第2話 覚醒と再会
意識が浮上する。真っ暗な闇の底から、急速に光の中へと引きずり上げられる感覚。重い瞼を押し上げると、目に飛び込んできたのは突き抜けるような青空だった。
「……あ……?」
体が痛くない。アスファルトに叩きつけられたはずの衝撃も、内側から溢れた熱い血の感覚も、すべてが嘘のように消えていた。
寝転んでいたのは、見たこともないほど青々と茂った草原だった。起き上がり、自分の手を見る。擦り傷ひとつない。
着ているのは、家を出た時のままのパーカーとジーンズだ。
(ここは……どこだ? 夢か?)
周囲を見渡すが、ビルも道路も、あの喧騒もない。ただ風に揺れる草の音だけが聞こえる。唐突に、視界の隅に半透明のウィンドウが立ち上がった。
『オーナー:森下翔。意識の覚醒を確認。心拍、精神状態ともに安定しています』
「うわっ!? な、なんだ?」
驚いて尻もちをつく。ウィンドウの中から聞こえてくるのは、落ち着いた、知的な女性を思わせる声だった。
『万象飼育システムを起動しました。私はあなたのサポートを担うナビゲーターです。あなたの「家族に飯を食わせたい」という強い未練に基づき、スキル【再構築召喚】が有効化しました』
「再構築召喚……? 家族に、飯を食わせたい……」
翔の脳裏に、事故の瞬間の後悔が蘇る。コオロギ一匹食べさせてやれなかったワサビ君のこと。残されたみんなの世話のこと。
「ここはどこだ? あの子たちはどうしてる!?」
叫ぶ翔に、ナビゲーターは淀みなく応じる。
『ここはヴェルダンシア王国。あなたがいた世界とは異なる、魔法が存在する世界です。あなたがこれまで飼育してきた動物たちのデータは、すべて本システムに記録されています。現在、一枠分の召喚が可能です。第一候補を呼び出しますか?』
ウィンドウに、一匹の生き物のシルエットが浮かび上がる。
見間違えるはずがない。それは、翔が最期にエサをあげたいと思っていたカメレオンの姿だった。
「ワサビ君……。召喚、召喚してくれ! 今すぐだ!」
翔が叫ぶと同時に、目の前の空間が淡く発光した。光の粒子が収束し、そこにか細い四肢と、頭の上に兜のような盛り上がりを持つ小さな体が形作られる。
鮮やかな緑色の皮膚。左右別々に動く大きく膨らんだ小さな目。
「ワサビ……君……」
現れたのは、あの日ケージの中で空腹そうに翔を見つめていた、エボシカメレオンのワサビ君そのものだった。
ワサビ君は戸惑う様子も見せず、ゆっくりと草の茎を掴んで登り始める。そして、葉の先に溜まった露を見つけると、顔を近づけて器用に舌先で舐め取った。
飲み終えたワサビ君は目の一方を、くるりと翔の方へ向けた。
「……よかった。また会えた。」
張り詰めていた緊張が、一気に崩れ去った。視界が歪む。ポタポタと、翔の目から大粒の涙が溢れ出した。
飼っていたあの子たちがどうなったのかは分からない。だが、目の前のワサビ君は、確かにここにいて、今、水分を補給したのだ。
「ごめんな、遅くなってごめんな……」
泣きじゃくる飼い主の肩に、ワサビ君はゆっくりと移動し、ぷっくりとした指先でギュッと服を掴んだ。
『ワサビの水分補給を確認しました。本個体の召喚の維持コストは極めて低いため、そのまま現実空間に留めておくことが可能です』
ナビゲーターの声に、翔はふと疑問を口にした。
「……ワサビ君が、なぜ何もない空間から現れたんだ?」
『それは【再構築召喚】による実体化現象です。再構築された動物たちは、元の記憶と習性を保ちつつ、この世界の法則に適応した「召喚獣」へと変化しています。彼らは魔力で構成された存在であり、食事による栄養摂取を必要とせず、病や寿命といった「死」の概念も克服しています』
「死なない……? 飯もいらないのか?」
『はい。食物の摂取は可能ですが、それはあくまで嗜好品としての摂取となります。ただし、彼らを実体化させている間は、オーナーであるあなたの魔力を微量ながら消費し続けますのでご注意ください』
翔は肩に乗ったワサビ君の感触を確かめる。確かに生きている時の温もりがあるが、どこか神聖な気配も感じられた。
「さっき、家族たちのデータがシステムに登録されてるって言っていたけど……ほかの子も呼び出せるのか?」
『可能です。ただし、現在はあなたのレベルと魔力量の制限により、同時に実体化できるのは一枠のみとなっています。あなたがこの世界で成長し、レベルが上がるにつれて、順次他の個体たちを呼び出すことができるようになります』
「レベルか……。どうやって上げるんだ?」
『召喚獣のレベルアップが、召喚士であるあなたのレベルアップに直接つながります』
「なるほど。ワサビ君たちが強くなることが、俺の成長になるってことか」
『左様です。現在のワサビの能力を表示します』
ナビゲーターが告げると、ワサビ君の横にカード状のステータス画面が表示された。
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【召喚獣詳細】
名称:ワサビ
種族:エボシカメレオン
レベル:1
【固有スキル】
・舌撃:射程内の対象を正確に貫く。威力はレベルに依存。
・警戒色:周囲の魔力や敵意を察知し、体色を変化させて警告する。
・隠密:背景に同化し、気配を完全に遮断する。
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「……舌撃に、警戒色……。カメレオンの習性が、そのままスキルになってるのか」
表示された内容に驚きつつも、翔は納得した。
彼らが元々持っていた素晴らしい個性が、この世界では生き抜くための武器になっている。
「よろしくな。俺がしっかりサポートするから」
ワサビ君はもう一方の目も翔へ向け、ゆったりと頭を揺らした。
「……行こう。まずは人を探して、ここがどこか確かめないとな」
翔は袖で涙を拭うと、肩に乗った小さな相棒と共に、未知の草原を一歩踏み出した。
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【ワサビ君のモデル:エボシカメレオンについて】
ワサビ君のモデルは、実在する「エボシカメレオン」という種類です。
※AIで生成した画像です
・名前の由来:頭部にある高い突起が、平安時代の「烏帽子」に似ていることからそう呼ばれています。
・変幻自在の目:左右の目を別々の方向に動かして、周囲360度を観察できます
・ミトンのような手足:指が二股に分かれていて、枝をしっかり掴めるようになっています
カメレオンは「周囲の色を真似て擬態する」というイメージを持つ方も多いと思いますが、実はそのようなことはしません。警戒したり性成熟したりした際などに、模様が濃くなる・色が変わることはあります。(なので「カメレオン俳優」といった言葉は実は間違っているのです笑)
この不思議で愛らしい姿が、異世界の人々には「正体不明の奇妙な生き物」に見えている……というギャップを楽しんでいただければ幸いです。
これからも翔とワサビ君のコンビをよろしくお願いします!




