2-10 大人が子の為にできること
「いいかぁ?ツヅル。儂のことはパパって呼ぶんだぞ?パパって」
「ユウゴ、説明を」
「…………俺に振らないで下さい、ドラグ様」
王城の一室、旅に出る直前のいつものメンバーでの会議でエイダンはツヅルを抱きかかえながら豪快に笑ってツヅルに話しかけている。
その姿に対して説明を求めるアッシュと、説明に困るユウゴ。
笑顔を崩しはしないけれどどこか諦めと残念感を漂わせるセオドアと、面白い物を見ながら紅茶を飲んで笑っているエルゥ。
そして、エイダンに抱っこされた温かさでウトウトしているツヅル。
「旅をするにあたって仮の設定が必要ということか。まぁそうだな。そのままの身分で旅をするというのも、民に無駄な心配を掛けることになるしな。旅の傭兵親子の方が魔物との戦いになっても違和感はないな」
ユウゴの端的な説明を受けてアッシュは納得はしてくれた。
「だからといって、あの状態は異常だと思うのだが」
「…………家族が欲しい…………そうです。できれば養子にしたいと」
「だったら父上からの縁談を断らなければよかったのに」
「パパ……ぁ?」
「おう、そうだそうだ。今日から儂がツヅルのパパだからなぁっ!ついでにユウゴもだ!」
浅いまどろみの中で呼ぶその言葉に懐かしさを覚えたツヅルは、静かに涙を零しながらエイダンにしがみつく。
その意外な動きにドキッとしたエイダンは戸惑いながらもツヅルの頭を撫でて受け入れる。
「エイダン様が戸惑っている姿というのも珍しいわね。そのまま養子にしてしまっていいんじゃない?」
エルゥは悩むセオドアに向かって一言添える。
「しかし……」
「セオドア様の気持ちもわかるわよ?彼は貴方と私がこの四年育ててきたんだし、私だってツヅル君を養子に迎えたりしてあげたいとは思うもの」
エルゥの言葉に少しだけ感情を揺らされて、セオドアは軽いため息をつく。
彼女の言葉の通りだ。
自分もエルゥもツヅルを大事に育ててきた。
もとより結婚や子を生すことを諦めている自分と彼女だからこそ、ツヅルを養子に迎えることを多少なりとも考えた。
しかし、自分達にはそれができない。
できない理由もある。
それは結局立場だ。
セオドア・リンクス・アステイスは王位継承権を放棄しているとはいえ、王族だ。
そして、エルゥ・カネスヴィナは神殿の神官長であり、クシアウィズ教においては権力者だ。
その二人が養子とはいえ後継者を作ったとしたら。
ツヅルを必要のない権力争いに巻き込んでしまうことは目に見えていた。
実際、最低限の権力だけを行使していたとしても、その立場で周囲が勝手に祭り上げ、自分達の権力争いの種にしてしまう。
二人にその気が無くとも。
「わかってるでしょ?セオドア様も。あの子を無駄な争いの中に入れてしまうことの怖さを。あの子が大事だからこそ」
「わかってはいる。……が、複雑だ」
昔から知る仲だからこそ、エルゥはセオドアの頭を軽く撫でて、優しく笑いかける。
「エイダン様の立場であれば心強い後ろ盾になるわ。エイダン様が傭兵という国に属さない者に拘っているのも丁度いい。ツヅル君も安心して預けられる」
王国最強の人間に自らケンカを売っていく人間は、少なくともこの国には存在しない。
どれだけその存在が疎ましくとも、手を出せば火傷だけでは済まないことを国の権力争いばかりをしている者達でさえ理解している。
自由だからこそ守れる者が確かにそこにはあった。
「セオドア君、一緒に見守ろう?私達は彼にとって、優しくなんでも教えてあげられる頼れる大人であればいい。そうじゃない?」
エルゥの笑顔は曇りが無く、昔から、出会ったときからずっと、考えすぎて前に勧めなくなるセオドアにとっては道しるべの光のようだった。
「そうだな。……僕達だからこそできることだってある。あとは、騎士長もそれでいいか?ツヅルとユウゴのことだが」
「えぇ。私に異存はありません、セオドア様」
「ツヅル、それにユウゴも。旅に出る前に、君達二人はエイダン様の養子になってもらうが、いいかい?」
セオドアはエイダンに抱っこされているツヅルと、彼の横に座っているユウゴに最後の確認の為問い直す。
何よりも一番大事なのは大人の気持ちではなく、こればかりは本人たちの気持ちだ。
ツヅルがもし嫌がるようなら、この養子の件は流れる。今まで通りセオドアが後見に付いたままとなる。
「自分は、ツヅルの判断に任せます。が、自分は…………エイダン様を…………父さんと……呼びたい……です。……旅の間だけじゃなくて…………ずっと」
