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残虐のグラタンドリア

 魔界には数百種にのぼる《竜》が棲息している。


 竜とひとくちにいっても肉体の構造も生態も知能も様々だ。最高位のものは魔竜と呼ばれ、高い知性を有し、上位悪魔に匹敵する魔力を操る。


 それに次ぐのは火竜や地竜といった精霊竜たちだ。自然に宿る精霊力のうち一種のみを有する種で、魔竜ほどではないが知能も高く、会話もできる。


 第三位は光沢のある美しい鱗を持つ金属竜たち。金竜、銀竜といった名で呼ばれ、自在に空を飛び、地上の生物を圧倒する。


 金属竜にやや劣るのが第四位の黒竜や赤竜といった色の名を冠された竜たちだ。この階位ともなれば知能も魔力もないが、爪と牙と翼による戦闘能力は侮れない。


 前脚の退化した翼竜と呼ばれる種はこれよりさらに下で、体格も小柄。といっても人間の倍以上の体高があり、騎乗用に飼い慣らされることもある。


 第六位の竜は――


「ちょっとお待ちください陛下、いきなりどうされたのですか」


 メテオラが魔王の竜解説を横から遮った。


「竜についてそんな詳しく語られても。アミナ姫もどん引きですよ」


「え……そ、そんな……ことは……ありませんけれど……」


 隣で聞いていたアミナ姫がフォローしようとするが、目が泳いでいて擁護の言葉がうまく思いつかないようだ。

 魔王はぐぬぬと憤慨する。


「このロマンがわからんのか! 男の子はドラゴン大好き、あと強さランキングも大好き、竜の序列なんて一晩中語り明かせる話題だぞ!」


「私も姫も女ですし……。女といて一晩中ドラゴンのことしか話さなかったら生涯童貞のままですよ」


 もっともな指摘をされた魔王は深く落ち込む。

 アミナ姫があわてて優しく言った。


「わ、わたしは、その、興味深く聞いていました。もっと聞きたいです。第六位は?」


「……いや、もういい……」


 魔王は弱々しく答える。メテオラが代わりに横から言った。


「第六位は落合竜ですね」


「失敬なことを言うなッ」

 魔王は吼えた。

「落合監督時代の中日ドラゴンズが最下位で終わったことなど一度もないわッ! なんならBクラスだったことすらないッ」


「そうやって脈絡無く野球の話につなげる男はやっぱりどん引きです」


「ぐぬぬぬぬ」


 脈絡無くつなげたのはメテオラの方だったが、とっさに言い返せない魔王だった。


「それからアミナ姫、僭越ながら、男をよいしょするための態度としても今のはシンプルすぎていただけません」


「そ、そうですか、申し訳ありません、至らなくて」


「男をたらし込むのが生業の淫魔族である私が、こういうときに使える便利なフレーズをお教えしましょう」


「ありがとうございますっ、メテオラ先生!」


「待て待て、姫にそんなものは教え込まなくてよいぞ」


 魔王が止めるのも無視してメテオラは一瞬のうちに眼鏡とアップにまとめた髪型とジャケットにタイトスカートの女教師スタイルに変身し、どこから持ってきたのかホワイトボードを引っぱってくる。


「料理のさしすせそ、というのがありますね。あれをもじって、キャバ嬢のさしすせそ、というのが考案されています。これさえ口にしておけば男を良い気分にさせられるという五つのフレーズの頭文字を並べたものです」


