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大人になれない少年と王国騎士  作者: 高丘楓
第三章:旅路に見る夢

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3-1 旅の始まりと少年

 「というわけで、無事にイジストに着いたぞ。とりあえず今日はこのままイジストに泊まって、明日はスプリア渓谷方面に向かって移動するつもりだ。―――あぁ、ツヅルは馬車での移動に疲れたみたいでな、先にユウゴと一緒に宿で休ませてる。悪かったなセオドア、坊主の声聞きたかったろうに」

『ツヅルが無事ならそれでいいですよ。流石に朝会ったばかりですし、そこまでツヅルロスを発症していないから安心して下さい、エイダン様』


 城塞都市イジストの王国騎士団の拠点で、エイダンは当初の約束通り最初の連絡を魔法伝話を使いセオドアに送っていた。

 魔法伝話はその整備に専門の知識が必要なことから、大きい組織でしか運用できないという欠点はあるものの、王国内の距離であればどこでも問題なく連絡が取れる。

 王国騎士団は職務の特性から迅速な連絡が必要ということもあり、各騎士団の拠点には必ず魔法伝話設備が設置されている。


 「じゃあなセオドア。できるだけこまめに連絡を入れようとは思うが、行く場所が場所なだけに、次連絡できるのはスプリアの観測拠点に着いてからかもしれん」

『貴方が真面目に連絡してくることの方が珍しいのでそこは気にしないですよ。気を付けて旅をして下さい』

「あぁ。坊主が楽しめるようにも十分配慮するつもりだ。任せておけ」

『それより安全を……』


 「少しは疲れが取れたか?」

宿屋のベッドでユウゴに膝枕をされながら眠っていたツヅルは、寝ぼけながらも目を開けて、自分を覗き込むように見ているユウゴに対して静かに頷く。

 馬車を利用していたとはいえ長時間に及ぶ移動は小さな体には負担で、最初は流れる景色に喜んでいたが、王都からの道の半ば程からユウゴに寄り添うように転寝を繰り返していた。


 「うん…………おにいちゃん…………。……エイダンさまは……?」

「エイダン様は第四騎士団本部だ。城に連絡する約束だったからな」

柔らかい髪を撫でられる感触に、少しずつ覚醒していく意識。


 落ち着いた日常からまた違う日常に移っていく不安が、撫でる大きな手によって拭われていく。

 今回は喪失ではない。

 皆が自分のことを考えてくれた結果の旅だ。

 頭では理解していても、ただ住み慣れ場所から離れる不安を消しきれるわけではない。


 自分が願った力が何なのか、それを知る為の旅ということを納得もしている。


 「大丈夫だ。俺も、父さんも、必ずツヅルと一緒に居るし、守る。何があっても支える。…………だから、安心しろ」

ツヅルの気持ちを読んだかのようにユウゴは言葉を投げかけてくる。


 「…………とうさん…………」


 ユウゴが初めて自分に見せた我が儘とも言えない感情。

 自分は気持ちが邪魔をして素直に受け入れることができなかった言葉。


 「おにいちゃんは、なんで……?」

口から出たのは率直な疑問。


 「長く一緒に過ごして、エイダン様の人となりに触れた。俺がお前を守りたいという気持ちも受け止めてくれた。…………それに、父さんみたいだった…………」

小さい頃に亡くなった父親とエイダンを重ねた。


 性格や言動が丸々そっくりというわけでは無かった。

 父親は真面目できっちりとしていて、厳しくも優しく、家族や民を思い遣る立派な騎士だった。冗談を言ったりする姿は見たことが無かったが、いつも頼もしい笑顔を見せ、周りの人間を安心させる人間だった。

 エイダンは真面目ではあるが、自由というか、豪放磊落という言葉が人の形をしているかのような人間だ。冗談も言うし、だらしないところもある。ただ、その強さと、それに裏付けされた頼もしさがそこにはあった。


