第104話 新年祭の支度
翌日、カケルたちが広場へ着いた頃には、もうあちこちで人が動いていた。
石畳の上には木材が積まれ、屋台の骨組みが次々に起こされていく。荷車を押す商人、布をほどく女たち、柱を担ぐ若い男たち。その間を縫うように、ギルドから来た冒険者たちも行き来していた。
「そっち、もう少し寄せて!」
「杭が先だ、杭!」
「布はまだ広げるなよー!」
声が飛び交うたび、広場のあちこちで人が向きを変える。慌ただしいのに、空気は明るかった。
リアナが足を止める。
「すごいわね」
「ほんとだね」
骨組みの向こうから、見慣れた大柄な影が手を上げた。
「よう、来たか」
ベリックは肩に木材を担いだまま近づいてきた。
「悪いが、来たなら手を貸してくれ。あっちが重くて詰まってる」
示された先では、太い材木を積んだ荷車が段差に引っかかっていた。押している男たちが何度か力を込めるが、車輪がきしむばかりで進まない。
リアナがそちらを見た。
「師匠の家族たちを呼んだほうが早そうね」
カケルも頷く。
「うん。先にヴォルガンさんに聞いてくるよ」
少し離れた場所で指示を飛ばしていたヴォルガンに近づき、カケルは声をかけた。
「ヴォルガンさん。俺の家族のトカゲたちを呼んでもいいでしょうか」
ヴォルガンはカケルを見てから、動かない荷車のほうへ視線を向けた。
「確かにあの巨躯なら、重いものも運べるのか……騒ぎにならないように目を離すな」
「はい」
許可をもらって戻ると、カケルは息を整えた。
「じったん、イガ、グリ。お願いできるかな」
呼びかけに応じて、光の中からじったん、イガ、グリが姿を現す。
広場の空気が一瞬だけ揺れた。
「うわっ、なんだい!?」
「地竜……? 召喚士か?」
「ママー! おっきくてトゲトゲー!」
母親の裾の後ろから子どもが顔を出し、荷車のそばにいた女たちが思わず足を止める。けれど、逃げ出すような悲鳴は上がらなかった。
カケルはすぐに手を上げる。
「大丈夫です。暴れさせません。じったん、それをお願い。イガとグリは荷車のほうを頼めるかな」
じったんが低く身を落とし、綱のついた材木へ鼻先を寄せる。短い噴気音のあと、重い材がずるりと動いた。
「うわ、本当に!」
「すごい……!」
押していた男たちが慌てて道を空ける。じったんはそのままぶれずに材を引き、指定した位置まで運んでいった。
イガとグリも左右から荷車につく。止まりかけていた車輪が段差を越え、木材を積んだ荷車が前へ出た。
「そのまま、そのまま!」
「よし、抜けた!」
張っていた空気が一気にほどける。
中年の男が額の汗をぬぐった。
「助かったよ……!」
その横で、リアナがラプティへ声をかける。
「ラプティはこっち。細かいの運ぶわよ」
「ケー」
縄や布の束をくわえたラプティが、人の間を縫って駆けていく。受け取った女たちが目を丸くした。
「まあ、賢いこと」
「こっちの布もお願いできる?」
「ええ、持っていくわ」
さっきまで足を止めていた人たちも、すぐにまた動き出した。
「次、こっち頼めるか!」
「悪い、そっちの荷車も!」
「順番だ、順番!」
じったんが重い土台材を引き、イガとグリが荷車を押し出す。ラプティは細かい荷を先に運び、広場のあちこちを行き来する。住民たちが位置を決め、職人らしい男が木組みを確かめ、冒険者たちが押さえ役に回る。
広場の形が、少しずつ立ち上がっていった。
柱を一本立て終えたところで、布を抱えた女が困ったように声を上げた。
「これ、高いところへ結びたいんだけど」
リアナがすぐにそちらへ向く。
「押さえればいい?」
「お願い」
カケルが脚立を支え、リアナが布の端を渡す。上に上がった若い男が縄を回し、色布を留めていく。風を受けて布がふわりと揺れると、近くにいた子どもたちが目を輝かせた。
「わあ……」
「もうお祭りみたい」
リアナが見上げたまま笑う。
「これが増えたら、もっとすごそうね」
「だろうな」
昼が近づく頃には、屋台の土台がいくつも並び、広場の景色もだいぶ変わっていた。木箱に腰を下ろす者、立ったまま肩を回す者、水を飲む者。忙しさの中に、ようやくひと息つく空気が混じりはじめる。
そこへミラが籠を抱えてやって来た。
「皆さん、お疲れさまです。差し入れを持ってきました」
焼きたてのパンと温かい飲み物が配られると、あちこちで安堵の声が上がる。リアナが受け取った容器を両手で包み、ほっと息をついた。
「生き返るわね……」
「ほんとだね」
少し離れたところでは、じったんたちのまわりに子どもが集まりはじめていた。
「おっきいー!」
「乗っていい?」
「だめでしょ、こら!」
「すみません、この子ったら……」
おろおろする母親たちの声に、カケルはそちらへ顔を向ける。じったんは微動だにせず、イガとグリも嫌がる様子はない。
いつの間にか、ひとりの子どもがイガの背にまたがり、別の子がグリのしっぽの近くで目を輝かせていた。
カケルは小さく笑う。
「その子たちは大丈夫ですよ。急に動いたりしないので」
「で、でも……」
「怖がってないなら、少しだけなら平気です」
その言葉に、母親たちもようやく肩の力を抜いた。子どもたちはすっかり気を良くしている。
「すごーい!」
「つるつるしてる!」
「わ!ひんやりする」
リアナがその様子を見て、くすっと笑った。
「もう懐かれてるわね」
「そうみたいだね」
広場を見回すと、朝よりずっと景色が変わっていた。
骨組みが立ち、布が渡り、人の顔も明るい。住民たちの間に冒険者が混ざり、その中に自分たちと家族もいる。
新年祭の支度は、まだ途中だ。けれどもう、広場の空気は昨日までとはまるで違っていた。
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