「そんな便利なものが!」とアミナは真剣な目で受講。横で聞いている魔王は頭が痛くなってきた。

 メテオラはぱつぱつになったブラウスの胸をずんと張って講義を始める。


「《さ》は『さすが○○ですね~』。男の発言を受けてとにかく褒めます」


「使いやすいですね! 後で王子様にもさっそく使います」


「《し》は『知りませんでした~』。男の発言を受けて無知アピールします」


「謙遜も大切なんですね! 勉強になります」


「《す》は『すごいですね~』。男の発言を受けてひたすら褒めます」


「直球もときには効果的なんですね! 使い分けてみます」


「《せ》は『セックスしましょう』」


「待て待て待て待て!」

 魔王はあわてて遮った。

「ちがうだろ! 『センスいいですね』だろ、なんでいきなりホテル直行なのだ、しかもキャバ嬢の方から! 商売成り立たんわ!」


「さすが陛下ですね~知りませんでした~すごいですね~」


「誠意ゼロどころかマイナスの相づちはやめろ! 背筋でなめくじの群れが大行進するわ!」


 アミナ姫がおずおずと言う。


「……せ、《せ》……も言わないといけませんか? わたし、まだ、経験が……」


「言わんでいい!」と魔王。


「そこで肯定できないから陛下は四百年間も童貞なのです」とメテオラ。


「やかましいわ!」


 メテオラはやれやれと首を振って、しゅるんといつものメイド服風淫魔ドレス姿に戻ってしまった。ホワイトボードもかき消える。


「……あー、メテオラ、……《そ》は?」


 どうしても気になった魔王は訊ねる。メテオラは冷ややかに言った。


「《そ》は『それではお会計が536000円になります』」


「ぼったくりではないかッ」


「ところで陛下、まるで関係ない話をしているうちにそろそろ目的地に着きそうですが」


 メテオラが手すりの向こうを指さしてしれっと言った。


 三人がいるのは、巨大な飛行艇の展望デッキだった。紫色の雲が渦巻く魔界の空を、もう小一時間ほど航行中なのである。


「そ、そうであった。我はなにもロマンのためだけの竜の話をしていたわけではないぞ」


 魔王は咳払いしてアミナ姫に向き直る。


「とにかくだな、竜の中でも最も下等な連中に、牛竜というのがいる。あれだ」


 手すりの向こう、眼下の荒野を指さした。


 ぽつぽつと点在する岩――に見えるのは、灰色の体表の獣だった。竜と呼ぶにはずんぐりしすぎているが、頭部の形状や皮膚の鱗から爬虫類だとわかる。


 特徴的なのは、側頭部の湾曲した二本の角だ。


「狩って食用とする。人間界にいる牛によく似た味がするが、より上質で、取れる肉の量もはるかに多い」


「王子様が作ってくださるお料理、材料までご自分で穫ってきてくださっていたんですね」


「う、うむ。まあ、そういうことだ。そこで今日は穫るところを見せてやろうと思ってな」


 そこで魔王はわざわざ姫から少し離れ、メテオラに言った。


「あやつがいっこうに肥らんのは、肉を食っているという実感が薄いからだと思うのだ。そこでだな、牛竜を狩るところを直に見せてやって、ついでにあやつも牛になってもらおうと」


「……陛下、だんだん口実作りが無理矢理になっておりますが」


「そっ、そんなことはない!」


「あと、牛になるにしても乳牛だと思いますが……」


「胸以外も肥らせるのだ! なんとしても!」


「まあ、要するにかっこよく竜を狩るところを姫に見せたいわけですね」


「そんなこともないぞ! もちろん翼竜に騎乗して急降下し、狙い過たず獲物の脳天を一撃でぶち抜くのは男のロマンだがな!」


「女はそんなもの見ていても楽しくもなんともないのですが、それがわからないから四百年間童貞なのでしょうね……」


「やかましいわ!」


 いつものように乱暴に言い返してから、ちょっと不安になって声を落とす魔王。


「……牛竜狩りは、だめか?」


「だめですね。そもそも翼竜の動きは速すぎて、船の上からでは陛下がどこにいるかもよくわからないでしょう」


「そ、そうだったか……」


 落ち込んでしまった魔王を見かねたメテオラ、嘆息して言う。


「かっこいいところを見せたいなら後ろに同乗させればいいのですよ」



 魔王用の翼竜に、急遽、二人乗り用の鞍が取り付けられた。


「よいですかアミナ姫、貴女は人間ですから墜ちたら即死です。安全ベルトはありますけれど過信せず、魔王陛下の身体にしっかり腕を回してつかまっていてください」


 魔王の後ろに乗り込むアミナにメテオラがしかと言い聞かせる。


「わかりました。安全第一で楽しんできます!」


 飛行船の乗員たちが見守る中、翼竜はデッキから飛び立った。


「――わあああああああ! すごい! ……わたし、空飛んだのはじめてです!」


 姫の弾む声が聞こえ、吐息がうなじにかかった。魔王は手綱を落っことしそうになる。おまけに背中にはアミナ姫の胸がしっかりと押しつけられていて、翼竜が旋回や上昇や下降をするたびにその柔らかなふくらみがむにんむにんとこすりつけられるので、これはもう墜ちるのも即死するのも魔王の方だった。


