Side: タリヤ 王都での日々
「いらっしゃいませー。次の方どうぞー」
昼どきの食堂は、まるで戦場だった。
鉄鍋のぶつかる音、香ばしい匂い、客たちのせわしない声が、狭い店内を揺らす。
タリヤは皿を両手に、奥の席へと料理を運んでいた。
皿から立ち上る湯気に思わず顔をしかめつつ、そっと卓に置く。
いつもと変わらぬ肉と野菜の炒め物――そう思ったが、目が自然と肉の山に吸い寄せられる。
……気のせいだろうか。盛られた肉の量が、以前よりわずかに少なく見えた。
「おい、この値段でこれかよ」
隣の席から聞こえてきた客のぼやきに、彼女の耳がぴくりと動いた。
「仕方ねぇさ、最近はどこも物入りだ」
「ったく、王都もこれじゃあ景気がいいんだか悪いんだか……」
タリヤは表情を変えず、聞き流すふりをする。王都の空気は、ほんの少しずつだが淀みを帯び始めていた。
やがて客足が引き、店内に静けさが戻る。
「――ありがとうございましたー!」
大将の声が最後の客を見送ると、張り詰めていた空気が一気にゆるんだ。
「ふぅ……よし、昼も終わりだな」
額の汗をぬぐい、大将は厨房から顔を出す。
「おいタリヤ! まかない作るぞ。何がいい?」
「いつもので!」
「あいよ、肉盛り定食の肉マシマシだな。ちょっと待ってろ!」
豪快な声に、タリヤは思わず小さく笑みをこぼした。
外では王都の空気が荒みつつある。だがこの食堂の中だけは、変わらぬ温かさがまだ残っていた。
しばらくして、湯気を立てた皿を両手に、大将がどっかり腰を下ろした。
「ほら、肉盛り肉増し、お待ち!」
目の前に置かれたのは、溢れんばかりの肉が山のように積まれた定食。対する大将の皿には、いつもの野菜炒めが盛られている。
「やっぱこれっす! 肉こそが正義っす! いただきまーす!」
タリヤはナイフとフォークを両手に、嬉々として肉を頬張った。
しばらく咀嚼した後、ふと思い出したように顔を上げる。
「そういえば大将、ちょっと量減らしました?」
「……気づいたか」大将は肩をすくめた。
「ああ、最近は王都行きの物資の送料が高くなったらしい。その煽りで仕入れの値段もじわじわ上がってる。こっちも散々だよ」
箸を止め、彼はため息をひとつ。
「うちは馴染みのところから仕入れてるからまだマシだが……市場に出てる品を見てみろ。質のいいやつ、めっきり減っちまった」
「そっすかー……でも大将なら質が悪い品でも、なんとか美味しくできるっすよね」
タリヤは口を尖らせながらも、目は笑っている。
「当たり前だ。俺を誰だと思ってる」
胸を張る大将に、タリヤはぱっと手を打った。
「流石大将! 王都一の料理人っす! ……自称だけど、尊敬するっす!」
「バカ言え」大将は苦笑をこぼし、野菜炒めを口に運ぶ。
「これでも元王宮料理人だぞ」
そんなやり取りを最後に、昼のまかないも和やかに終わった。
「タリヤ、これ今日分の賃金だ。明日もよろしくな」
「はいっす! ありがとっす!」
包みを受け取ったタリヤは、手を振って食堂をあとにする。
外の通りに出ると、午後の喧噪が広がっていた。
「昼は大将の所で我慢できるとしても、夜は自炊するか~。外食しても高いし……」
ため息交じりにそうつぶやき、タリヤは市場へと足を運ぶ。
並んでいるのはそこそこの食材。だが、シュトラール領で見慣れた豊かさには遠い。
「……シュトラールが懐かしいっす」
苦笑しながら、手頃な肉と野菜を選んで買い物かごに放り込む。
潜伏先の家に戻ると、彼女は早速料理に取りかかった。
台所の片隅には、大将にもらった「初心者用のレシピ」が広げられている
「えーっと、まずは肉を焼けばいいんすよね!」
フライパンに油をどぼどぼと注ぎ、強火で点火。たちまち白い煙がもくもくと立ちのぼる。
「おっとっと! ……まぁ、火力は強いほうが早いっす!」
野菜はざくざくと、包丁をリズム良く振るっているつもりだが、切り方も大きさもばらばら。
「細かいことは気にしないっす。お腹に入れば同じっす!」
肉を放り込み、すぐに野菜も投げ込む。火加減の調整など一切考えず、鍋の中では焦げかけの肉とまだ生っぽい野菜が、ぎゅうぎゅう詰めでひしめき合う。
「お次は味付け……塩ひとつまみ? 少なすぎるっすよね」
どさり、と山盛りの塩を振りかける。続いて胡椒も、瓶を逆さにして振り続ける。
「うん、勢いが大事っす!」
その結果、レシピに書かれていた段取りなど完全に無視され、鍋の中では焦げと半生と塩辛さが渾然一体となった“何か”が、じゅうじゅうと音を立てていた。
「……おおー、これは新しい料理の誕生っすね!」
タリヤは満足げに腰に手を当て、煙が充満する台所を得意げに見回した
クラウディアの元に“王都の食事が、近頃おいしくなくなってきて辛い”と書かれた報告書が届くのは、遠くない未来のことであった。
私は一度味噌汁に出汁を入れ忘れた事があります。