 どこかで誰かに頼りたかったのかもしれない。

 ツヅルを背負うと決めたときから、ずっと自分で何かをしなければいけないと思っていた。

 でも違った。

 自分が思うほど、自分だけでは何もできなかった。


 ブラッドルプスと遭遇したときも、自分一人の力ではツヅルを守れなかっただろう。

 拠点に戻ってからも、自分だけではツヅルの生活を安定させることなんてできなかった。


 そんな自分の無力さと、修行を通じて向き合ってきた。

 エイダンはずっと自分が自分の限界を超える為のことを課してきた。

 しかし、自分が自分を超えようとするために、ユウゴがツヅルと寄り添っていたように、エイダンはユウゴにずっと寄り添っていた。支えていた。


 そして、自分の成長を楽しみ、喜んでくれた。


 だからだろう。

 親のように感じたのは。


 「まぁ、エイダン様は自由すぎて、オルトビルム王国の騎士だった父さんと似ているかって言われたらそうでもないんだけどな」

自分の気持ちにオチをつけるように言葉を添えて、照れを誤魔化すようにツヅルの頭をクシャクシャに撫で回す。


 「…………ごめんなさい、おにいちゃん…………。ボク…………」


 ――――――養子になることを認められなくて。


 ツヅルはユウゴの意思を聴いて、あのとき自分のことだけで一杯になっていたことを謝った。

 いつも自分のことを第一に考えてくれているユウゴのことを、自分は考えられていなかった。そのことに罪悪感を覚えて。


 「いや、気にするな。ただ、この旅の間は―――」

「うん。……パパって呼ぶ、お兄ちゃん。…………お兄ちゃんのお父さん、だから…………」


 少しでもユウゴに寄り添って、ユウゴの気持ちも大切にしたいから。

 ツヅルは旅の初日にして、少しだけ心の成長を見せた。もしかしたらこの成長も聖樹の槍に奪われてしまうのかもしれないということに気付かないまま。

 そして、宿の廊下をこの部屋に向かって歩いてくる足音を聞いて体を起こし、ユウゴと並んで座ってドアの方を見る。


 「戻ったぞ、ツヅル、ユウゴ。飯食いに行くか」

「おかえりなさい、その…………パパ…………」

景気良く開けられたドアから入ってきたエイダンに、ツヅルは照れを隠せず少しだけ俯いて、それでも上目遣いでエイダンを見て呼んだ。

「ユウゴ!聴いたかユウゴ!!ツヅルがパパって呼んでくれたぞ!!」

エイダンは喜びを全身で表しながらツヅルの前に立つと、節くれ立った両手をツヅルの両脇の下に滑り込ませ、高く持ち上げた。


 『父さんが旅の間はパパと呼べって言ったんじゃないですか』

という無粋なツッコミを胸の奥に押しこんで、ユウゴは純粋に喜ぶ父親と、照れながらもまんざらではなさそうな弟の姿に少しだけ微笑んだ。


 「ツヅル、今日は何が食べたい?なんでもいいんだぞ?」

「……甘いのが食べたい……」

「よーし、甘いのだな。じゃあ宿屋の主人に訊いて、デザートがウマい店に行くか!でもちゃんと飯も食うんだぞ?デザートだけじゃあ大きくなれないからな!」

「うん」

「ユウゴもそれでいいか?」

「はい、父さん」


 宿の外はもう夜の闇に包まれていた。

 イジストに三人が到着したのは夕暮れ時。そこからエイダンが雑務をこなしている内に夜になってしまった。

 地方の村では夜になると人の姿はまばらだが、王都にもほど近く、高い頑強な城壁に囲まれた城塞都市では夜でも街に活気が溢れ、昼間のような賑わいを見せていた。


 ユウゴとエイダンに手をつながれて歩くツヅルは、別世界を見ているような気持ちで人の流れや建物の明かりを目にしていく。

 途中屋台で売られている串焼きや惣菜の匂いが食欲をそそらせる。

 イジストに到着したときには疲れから感じていなかった空腹も、今は思考の半分を埋める程にうるさく訴えてくる。

 宿から十分ほど歩いた場所にある食堂に到着したときには、早くご飯を食べたい気持ちでいっぱいになっていた。


 地元の人や旅人が入り混じる店内は賑やかで、酒の匂いも強く感じられた。

 エイダンはこども用の定食とジュース、食後のプリンアラモードを先に注文し、その後に自分とユウゴが食べる量多めの肉中心の定食と酒を注文した。


 「いいかぁ?旅ってのはこうやってしっかり食べれることの方が少ない。だから、食べれるときにはしっかりと食べて、食を楽しむというのも旅の楽しみなんだぞ。だから、今のうちにしっかりと食っとけ?ツヅル」