「お、お、落ち着け……牛だ、牛を数えろ……今日は牛を狩りに来たのだ、思い出せ、牛、牛だぞ牛……牛……乳牛……乳……おっぱい……うあああああああっ」


 魔王がめちゃくちゃに手綱を引いたせいで翼竜はすさまじい錐揉み捻り込みのアクロバット飛行を繰り返し、絶叫系がわりとイケるタイプのアミナ姫は大喜びだった。


 魔界の空の厳しい風に頭を冷やされた魔王、さすがに十五分くらい飛び続けると冷静になってくる。


「よ、よし、遊びは終わりだ。ちょうどあの水飲み場にあつまっているおあつらえ向きの牛竜の群れがおる。降下するぞ!」


「はいっ」


 アミナ姫が元気よく返事して魔王の胴体に回した腕に力を込めた。

 ぎゅうっ、むにゅっ。

 降下前にまた気を落ち着かせるために十五秒ほど旋回しなければならなかった。


「こ、今度こそ行くぞぉっ!」


 魔王は手綱で翼竜の首を叩いて気合いを入れた。竜の身体は一気に前方に傾き、荒野が眼前に迫る。水辺に群れた牛竜たちの姿がぐんぐん大きくなる。


 握りしめた魔槍を高く構える魔王。


「さあ牛ども、挽肉にしてくれるわッ」


       * * *


「――ということで挽肉にしたのがこちらです」


「三分クッキングのノリで出すな!」


 いつもの厨房、黒いコック服姿の魔王とメテオラは、大きなパッドに入った血も滴る挽肉を前にしていた。


「それで陛下、今日のメニューは? ハンバーグかなにかですか」


「肉だけでは肥らん。炭水化物をとにかく食わせねば。ということで今日は炭水化物まみれの激太り料理、グラタンドリアだ」


「グラタン……ドリア? グラタンとドリアを作るんですか?」


「ちがうちがう。グラタンドリアというひとつの料理だ。ドリアというのは要するにグラタンのパスタ部分を米飯に置き換えたものだから、置き換えずに両方使うとグラタンドリアになるわけだ」


「なるほど炭水化物まみれですね。しかしなぜまたそんな奇妙な料理を」


「それはだな、以前、我がグラタンを作ろうとしたとき、ちょうどパスタがほんの少ししか残っていなかったのだ。補充するのも面倒だし、かといってちょい残しのパスタを放置するのも嫌だったので、米を炊いて補填することにした。これが思いのほか美味かったので正式な料理として命名したのだ」


 材料は以下の通り。


 米 1/2合

 鶏肉 50g

 パスタ 150g

 オリーブオイル たっぷり

 牛挽肉 200g

 にんじん 1/3本

 たまねぎ 1/2個

 ほうれん草 少々

 デミグラスソース 1缶

 味醂 少々

 塩 少々

 バター 大量

 小麦粉 30g

 牛乳 300ml

 モツァレラチーズ 180g


「このレシピは小さめのグラタン皿で四人前、大きめなら三人前だ。当然、姫にたっぷり食わせるので今回は三人前を想定している。まずはチキンライスを炊くぞ。炊飯器に研いだ米と水と細かく刻んだ鶏肉、塩ひとつまみを入れてスイッチオン!」


「すでに炊き上がっているのがこちらです」


「まだそのノリを続けるのか! まあよい、今回は助かる。続いてパスタを茹でる。パスタは一口サイズのものならなんでもよいが、我はフジッリかファルファーレが好みだ」


「陛下、なんですかいきなり耳慣れないお洒落な単語を」


「パスタの種類だ、知らんのか? フジッリというのは螺旋状のやつだ、見たことがあるだろう? 本場のはDNAみたいに長い状態だがこれはクイーンズ伊勢丹でしか見たことがないな。普通のスーパーで売っている袋入りのはそれを四センチくらいに切ってあるやつだな。ファルファーレというのは蝶ネクタイみたいな形のやつだ」


