第103話 年越し前のギルド
依頼を終えてリスティアへ戻る頃には、空がうっすら茜に染まりはじめていた。
道中で仕留めた魔物の魔石を革袋に収め、カケルはギルドの扉を押す。いつもの時間帯のはずなのに、中の空気はどこか違っていた。
受付前には依頼帰りの冒険者たちが集まっている。けれど、飛び交っているのは討伐の愚痴や報酬の話ばかりじゃない。
「俺、毎年あの店の屋台の肉串楽しみにしてんだよ」
「今年は酒も増えるって話だぞ」
「だったら今年も手ぇ抜けねえな」
笑い声が混じる。
リアナがその様子を見回し、小さく首をかしげた。
「なんだか、いつもより浮ついてるわね」
「うん。なにかあるのかな」
受付へ向かうと、ミラがいつも通りの笑顔で迎えた。けれど、その奥にも少しだけ忙しない気配がある。
「お帰りなさい。完了報告ですね」
魔石を確認し、手続きを終えたところで、奥から低い声が飛んだ。
「カケル、リアナ。少し来い」
ヴォルガンだった。二人がそちらへ向くと、ギルドマスターは腕を組んだまま、短く続ける。
「お前たちは、リスティアでの年越しは初めてだよな」
「そうですね。俺は初めてです」
リアナも頷く。
「私もだわ」
ヴォルガンは二人を見たまま言った。
「この時期は毎年、リスティアで新年祭がある。年越しから新年にかけて街をあげて騒ぐ祭りだ」
カケルは少し目を見開く。
「新年祭」
「その準備を、ギルドも毎年手伝う。冒険者どもも新年祭は楽しみにしてるからな。街あってこそのギルドだ。世話になるばかりでは締まらんからな」
少し離れたところで、誰かが「その通りだ」と笑った。
ヴォルガンは気にした様子もなく続ける。
「明日からギルドも休みになる。そのぶん人手は全部そっちへ回すつもりだ」
「ギルドまで休みになるのね」
「年越し前後だけだ。どうせその間は、まともに依頼を受けるやつも減る」
それから、ヴォルガンは短く言った。
「初めてなら、一度くらいは最初から見ておけ」
リアナの口元が少し緩む。
「リスティアの新年祭は華やかだって聞いてたけど、そんなにすごいのね」
その時、背後から声がした。
「そうか、カケルとリアナはリスティアの年越しは初めてか」
振り向くと、見知った男が片手を上げていた。冒険者パーティ「鉄の牙」のリーダー、ベリックだ。
「俺はもう何回も手伝ってるから、分からないことがあれば聞いてくれ。明日から広場のほうも一気に慌ただしくなるぞ」
「そうなんですね」
「屋台が並んで、飾りも出て、街じゅう人だらけになる。祭りが始まる前から、もう別の街みてえになるんだ」
リアナが少し楽しそうに言う。
「ふうん。じゃあ、明日はかなり賑やかになりそうね」
「なるぞ。毎年そうだ」
ベリックが笑う。カケルはその横で、いつもと少し違うギルドの空気を見回した。
同じ依頼板、同じ受付、同じロビー。それでも今日は、そこに流れる空気だけが違う。忙しさの中にあるのは張りつめたものではなく、明日を待つ落ち着かない明るさだった。
ヴォルガンが机を指先で軽く叩く。
「手が空いてるなら、お前たちも明日から顔を出せ」
「分かりました」
「ええ、行くわ」
二人の返事に、ヴォルガンはそれ以上言葉を重ねなかった。もう話は済んだという顔で、次の書類へ手を伸ばす。
そのままギルドを出ると、外の空気は昼よりひときわ冷えていた。通りには明かりが灯りはじめ、行き交う人の足取りもどこか軽い。
リアナが歩きながら、ふっと息を吐く。
「明日はもっと賑やかになるのね」
「みたいだね」
「ちょっと楽しみだわ。華やかだとは聞いてたけど、ギルドまであんな感じなら、かなりすごそう」
カケルは小さく笑った。
「年越しを楽しみにしてるのは、みんな同じなんだろうね」
シルバーは静かに寄り添い、ワサビ君はいつもの位置でじっとしている。茶渋は足元をするりと先へ抜けた。
借家へ戻ると、扉の向こうにはいつもの空気が待っていた。
茶渋は真っ先に中へ入り、慣れた場所をひと回りしてから腰を下ろす。ほっぺは止まり木へ移ると、羽をふくらませて小さく鳴いた。ワサビ君も静かに高い位置へ登っていく。シルバーも落ち着いた足取りで奥へ進んだ。
リアナが肩の力を抜く。
「外があんな感じでも、帰ってくると落ち着くわね」
「うん。そこはいつも通りかな」
荷物を置きながら、カケルは暖炉のほうへ目をやった。
「明日は少し早めに出たほうがよさそうだね」
「ええ。せっかくだし、最初から見たいもの」
外では、遠くから人の声がかすかに届いていた。まだ祭りは始まっていない。それでも街は、少しずつ年越しへ向かって動きはじめているらしい。
借家の中には、いつもの静けさがある。
その静けさのまま、明日は少しだけ賑やかになりそうだった。
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