1-6 神官と不愛想騎士と少年
農作物の保管庫だった場所から二頭立てで使える大きな荷車を見つけ、騎士達はアラムとクリスティナが乗ってきた軍用馬に取り付けながら荷車の中に民家から探し出した布団やクッションを敷いて最低限の乗り心地を確保していく。
街に着けばしっかりとした客車を手配できるが、田舎の村にそのような気が利いた物があるわけではない。むしろ、馬車にも使える荷車が無傷だっただけでも儲けものだ。
騎士達は総出でシタン村を出発する準備をし、日がまだ高い場所にあるうちにそれも完了した。
先に出発したカーティス達から遅れること三時間。ツヅルが生まれ育った村を出る時が来た。
街道を馬に乗った騎士達と馬車に乗った少年が街に向けて走って行く。
徐々に小さくなっていくシタン村の風景を、ツヅルは名残惜しそうに荷台の後方の縁に掴まりながら見つめ続ける。
今までツヅルの世界はあの小さな村の中だけだった。そこから離れていく寂しさと悲しさがふと胸にこみ上げる。
御者台と背中合わせで荷台に座っているクリスティナはそんな少年の寂しげな背中を遠慮がちに見ながら御者をしているユウゴに話しかけた。
「ツヅル君、やっぱり少し寂しそうね……。村を離れるのは初めてみたいだし」
「あぁ」
彼女の言葉に簡単な相づちを返し、ユウゴは背を向けて表情が確認できない彼の表情を想像する。
ツヅルはあの時自分で誓っていた。
『がんばっていく』と。
ならば、今感じるこの寂しさも彼にとっては必要なことで、乗り越えていくべきことなのだろうと考え、相づち以上の言葉をわざわざ言わない。
「意外とあっさりしているのね。あの子には沢山話していたのに。私さ、ユウゴ君があれだけ話す姿って初めて見たかもしれないわ」
「そうか?」
「そうよ。私もユウゴ君も同期で入って同じ隊に所属することになってもう一年経つけど、ユウゴ君はいつも眉間に皺寄せて不愛想で、多分昨日今日だけで三日分ぐらいの声を出して人と関わっているんじゃない?」
クリスティナは彼の反応に対して少しおかしなものでも見たかのように笑い、多弁気味に言葉を繋いでいく。
「ユウゴ君はさ、怖くなかった?」
「何がだ?」
「私ね、本当はあのとき自分の意識はあったの。リゼさんが私の名前を呼んで止めるように言っていたのも聞こえていたわ。……でも、自分は自分の外から自分を見ていることしかできなくて、その自分の後ろには神様が二人、私の体を使って話をしていた。私だって元々は神官だから、神様はいるっていうことは疑っていないし、神様が私の体を依代にしたいと言うのなら、この体を使って頂く覚悟自体は持っていたの」
あのとき、確かにクリスティナは全く別の存在になっていた。そして自分達が神であるということも彼女の口を借りてこちら側に伝えてきた。
「でも怖かった。頭で理解していることと実際に起きていることは違うって、このまま自分がツヅル君を苦しめ続けてしまうんじゃないかって、ユウゴ君に睨まれながら、ずっと。そして、自分が自分に戻れなくなるんじゃないかって考えたら怖かったの」
彼女の言葉は少しだけ震え、揺らぐ。
「仕方ないことだ。……クリスティナの所為じゃない。俺はあまり信心深いわけじゃねぇが、あれはツヅルと、俺と、お前も、他の騎士達の願いも、死んでいった村の人間達の想いも全部が届いた結果だった。二人も言っていただろう?願いに応えたってよ」
「…………うん」
「……頑張ったよな。お前も、アイツも」
「うん…………!」
不器用なその言葉で、少しだけ救われた気がした。
その言葉が聴けただけで、少年の背中を真っすぐ見ることができる気がした。
「周囲に魔物の気配はありません。場所としても特に問題は無いかと」
街道を進んで数時間、陽が落ち始めて西の空を茜色に染めていく。
一行は開けた場所でその日の行軍を止めて野営の準備に入る。
ツヅルも荷車から降りて何か手伝おうとユウゴに声をかけるが、疲れているだろうから休んでいろと言われてしまえばそれ以上何も言えなくなる。