「ああ、どちらも見たことがあります! そういう名前だったんですね。あと、なんか血を吸いすぎて膨れ上がった蛭みたいなパスタもありますよね」


「おまえはどうしてそう料理前に食欲が失せるようなたとえを持ち出すのだッ? あれはコンキリエといってイタリア語で貝殻のことだ!」


「今のたとえで即わかったということは陛下も薄々あれは蛭だと思っていたのでは」


「そんなことは断じてない! コンキリエも中にソースの具を抱え込んで味がからみやすくなるのでなかなかいいぞ」


「普通にマカロニではだめなのですか」


「マカロニは液状のソースに向いているパスタだし、なによりマカロニなんぞを使ったのではパスタに詳しいふりができないではないか」


「さすが魔王陛下、隙あらば見栄を張るその貪欲さはまさに王者の風格です」


「もっと讃えるがよい! パスタの茹で加減は少し硬めにすること。それでも十分以上かかるのでその間にソースを作る。たまねぎ、にんじん、ほうれん草をみじん切りにして、オリーブオイルで炒める。野菜にまあまあ火が通ったところで挽肉を投入。デミグラスソースをどばっと入れ、塩と味醂で味付け。ここでデミグラスではなくカレーにしたり、ほうれん草をフードプロセッサにかけたものを大量に入れてグリーンドリアにしたりと、アレンジも効くぞ」


「醤油味で和風はいかがでしょうか」


「悪くない! さて、弱火にし、蓋をして三分ほどぐつぐつ加熱だ。パスタが茹で上がったら湯切りをして、このソースの中にぶち込み、さらに混ぜながら炒め煮にしておく。味見して薄いようならさらに塩を加えよ」


「このままでもすでに美味しそうです」


「これだけではただの雑パスタだ。次はホワイトソースを作るぞ!」


「あれ、陛下、デミグラスソースが缶詰だったのですからホワイトソースも缶詰でいいのではないですか」


「愚か者がッ」


 魔王の憤激でその日、魔界じゅうの牛が挽肉に変わった。


「よいかメテオラ、料理というのはコストパフォーマンスの考えがなにより重要なのだ。デミグラスソースは手間がかかりすぎるわりに難易度も高く、手作りしてもどうせ缶詰の味を超えられぬ! 一方でホワイトソースは簡単なくせに手作りと缶詰の味は雲泥の差!」


「簡単なのですか。ホワイトソースを手作りというと、小麦粉がダマになってしまって失敗するイメージしかないんですが」


「ダマができて失敗するのはな、間違った作り方をしておるからだ」


 魔王はフライパンを火にかけた。


「世の中には失敗しやすいホワイトソースのレシピがごまんとあふれておる。その最大の誤りは、バターと小麦粉を同量にせよ、などと書かれている点だ。愚劣の極みよ!」


「……どのレシピもそう書いてありますね。バター:小麦粉:牛乳が1:1:10の割合だと。陛下はまたしても権威ある料理研究家に喧嘩を売るわけですか」


「当然よ。悪魔の王だからな。失敗したくなければバターをけちるな! 小麦粉の三倍くらい使え!」


 一握りほどもあるバター塊をフライパンに放り込む魔王。乳臭さが充満する。溶けきったところに小麦粉を流し込み、へらでバター全体に広げる。


「バターと小麦粉が同量だと、にょりにょりした糊状のルーになる。そんなんでは牛乳に溶けきらず、ダマになりやすいのも当然だ。バターを増やせばルーは液状となり、牛乳にまんべんなく行き渡るようになる!」


 へらでゆっくり混ぜながら最弱火で小麦粉を加熱する魔王。油と粉の混ざったもったりした液体の表面が泡立ち始めてからも、三十秒ほどじっくり熱する。


「次のコツは、牛乳を入れる前に火を止めることだ」


「えっ。熱しながら牛乳を加えて伸ばしていくのではないのですか」


「そういうプロっぽいことを無謀に真似するから失敗してダマになるのだ。ダマというのは要するに小麦粉が牛乳全体にまんべんなく混ざる前に加熱されて固化してしまった状態だ。そうならないように、火を止めて、牛乳をどばっと入れる。しっかり混ぜる。そして再び火をつける。これが正解だ」


