとう、ユウゴお兄ちゃん!」
ツヅルはニコッと笑って椅子に座り直し、ハンバーグの残りを口に運ぶ。任務中は『お兄ちゃん』と呼ばないように頑張っているが、プライベートの場である隊舎では気も抜けて『お兄ちゃん』と呼んでしまう。
血の繋がりがあるわけではない。だが、初めて会ったときからユウゴはツヅルにとっての兄となった。そう言って守らなければ、少年はすぐにでも崩れて壊れそうだったから。
「……あぁ。明日、朝食を食べたら出かけるぞ」
今元気に笑っている少年を見て何かを思いながら、ユウゴは席から立ち上がり、自分の食器をトレーごと台所のカウンターに返しに行った。
「あ、待って。ボクももう食べ終わるから一緒に」
ツヅルはユウゴに置いていかれないように口いっぱいに食べ物を頬張り、急いで食器を片付ける。
「慌てなくても、俺はお前を置いてなんていかない。ちゃんと飲み込め」
小動物のように追いかけてくるツヅルに少し愛おしさを感じながら、行儀が悪いと注意をする。
本来なら騎士団に相応しくない容姿で、幼さで、それでも懸命に皆に追いつこうと背伸びして、そんな少年を、第七騎士団の団員達は温かく見守っていた。
実年齢は十六歳で、王国の基準でいえば成人しているツヅルは、しかしどこからどう見ても八歳の洗礼式を終えて少し経っただけの子どもでしかなかった。
洗礼式は神々の加護をその身に宿す為の儀式で、王国の国民達は八歳になる年の春にまとめて洗礼を受ける。神々の加護といえば聞こえはいいが、実際その加護の内容が魔力適正の開花以外何かなのかは神殿に属する神官ですらよくわからず、魔力適正以外は単純に無病息災と健やかなる成長を祈るという形式的なものとなっていた。極稀に劇的な変化、というよりかは特殊な力に目覚める者もいるが、それは数千人に一人いるかどうかというレベルでしかない。現に王国で確認されている特殊能力者は片手で数えられる程度の人数しかいない。だが、その中の一人になってしまったのがツヅルだった。
「あのね、街の大通りから少し入ったところにね、すごく美味しいお菓子屋さんがあるってミアさんが教えてくれたんだ。クリスさんとイズリナさんとエリシアさんも一緒に行った事があって、すごく美味しかったって」
柔らかいランタンの明かりが部屋の暗闇をほんのりと照らす中、ベッドに転がりながら眠気を抑えて興奮気味に言うツヅル。
「そうか」
ツヅルが横になっているベッドの横に置いてある椅子に腰を掛けて不愛想に返事をするユウゴ。
少年の瞼が疲れと眠気を訴えているのを見ながら、ツヅルの額に手を当てる。
「じゃあもう寝ないとな。明日起きれなくなる」
「うん。……よろこんでくれるかなぁ……あの第七小隊の……」
額に感じる熱に少年は口元を緩めながら、回り切らない呂律でそれでもユウゴに話しかけようとし、気が付けば浅い寝息が聞こえ始める。
「おやすみ、ツヅル」
ツヅルがしっかりと眠ったのを確認して、ユウゴは同じ部屋にある自分の机の方へ移動して、遠征中待機していた部隊からの報告書に目を通す。
遠征中に特段変わったことは無いが、それでも他の地域でも魔物による被害と瘴気汚染地区が増えてきていることが第三騎士団から伝えられた。
その報告書の瘴気汚染という言葉を目にしたとき、ユウゴは穏やかに寝ているツヅルに視線を移し、強く歯を食いしばった。