最初に答えたのはユウゴだった。
ツヅルが関係することについてはずっとツヅルの意思を優先してきたユウゴが、初めてツヅルの前で自分の意見を前に出した。
その場にいた大人達はそんなユウゴの言葉に少しだけ驚きを覚え、彼の顔をじっと見る。
相変わらずの不愛想な表情だが、よく見れば頬が薄っすらと赤くなり、いつもの凛々しさがこのときだけは感じられなかった。
「ユウゴの意思はわかった。それじゃあ、ツヅルはどうかな?」
セオドアは視線をそのままユウゴからツヅルに移すと、ツヅルはどこか不安そうな表情を浮かべていた。
「ツヅル……?」
その不安を感じ取ったセオドアが名前を呼び直し、ツヅルに返事を促す。
「…………ボクは…………わからないです……。……パパとママは……死んじゃって、でも、またパパ……」
シタン村で別れも言えずに亡くなった父母を思い出し、自分が新しい父親を迎えることがいいのか悪いのか、正しいのかダメなのかがわからなくなる。
ユウゴはエイダンを受け入れた。
ユウゴとエイダンの間に強い絆が結ばれていることはツヅルにもわかっていた。エイダンも、自分を心配させないように見学に行った時には色々と配慮してくれていたことにも気付いていた。
エイダンが真っすぐで優しい人間だと、ユウゴと似ていて、それでいてユウゴとは違う強さと優しさがあることにも気付いている。
「わからないなら今すぐ決めなくてもいい。儂は構わん。それに、ユウゴが儂を父と呼びたいと言ってくれたことだけでも嬉しいんだ」
エイダンはツヅルの不安を受け止めて、柔らかな蒼穹のような紺碧の髪を撫でる。そして、横に座るユウゴの硬い黒髪にも手を伸ばし、無遠慮に撫で回す。
「悪かったな、急なことを言って。だが、旅の間はとりあえずは家族だ。儂が父親で、ツヅルとユウゴは儂の息子だ。儂はお前らの父親として絶対に守ってやるから安心しろ」
「ごめんなさい…エイダンさま…………」
「気にするな。まぁこの旅でツヅルが儂を受け入れてくれてくれるよう頑張ればいいだけだしな!」
アッシュもセオドアも、エルゥも知っている。
ツヅルの対価を知ったとき、一番怒り、一番悔やんでいたのはエイダンだったことを。
三人が『仕方がない』と諦めていたことを、一番人間らしく感情を露わにしたのがエイダンだったということを。
そんな彼だから、きっと旅を通じてツヅルも好意を寄せるだろうと。
特例の中で一番自由で奔放で豪快で、だが、一番情が厚い彼ならば、ツヅルと、ツヅルのことになると自分を抑え込みやすいユウゴを支えて守って育てていけると。
「…………パパ…………」
仮の関係だと理解できていれば言えるその呼び方は、それでもエイダンの心を少しだけ躍らせる。
「あぁ。旅の間、よろしくな、ツヅル。ユウゴも」
「はい、父さん」
そして、嘘と本音の疑似的な家族となって、新しい人の輪ができた。
今すぐに家族になることはできなくても、ちゃんとそのときは来る。
ユウゴがツヅルの兄になったように、失えばその分、新しく得るものだってあることをツヅルは経験でわかってはいる。
ただ、一つを得る為には一つを捨てる必要があるのではないかと。何かを捨てないと何かを得ることができないのではないかと、漠然とした不安が心の底にある。
新しく家族を得るということが、自分を守る為に亡くなった父母への裏切りになってしまうのではないかという不安もいっしょに―――。
「では、とりあえずの旅の予定だが、あくまで聖樹の槍の能力を調べる為、今主にわかっている能力の浄化のことも考えて、定点の瘴気溜まりを巡って浄化していくことを旅の目的地にしてもらう。王国全土を回ってもらうから、春は東部、夏は南部、秋は西部、冬は北部へと移動してくれ。まずは東部、城塞都市イジストを足掛かりに、観測地スプリア渓谷の浄化を頼む。勿論、危険だと判断した場合は無理に浄化を行わずに騎士団や神殿と連携をとって対応してもらう。―――いいですか?エイダン様」
「おう。儂らに任せておけ。東部にはアクアリオ侯爵領もあるからユウゴも里帰りにはなるだろうし、儂も侯爵には挨拶をさせてもらいたいしな」
エイダンは笑いながら返事をして、ユウゴの顔に視線を移す。
挨拶をしたいということは、きっと彼の後見人である侯爵に養子に迎える許可を貰いたいということでもあるだろう。
そう考えるとユウゴの胸の中に温かい気持ちが湧きあがり、少しだけ嬉しさと恥ずかしさが生まれる。
