第1話 始まりの朝と消えゆく意識
動物がたくさん出てくるお話です!本日は4話まで公開しますのでよろしくお願いいたします!
森下翔の朝は、一匹の猫の重みから始まる。
「…う…重い……茶渋。おはよ」
布団の上に飛び乗ってきたのは、サビ柄の雑種。愛猫の茶渋だ。
彼女は翔の顔を丹念に舐め回すと、早く飯を寄越せと言わんばかりに短く鳴いた。
「わかった、わかったから。今準備するよ」
翔は走るように布団から出た。
築四十年の古い一軒家。五十匹を超える「家族」と暮らすために、彼はあえてこの場所を選んだ。25歳の時、入居前に大家さんへ「いろいろな種類の動物を飼いたい」と直談判し、誠実に交渉して借り受けた聖域だ。今年で住み始めてもう5年になる。
茶渋の器にカリカリを盛り、彼女が幸せそうに食べる音を聞きながら、翔はキッチンに立った。自分の朝食など、いつだって後回しだ。
冷蔵庫から小松菜、かぼちゃ、トマトを取り出し、手際よくカットしていく。
「よし、これでみんなの朝飯はバッチリだな」
刻んだ野菜をトレイに乗せ、翔は二階の「飼育部屋」へと向かう。扉を開けると、そこには管理された無数のケージや水槽が並んでいた。
まずはリクガメやアオジタトカゲなどの菜食や雑食の子たちのケージを回り、用意した野菜を配っていく。次にモモンガやフェレットなどの小動物たちへ、それぞれ専用のフードを与えて回った。
「みんな、今日もいい食いっぷりだな」
水槽のコーナーへ移動し、金魚や熱帯魚たちにエサを落とす。魚たちが水面に集まる様子を少しだけ眺め、翔はようやく部屋の奥へと進んだ。
霧吹きを手に取り、エボシカメレオンのワサビ君のケージを開ける。「ワサビ君、調子はどうだ?」
鮮やかな緑色をしたワサビ君は、立派なカスクをゆっくり揺らして翔を見た。
翔はケージ内の観葉植物の葉に丁寧な霧吹きをする。ワサビ君はその葉に溜まった露を、器用に長い舌で舐め取った。
「よし、今日も元気そうだな」
最後に給餌用のコオロギを出そうとして、翔は手を止めた。
「……うわ。もう数匹しかいない。うっかりしてた」
昨日のうちに買っておくべきだった。ワサビ君はまだお腹を空かせた様子で、じっと翔を見ている。
「ごめんなワサビ君、すぐ買ってくるから」
スマホでショップの営業時間を確認すると、開店までまだ二時間ほどある。翔は申し訳ない気持ちを抱えつつ、時間を無駄にしないよう他の家族たちの世話を再開した。
まずは鳥たちのケージだ。オカメインコやキンカチョウたちを順番に放鳥し、一時間ほど彼らが自由に部屋を飛び回るのを見守る。その間にケージ内の掃除を済ませ、新鮮な水とシードを補充していく。
続いてフェレットの「部屋んぽ」だ。狭いところが大好きな彼らが危ない場所に入り込まないよう目を光らせつつ、翔は残りのケージのメンテナンスを手際よくこなしていった。
全ての世話を終える頃には、ようやく時計が開店時間を逆算した出発のタイミングを告げていた。
「よし、みんなオッケーだな。……茶渋、留守番頼むぞ」
ちょうど開店のタイミングに合わせ、翔は財布とスマホをひったくり、一軒家を飛び出した。
(ぷりぷりのクロコオロギをあげたら、ワサビ君よろこぶぞ〜)
そんなことを考え、無意識に口元を緩ませながら角を曲がろうとしたその時。視界の端に、猛スピードで突っ込んでくる影が見えた。
金属が軋む凄まじい音。衝撃と共に体が宙を舞い、アスファルトに叩きつけられる。
(あ、俺……死ぬのか?)
意識が急速に遠のいていく。薄れゆく視界の中で、翔が最後に思ったのは自分の命のことではなかった。
(ワサビ君も……飯……まだなのに)
(みんなの……世話…)
森下翔の意識は、そこで完全に途切れた。
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