「……なんだか、黄色い油が混じった不気味な白い液体にしか見えませんが……」


「混ぜながら過熱していくとちゃんとホワイトソースになる。見よ!」


「ああ、ほんとうですね。安心しました」


「ちなみにこの作り方は副作用として、じんわりバターがにじむ非常に油っぽくて濃いホワイトソースになってしまう。しかし気にするな! なにしろバターは美味いからな!」


「デブまっしぐらのお言葉、感服いたしました」


「うむ! それではいよいよグラタン皿の登場だ。皿の底に、炊き上がったチキンライスを薄ーく敷く。その上に、ソースと混ぜたパスタの層を作る。さらにその上にホワイトソースをかぶせ、いちばん上にチーズだ」


「モツァレラとわざわざ指定してありましたけれど、雪印のとろけるチーズでいいですよね」


「おまえ、ひょっとして我の怒るポイントを的確に見抜いてわざと言っていないか?」


「はい。お気づきでしたか」


「気づかいでか! しかし怒る! いいかメテオラ、ご家庭で作るグラタンやピザがなんかいまいちなのはプロセスチーズを使っておるからだッ! 本来は熱で溶けないプロセスチーズを溶けるようにした雪印の高度技術が日本のチーズ料理をかえって退化させたのだ!」


「今ので雪印からのスポンサードはなくなりましたね」


「元からないわ! とにかく、チーズをのせて焼く料理はモツァレラが基本! ゴーダチーズとのミックスなども美味いが、なんにせよプロセスチーズは厳禁だ、チーズのやけにしょっぱい味しか印象に残らなくなって今までの調理がすべて台無しだぞ!」


「まあ最近ではセブンイレブンでも売っていますもんね、ナチュラルチーズ」


「うむ。プロセスチーズが日本のチーズ売り場の主役だったのも遠い昭和の話よ。我がこんなに口を酸っぱくする必要もなかったかもしれんな。さあ、焼くぞ! オーブンで200度、15分から20分、チーズに良い感じの焦げが入ったら焼き上がりだ!」


       * * *


 熱々のグラタンを口に運んだアミナ姫、ほくほくした笑顔になる。


「ああっ、幸せの塊みたいな味がします、さっくりしたチーズの下にバターあふれるソース、そこから芳醇なミートソース……」


「さらにその下からチキンライスが出てくるとは、背徳にもほどがあります」


 メテオラも顔を上気させて頬張っている。


「米と麦を同時に楽しめるという以上の相乗効果があるのだ」


 自分もスプーンで皿の中身をざくざく採掘しながら魔王は説明する。


「二種類の糖質の美味が競って脳を目がけて飛んでくる! たまらぬ! どこまで掘り進んでもカロリーしかない! 尽きぬ鉱脈、スプーンが止まらぬわ!」


「目の前で殺された牛さんのお肉だと思うと感謝の念も止まりません。ごちそうさまです」


「そうだ、遺志を継いで(?)牛になれ!」


       * * *


 数日後。


「どうだメテオラ、あれからもバター三昧、炭水化物にまみれた食生活を送らせてやっているのだ、そろそろ牛になったか?」


 そう訊ねながらメテオラを伴ってアミナ姫の居室を訪れた魔王、入り口のところで言葉を失ってしまう。


 部屋の真ん中に、ほんとうに牛がいるのだ。黒毛の、実に立派な体格の雌牛である。


「……い、いや、待て、あれはもののたとえだぞっ? なんの呪いだ? いくらここが魔界だからといって」


 牛の陰からひょいと姿を見せたのはアミナ姫である。


「あっ、王子様! どうですかこの子、立派でしょう! わたしがお世話しているんです」


 魔王はあんぐりと口を開けて固まり、それから深く深く安堵した。


「姫がご自分でも食材を調達したいと言われるので人間界から取り寄せました」


 メテオラがさらりと言う。


「部屋の中で飼うなッ」


「でも、あの、王子様にいただいたゲームでも自宅に牛が」


「時のオカリナかッ? ああもうゲーム脳めが!」


「牛のお世話ってけっこう大変なんですね、毎日たくさんお仕事があって、おかげで手足にだいぶ筋肉が」


 そんなことを姫が言うので魔王は憤慨してメテオラを廊下に引っぱっていった。


「あんな重労働をさせるから全然肥ってないではないか!」


「はい。でもバストは1センチ増えておりました」


「またそれかッ」

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