第26話 エアリスの提案
柔らかい日差しが、廃屋を改装した寝室の窓から差し込んでいた。カケルが重い瞼を持ち上げ、最初に応えたのは、あまりにも静かすぎる部屋の空気だった。
(……あ、れ……?みんな、は……)
いつもなら枕元にいるはずの茶渋の重みがない。カケルは、自分が意識を失った瞬間に魔力が枯渇し、全ての召喚が強制解除されてしまったのだと悟った。
胸の奥を刺すような寂寥感に耐えながら、カケルは僅かに回復した魔力を練り、震える声で呼びかけた。
「……茶渋、ワサビ君、ほっぺ……」
淡い光とともに、まずベッドの上にサビ猫の茶渋が姿を現した。彼女は状況を察するようにカケルを見つめると、優しく「にゃあ」と鳴いて彼の手に鼻先を寄せた。続いて枕元にワサビ君とほっぺが顕現する。他のキンカチョウたちや蜘蛛のキョロ、チョロを呼び出す魔力はまだ心許ないが、ナビゲーター越しに彼らがシステム内で無事であることは確認できた。
(……よかった。みんな、無事だ……)
カケルは生存を確認できた安堵感に包まれながら、ゆっくりと身体を起こした。九体同時召喚と並列指揮の代償は、想像以上に重かった。
「目覚めたか。……無理に動かない方がいい」
部屋の入り口に、一人の男性が立っていた。騎士隊長、エアリス・ヴァインだった。
「エアリス……さん。僕は、どれくらい眠って……?」
「丸二日だ。魔力枯渇による一時的な昏睡。ベリックたちが君を担ぎ込んできた時は、死人のようだったぞ」
エアリスは椅子をカケルの枕元まで引き寄せると、深く息を吐いた。
「ベリックたち『鉄の牙』の怪我は、騎士隊の治癒魔法で完治した。……君があそこで持ち堪え、敵を仕留めてくれたおかげだ。君が彼らを守ったんだよ」
「そうですか……よかった」
カケルが安堵の息を漏らすと、エアリスは真剣な眼差しで彼を見据えた。
「……今回のフォレストガーディアンの出現だが、どうやら深部でエサが不足し、獲物を求めて本来は低ランクの魔物しか出現しないこのエリアまで降りてきてしまったようだ。本来はありえないことだが、運悪く空腹の個体が迷い込んだのだろう」
「……エサ不足、ですか」
「ああ。不運な事故のようなものだ。だが、本来なら熟練の騎士隊が数組がかりで対処すべき事態だった。それを君一人が、しかも犠牲者を出さずに収めてしまった。……それから、その事事実すでに現場にいた冒険者たちの口から広まりつつある」
エアリスの声が一段と低くなった。
「ギルドマスターが口止めを試みてはいるが、人の口に戸は立てられない。今の君は、リスティア中の冒険者、それから貴族たちの好奇の対象だ。信じがたい戦果を上げた、底の知れない新人としてな」
カケルの指先が微かに震えた。
「君はこのままでは、その力を利用しようとする者たちに付き纏われることになるだろう。……そこで、私からの提案だ」
エアリスは懐から一通の書状を取り出した。
「君を、リスティア騎士隊直属の『特別協力者』として登録したい。形式上は騎士隊の監視下にある特殊技能保持者、という扱いだ」
「監視……ですか?」
「言葉は悪いが、これは君にとっての『盾』になる。騎士隊の公式な庇護下に置かれれば、外部の人間が君を無理やり連れ出すことはできなくなる。君の自由と、その愛しい『家族』の安全を保証するための名目だ」
エアリスはカケルの周囲に集まる家族たちに視線を向け、柔らかく微笑んだ。
「君がこれからも家族たちとの平穏を守りたいなら、その力に見合った『肩書き』が必要だ」
カケルは今ここにいる茶渋やワサビ君、ほっぺの姿を、一人ずつ慈しむように見つめた。ワサビ君の無機質で力強い鱗の感触、茶渋の柔らかな毛並みの温もり、そして額で羽を休めるほっぺの重み。
自分一人なら、どこへでも逃げられるかもしれない。だが、この子たちの安全を永続的に守るためには、この世界のルールに従う必要がある。
「……その『特別協力者』になれば、みんなを誰かの道具にされたり、無理やり戦わされたりせずに済みますか?」
「ああ。要請はあくまで任意だ。むしろ、君のような稀代の才能を無駄に消耗させるような真似はさせない。リスティアの安寧を守るための、最後の切り札として座っていてくれるだけでいい」
カケルは深く、深く息を吐き出した。
「……分かりました。その提案、お受けします」
こうして、カケルはただのDランク冒険者から、騎士隊長が認めた「特別協力者」という唯一無二の立場を得ることとなった。
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