第64話『時間跳躍の秘密』
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柊とのプロポーズから数日後。
私は自宅の自室で、机の引き出しにしまっていた祖母のペンダントを手に取った。
銀色の鎖に吊るされた小さなペンダントトップ。
その中には、祖母の若い頃の写真が収められている。
「おばあちゃん……」
ペンダントを見つめながら、私はふと考えた。
なぜ、私は時間が戻ったのだろう。
なぜ、二周目の人生を与えられたのだろう。
あの記者会見で婚約破棄を宣言され、全てを失った日。
私は絶望の中で、祖母のペンダントを握り締めていた。
そして、気づいたら大学4年生の春に戻っていた。
最初は混乱したけれど、次第にこの人生をやり直すチャンスなのだと理解した。
でも、その「理由」については、ずっと考えないようにしていた。
考えても答えが出ないから。
けれど今、全てが落ち着いて、柊との未来も約束できた今だからこそ、もう一度向き合いたいと思った。
「おばあちゃんは、どうしてこのペンダントを私に遺してくれたんだろう」
私はペンダントを胸に当てて、目を閉じた。
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翌日の日曜日、私は母に会いに実家へ向かった。
「莉央、どうしたの? 急に」
リビングでお茶を淹れてくれた母に、私は尋ねた。
「お母さん、おばあちゃんのこと、もっと教えてほしいの」
「おばあちゃんの?」
母は少し驚いた表情を見せた。
「ええ。おばあちゃんが生前、どんな人だったのか……私、あまり覚えていないから」
祖母が亡くなったのは、私が中学生の頃だった。
優しくて、温かい人だったことは覚えている。
でも、祖母がどんな人生を歩んできたのか、どんな思いを抱いていたのかは、あまり知らなかった。
母はしばらく考えた後、静かに語り始めた。
「おばあちゃんはね、とても強い人だったわ。若い頃は戦争もあって、苦労も多かったみたい」
「戦争……」
「ええ。おばあちゃんは戦後、何もかもを失った中で、おじいちゃんと出会って、家庭を築いたの。私たちが生まれて、孫が生まれて……それが何よりの幸せだったって、いつも言っていたわ」
母の目が少し潤んでいた。
「でもね、おばあちゃんにも後悔があったみたい」
「後悔?」
「ええ。若い頃、夢を諦めたことがあったって。本当は教師になりたかったらしいの。でも、家の事情で働かなくちゃいけなくて、その夢を叶えられなかった」
「そうだったんだ……」
「だから、おばあちゃんはいつも言っていたの。『後悔のない人生を生きなさい』って」
その言葉に、胸が熱くなった。
「おばあちゃんは、莉央が生まれた時、すごく喜んでいたわ。『この子は、きっと素敵な人生を歩むわ』って」
「お母さん……」
「そして、莉央が中学生になった頃、おばあちゃんは病気で入院していたでしょう? その時、莉央にあのペンダントを渡したの」
「うん、覚えてる」
「あの時、おばあちゃんは言っていたわ。『このペンダントを持っていれば、莉央はどんな時も前を向いて歩けるはずだ』って」
涙が溢れそうになった。
「おばあちゃんは、莉央が幸せになることを誰よりも願っていたのよ」
「お母さん……ありがとう」
私は母の手を握った。
母も涙を流しながら、私を抱きしめてくれた。
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その夜、自室に戻った私は、再びペンダントを手に取った。
「おばあちゃん、分かったよ」
私は静かに呟いた。
「私が時間を戻れたのは、おばあちゃんの願いがあったからなんだね」
ペンダントが、淡く光ったような気がした。
「後悔のない人生を生きなさい」
祖母の言葉が、胸に響く。
私は一周目の人生で、たくさんの後悔を抱えて生きていた。
桜井に裏切られ、家族との関係が壊れ、会社も危機に陥った。
でも、二周目のこの人生では、その全てを乗り越えることができた。
桜井との婚約を破棄し、家族との絆を取り戻し、会社を守り、そして柊との未来を約束した。
「おばあちゃんが望んでいたのは、こういう人生だったんだね」
私は涙を拭って、ペンダントを胸に当てた。
「ありがとう、おばあちゃん。私、全力でこの人生を生きるよ」
窓の外には、満月が輝いていた。
その光が部屋を優しく照らしている。
「後悔を乗り越えて、新しい人生を築く」
それが、私に与えられた使命なのだと、今ははっきりと分かる。
もう迷わない。
もう後悔しない。
この人生を、精一杯生きる。
家族と、柊と、仲間たちと共に。
「おばあちゃん、見ていてね。私、幸せになるから」
私はペンダントにそっと口づけをして、大切に首にかけた。
そして、机に向かって、明日からの予定を確認し始めた。
社長としての責任。
柊との結婚準備。
家族との時間。
全てを大切にして、前へ進んでいく。
それが、私の選んだ道。
「この人生を、全力で生きる」
私は静かに誓った。