たき火を囲むように簡易的なテントを三つ設営し、その中の一つに荷車に積んでいた布団やクッションを敷いて、ツヅルの為に休む環境を整える。
野営の食事は簡単で、腹を満たすための効率だけを考えられた干し肉と保存用のパン、乾燥野菜を入れた薄味のスープだけだった。流石にツヅルにこれだけというのはかわいそうだと思ったリゼは、非常用ポーチの中に入れていた飴玉をこっそり手渡した。
「意外に優しいんだな」
その行為を見ていたアラムが少し笑ってリゼに言う。リゼは若いのに真面目で冷静で、それでいて美人であることから騎士団の中にファンが多い。が、その融通が利かない真面目さから近寄りがたいと思われている部分もあった。
「こ、子どもは好きですし、彼は家族を失ったばかりですから……。優しくするのは大人の務めです」
少し慌てたように言葉を返し、焚き火の明かりで照らされて少し熱っぽい顔をアラムから外す。
二人一組で見張りを交代で行いながら、野営地での時間が過ぎていく。夕食を食べてから二時間ほど経ったとき、たき火を囲むように座るツヅルがユウゴに寄りかかる様にウトウトし始めた。
「もう眠いだろ、テントに入るぞ」
「もう……すこしおきてる……」
眠い目をこすりながらユウゴに訴える。
自分もできることがあるかもしれないし、少しでも兄の役に立ちたかった。それでもまだ幼い体に、荷車にずっと乗っていたとはいえ慣れない長距離移動はそれなりに堪えたらしく、声を出しながらも瞼は重たく落ちていく。
「ちゃんとお兄ちゃんしてるね、ユウゴ君」
テントの中の布団の上にツヅルを寝かせて出てきたユウゴにクリスティナが少し笑いながら声をかけてくる。
「風邪をひいても困る。アイツには色々ありすぎた。しっかり休むべきだ」
淡々とした言葉を返しながら、たき火に照らされるその表情はどこか優しそうだった。
「私はお姉ちゃんになれるかな?」
クリスティナはテントの方を意識しながら静かな声でユウゴに訊く。
「なれるんじゃないのか?」
その言葉の真意はわからないが、彼女が優しい性格をしていることを知っているユウゴは、彼女が望んだ言葉を知らないまま伝える。
その答えに満足したような笑みを浮かべ、クリスティナは自分のことを独り言のように話し始める。
「ツヅル君、神殿に保護された孤児の子達に似ていてね。あの子達は私のことお姉ちゃんって言って懐いてくれて一緒に感じをしたり、勉強を教えたり、遊んだりして。……私が騎士団に入ってからは会えていないんだけど、なんか思い出しちゃって。あの子達、元気にしているかなぁって」
「…………俺は孤児院に居たが、仲のいい奴はいなかった。ましてや、兄と慕ってくれる奴なんてのは」
彼女の話に引きずられるようにユウゴも自分のことを少し話し、たき火に木の枝をくべる。
「面倒見良さそうなのに?」
「俺の問題だ。俺は、愛想は良くなかったからな。しょっちゅう孤児院に遊びにくる侯爵家の奴が代わりに愛想良くて、ガキ達もそっちに懐いていた」
言いながら、同い年の騎士の顔がパッと頭の中に浮かび上がり、ため息をつく。
アイツのことだ。俺が誰か一人の為に兄になって、絶対守ると誓ったということを知ったら絶対に茶化してくるかふざけてくるか笑ってくるかの何かをしてくる。
そんな確信がユウゴの中にはあった。
しばらく他愛のない会話を続け、クリスティナが少し仮眠をとると言ってツヅルが眠るテントに入っていこうとした。
「クリスティナ」
ユウゴは彼女の方を振り向かず、たき火の火の揺らぎを見つめながら小さな声で名前を呼ぶ。その声に応えるように動きを止めて、大きな背中に視線を移す。
「ん?」
「…………ありがとな。アイツに洗礼をしてやってくれて。ツヅルの為に頑張ってくれて」
「―――うん」
少し笑って、少し嬉しくなって、短い返事だけを送る。
「ユウゴ君も、ありがとう」
前回から期間が開き、更新が遅くなってしまい申し訳ありません。
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