「あとは、一週間ごとの定期連絡もそうですが、三か月ごとに次の城塞都市に移動して、必ずそこの騎士団本部からこっちに魔法伝話で連絡を入れて下さい。何かの都合で難しいのであれば、神殿や傭兵組合を利用してもらってもいいです。なので、必ず連絡を入れて下さい。いいですね?エイダン様」
念を押すように強い口調でセオドアはエイダンに同じ言葉を連続で告げる。
一番怖いことは、エイダンが自由ということだ。
真面目でしっかり者のユウゴが一緒に居れば変なことにはならないとは思うが、彼もツヅルのことになると多少無理をする傾向がある。
良くも悪くも、エイダンの弟子として四年間の修業で値を上げなかったことがその立証ともなってしまっている。
「大丈夫大丈夫」
「その大丈夫という言葉が、ちゃんとこっちの意図を汲んでくれているという意味だということを信じてますよ、エイダン様」
セオドアの返しにエイダンは視線を逸らし、ニッと笑った。
アッシュとエルゥは呆れ笑いを浮かべ、セオドアがエイダンに遊ばれていることをフォローもせずにのんびりと見ていた。
「忘れ物は無いか?お前らの部屋はしっかりと保全しておくから、ちゃんと帰ってくるんだぞ、ユウゴ、ツヅル」
出発の日、第一騎士団の宿舎の玄関で非番で手が空いている騎士達が二人を見送る為に集まっていた。
一番ツヅルと仲良くなっていたオーグは二人に言葉を送り、離れて行く背中を見送る。
そして城門の手前では旅の荷物を背負ったエイダンと、セオドア、アッシュ、エルゥが待っていた。
「ツヅル君、いよいよだね。無理はしちゃいけないからね?何かあったらいつでも神殿の人達を頼っていいから。私の名前でちゃーんと通達もしておいたし、安心してね」
「ユウゴ、騎士として、一人の男として、しっかりと勤めを果たせ。この旅がお前の成長に繋がることを信じている。あとは、もしこの旅の間に自分の小隊に迎えたい騎士とかと出会ったら覚えておけ。参考にさせてもらうからな」
エルゥとアッシュがそれぞれに声を掛け、ツヅルもユウゴもしっかりと返事をする。
「……ツヅル。エルゥも言ったが、決して無理はするな。無理をして何かあったら、悲しむ人間がここにもいるということを忘れないでくれ……」
セオドアはしゃがんでツヅルの視線の高さに合わせると、静かに優しく彼に伝える。
「本当なら僕も一緒に行ってあげたい。ツヅルに教えられることはなんでも教えたい。だが、僕にはそれができない。代わりにエイダン様とユウゴが沢山のことを教えてくれるだろう」
「はい……」
「それと……ツヅル。養子の件はこの旅でちゃんと見て、ちゃんと考えて、そして決めればいい。…………だが、ユウゴが信じている人間だ。それだけは忘れないでいて欲しい」
セオドアのその言葉にどんな顔をすればいいかわからず、ばつが悪そうに下を向いてしまう。
そんな彼の感情を汲み取って、セオドアはしばらく触れることができなくなる青空のような色合いの髪に触れて撫でる。
「エイダン様、ツヅルをよろしくお願いします」
ツヅルから離れて立ち上がったセオドアは、エイダンに向き合って深く頭を下げる。
王族が一般人である傭兵に対して頭を下げるその姿を、しかし目にしている者の誰もが止めることは無い。
それだけの意志を持って行っていることを知っているから。
「任せておけセオドア。儂が儂に誓って、一年後に必ず、ツヅルがお前の前で笑顔でただいまを言えるように守り続ける」
エイダンは真面目な口調でセオドアに伝える。そして、頭を上げたセオドアと視線を合わせ、静かに力強く握手を交わす。
「いってきます、セオドア様、エルゥ様、アッシュ様!」
城下町の乗合馬車の発着所まで向かう馬車の客車から身を乗り出し、城門を抜けるまで何度も振り返って手を振るツヅル。
やがて距離が離れ、姿が見えなくなったことに寂しさを感じながら、横の席に座っていたユウゴにギュッとしがみついた。
また会える。
それでもしばらく会えない。
そんな寂しさを紛らわすように。
エイダンは向かいの席からそんな弱さを見せるツヅルと、それを受け止めるユウゴの姿を見つめるだけだった。
―――旅はまだ、これから。
必ずツヅルにとっての希望を見つけて帰ってくることを心に誓いながら。
第二章はこれで一区切りです。
次からは第三章の旅編となります。まずは王国東部が舞台となっていきます。これからも彼らの活躍をお楽しみください。
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