ひなたちゃんの場所
夏祭りの練習を、降園前の園庭でしていた。
お迎えの時間が近づき、門の方に保護者の姿が増え始めたころ、桐谷さんが来た。
ひなたちゃんの出し物の配置を見て、眉をひそめた。ひなたちゃんはお遊戯の端っこに立っている。中央には元気のいい子たちが並んでいた。
「柊先生。ちょっとよろしいですか」
園庭の隅で向かい合った。桐谷さんの声は丁寧だった。いつも通りに。
「うちの子が、端に追いやられているように見えるんです。あの子は、できない子扱いなんでしょうか」
桐谷さんの手が震えていた。きっちりしたワンピースの裾を握っている。目が赤い。昨日も眠れなかったのだろう。
「桐谷さん、ひなたちゃんの配置は——」
そこに、蒼が来た。私は呼び止めようとしたけれど、蒼はもう桐谷さんの前に立っていた。
「すみません。ひなたちゃんの配置を決めたのは僕です」
蒼の声は低かった。少し震えていた。
「ひなたちゃんは大丈夫です。ただ、自分のペースがあるだけです。端に配置したのは、ひなたちゃんが一番安心できる場所だからです」
桐谷さんの目が見開かれた。
「新人のくせに、親の前でそんなことを——」
声が裂けた。敬語が崩れていた。桐谷さんの完璧な言葉遣いが崩れる瞬間を、私は初めて見た。
蒼は動かなかった。「でも、ひなたちゃんは端っこにいるとき一番よく踊れるんです。まん中にいると周りの子が気になって、途中で止まってしまいます。見ていただければわかります」
桐谷さんは何も言わなかった。震える手でひなたちゃんの手を取り、足早に去っていく。
閉園後、園長が職員室に来た。
「瀬野先生、保護者との口論はちょっとまずかったね。お気持ちはわかるんだけど」
園長は、蒼に始末書を書くように言った。私は口を開きかけて、結局、何も言えなかった。蒼は「わかりました」と答えた。
後で「なぜあそこで出てきたの」と聞いた。蒼は少し黙ってから、「……ひなたちゃんが怖い顔をしていたので」と言った。
蒼はひなたちゃんの怖い顔を見ていた。園長は桐谷さんの前で蒼が言い返した場面を見ていた。私は二人の間で、また黙ってしまった。
それでも、始末書を書かされるのは蒼だけだった。その場でかばえなかったのは、私だった。




