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REPAIR  作者: 明星
巫女
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第13話

周辺を漂う泥と錆の匂いが、徐々に古いコンクリートとカビの匂いへと変わっていく。

片桐は、ショッピングセンターの外周を大きく迂回し、建物の裏側へと回り込んだ。

搬入口の奥に設けられた、目立たない従業員用の鉄扉。

当然、明かりなど一つも灯っていない。

片桐は周囲に人の気配がないことを確認し、油の切れた蝶番が鳴らないよう、慎重にノブを回した。

手紙にあった通り、鍵は開いていた。

隙間から身を滑り込ませる。

中は完全な暗闇だった。

外の微かな喧騒すら分厚い壁に遮断され、自身の鼓動と衣擦れだけが異常なほど鼓膜を打つ、冷たく死んだ空間。

片桐が数歩だけ進み、暗順応を待つべく足を止めた、その直後だった。

背後で、ゆっくりとした鈍い金属音が鳴った。

今入ってきた鉄扉の鍵が、内側から閉められた音だ。

(……やはり罠だったか?)

片桐の呼吸が瞬時に浅くなり、次の動作へ移るための身体の準備を即座に行う。

音もなく腰の短剣の柄に手を掛け、振り返りざまに暗闇を切り裂こうと筋肉を収縮させた。

だが、それと同時に小さなペンライトの光が足元を照らした。

「……ありがと」

暗闇から漏れたのは、ひどく掠れた女の囁き声だった。

片桐は短剣から静かに手を離す。

暗がりで表情は見えないが、息を殺してドアの側に立っているのは間違いなくあの女だ。

「でも、もう時間がないの。一階、イベント広場よ。急いで」

切羽詰まった小声に、片桐は短く頷きだけを返し、ペンライトの光に背を向けてショッピングセンターの奥へと足を踏み出した。

まずは状況を俯瞰する必要がある。

片桐は一階のフロアへそのまま進むことはせず、上層階――三階へと続くバックヤードの階段を選択した。

階段室にも明かりになるようなものは何もない。

暗闇の中に僅かに輪郭を浮かべる瓦礫や、いつから放置されているのか分からない清掃用具の残骸を、片桐は気配と靴底の感触だけで判別し、一切の音を立てることなく登っていく。

道中、警備員の姿は一人として見当たらない。

外周に分厚いセキュリティを敷いておきながら、この裏口のルートだけが完全に抜け落ちている。

それはすなわち、あの裏口の鍵が開いていることを知る者が、教団内で女ただ一人であることを意味していた。

警備のリソースはすべて外側と、一階の儀式会場周辺に集中しているのだ。

二階を通り過ぎようとしたあたりで、階下のバックヤードから若い男の声が響いてきた。

「こんな所にいたんですか。もうそろそろ始められますよ」

教団の仲間だろう。

片桐は即座に足を止め、気配を絶つ。

そして、すぐにそれに答える別の声が続いた。

「申し訳ありません、オオサキさん。警備は万全ですが、万が一を考え、この辺りも見回っておかなければ、と」

透き通るような、鈴を転がすような女の声だった。

片桐は暗闇の中で微かに目を細めた。

路地裏で片桐の胸倉を掴み、怒声を上げた粗暴な女。

あの三万円という私金を掻き集めた女と同一人物とは到底思えない、落ち着き払った声だ。

彼女は自分の持ち場を離れて裏口を開け、片桐を招き入れた直後に、巡回に見つかっても不自然ではない位置まで移動し、警備の目を欺いたのだ。

これで、あの裏口が罠ではないこと、そして彼女が『敵』ではないことがはっきりした。

片桐は二人が遠ざかるのを待ち、足を速め、音もなく三階の踊り場まで駆け上がる。

重い防火扉をゆっくりと押し開け、バックヤードから三階の売り場フロアへと這い出る。

そこは、かつて衣料品や雑貨が並んでいたであろう広大な廃墟だった。

三階にも数人の警備が配置されており、吹き抜けの手すり沿いに立っている。

しかし、彼らの数は少なく、意識は完全に「下」へ向いているため、この広大なフロアの背後全体をカバーできているわけではない。

片桐は商品の陳列棚の残骸や瓦礫の影を縫って接近し、音もなく手すりの一つへと身を隠した。

そこから一階の吹き抜けを見下ろす。

全館停電し、完全な暗闇に沈むショッピングセンター。

その中で唯一、一階の『イベント広場』だけが、持ち込まれた複数の大型ポータブルライトによって暴力的なまでに白く照らし出されていた。

周囲を取り囲むセキュリティたちと、安全圏からそれを見つめる特権階級のパトロンたち。

片桐は冷たいコンクリートの手すりに身を預け、光の中心で始まろうとしている狂気の宴に向けて、静かに視線を落とした。

そこに、巫女はいた。

広場の中央で正座し、白装束に身を包んで俯いている。

その顔は、目深に被せられた白い布によって完全に隠されていた。

そしてその傍らには、冷たい平板の上に寝かされ、太いベルトで手足を拘束された魔物の姿があった。

(……あれは)

間違いなかった。

先日、六條からの依頼で『猫探し』として捜索した魔物。

――『執着者ストーカー』だ。

魔物は暴れることもなく、不気味なほど静かに横たわっている。

(あの女の言葉には何も、嘘はなかったということか)

片桐は暗がりの中で短く息を吐いた。

ならば、前金を受け取った以上、仕事をこなすだけだ。

だが、会場を囲む警備に死角は見つからない。

今この三階から無策のまま突撃したところで、巫女を連れて逃げ切れる見込みなどない。

片桐が暗がりで打開策を探る中、光の中心へ一人の男が歩み出た。

周囲のざわめきが止み、沈黙が下りる。

儀式が、いよいよ始まろうとしていた。

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