「うん」


 城塞都市イジストからスプリア渓谷に向かうには、最寄りの町まで馬車移動して、そこからは騎士団の定期便に乗るか、あとは歩いて向かうしかない。

 騎士団の定期便は物資の補給と交代要員の移動がメインである為、二週間に一度しか動かない。そして、今移動してもそのタイミングに合わせられないことを事前に知っていた。

 つまり、最寄りの町から三人が選べるのは徒歩での移動だけなのだ。

 人の足で歩いて約五日間。その間は野宿が基本となってしまう。

 勿論まばらにシタン村程の小さな村もあるが、危険性が高い定点の近くには基本的には無いうえに、立ち寄っていたら遠回りをしてしまうことにもなる。


 ツヅルのことを考えた一番の理想は定点での活動を終えた後、騎士団の定期便の復路に同行させてもらうことだ。


 「じゃあ儂らの旅の無事を祈って乾杯だ!」

テーブルに料理が並べられ、エイダンは酒が入ったジョッキを手にそう言うと、二人は各々が手にしたグラスを重ねて音を立て、一気に中の物を飲み干す。


 「お、ユウゴは真面目な顔して、割と酒もイケるもんだな!良いことだぞぉ!野営中は酒が飲めないから、街にいる間にしっかり飲んで楽しんでおけよ!」

ジョッキを持っていない方の手でユウゴの背をバシバシと叩き、笑い声と一緒にアドバイスにならないアドバイスもする。

「父さんは程々に」

「…………誰に言われたぁ?」

「アッシュ様と、組合の事務長から。エイダン様は酒が入ると面倒な性格になるから程々にとどめるように注意しておけ、と。最悪、最初の街で立ち往生をくらうことになるって言われてます」

「あいつらかぁ……!…………わかってるよ、かわいい息子が二人も見てるんだ。ちゃんと自粛する」

少し拗ねたようにエイダンは呟くと、ジョッキの中の酒を口に含む。


 「パパ……?やくそく」

追い打ちをかけるようにツヅルが純粋な瞳でエイダンの目を見て言う。

「……パパ、頑張るぞ。約束するぞ、ツヅル」

エイダンはジョッキをテーブルに置き、空いた手でツヅルの頭を撫で回した。


 楽しく食事をとり、酒も程々に済ませて三人が食堂を出るころには夜も深くなり、屋台も火を落としていた。

 ツヅルはユウゴにおんぶされながらうつらうつらと頭を揺らし、体力と眠気の限界を教えている。

 宿に戻ったらすぐに湯あみさせて寝かせ付けないと。と、親のように考えながら、ユウゴは酔いでふらつきながら宿への道を歩き続ける。


 宿に着く頃には完全に寝てしまったツヅルを、部屋でユウゴは慣れた手つきで服を脱がせ、食事の間に宿の店員に準備してもらっていた湯船の湯を使いながら汗を拭っていく。

 一度眠るとよっぽどのことじゃないと起きないツヅルは裸で拭かれていても目を覚まさずに寝息を立てている。

 エイダンはそんなツヅルとユウゴの姿を見ながら少し笑い、辛い代償を背負う少年が、ただの小さな守られるべき子どもであることを再認識する。


 宿に用意してあった簡素な寝間着に着替えてベッドに寝かしつけられたツヅルは、少し楽しそうな笑みを浮かべながら眠っている。


 「父さん、先に風呂をどうぞ」

ユウゴはそう言って晩酌変わりに茶を飲むエイダンに入浴を促す。

「ん。……そうだな。儂は洗うだけでいいから、ユウゴが先に入れ。どうせ上を脱いだ状態なんだ。ツヅルの世話で汗もかいたろうし、その方が良いだろ」

ユウゴは自分の服が濡れないようにズボン以外は脱いでいた。

 鍛え抜かれた肉体には汗を滲ませ、部屋のランタンの明かりが仄かに反射する。

 ユウゴは彼の気遣いに少しだけ微笑んで返事をし、浴室へと向かった。




 翌朝、三人は旅支度を済ませてから部屋に運ばれた簡単な朝食を食べながら、スプリア渓谷までの旅程の確認を行った。

 イジストからの乗合馬車がある観測所最寄りの町エスエアまで約三日。エスエアからは徒歩での移動となり、約五日かけて観測所へ。

 乗合馬車は途中の宿場町での休憩もあり、その間は食料などもあまり多く携帯する必要もない。乗合馬車は数台の馬車で隊を組んで移動し、馬車組合と提携を組んでいる傭兵組合からの護衛も数人付く。


 問題はエスエアを出るときだ。

 エスエアからは必要な荷物を厳選する必要があるのと、食料も多めに持って行かなければならない。

 騎士団の定期便が使えなかった場合の往復を考えると約二週間分は必要となる。

 現地調達できる分はできるだけ現地調達で。幸いスプリア渓谷と繋がっている川もあることから、水の調達は比較的しやすい。簡易的な街道自体も整備されてはいる。


 情報を共有した上で三人は宿を後にし、エスエアへの乗合馬車乗り場へと向かった。

第3章の始まりです。

ここからはツヅル・ユウゴ・エイダンの旅の話となります。


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前話から期間が空いてしまい申し訳ありませんでした。

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