その3
木に刻まれた十五年前の傷は、川田の最後の一撃だった。流麗、というにふさわしい川田の剣。その最後は、意外にも技を感じさせない剛の剣だった。削るような、まるでそれまでの川田自身を削ぎ落としていくように渾身の一撃がうねる。真剣。打ち合うごとに伝わってくるその迫力に、吉村は徐々に恐怖に捕らわれた。よく磨きこまれた日本刀が、人気のない川原を雷光のように疾駆する。その一太刀一太刀が、自分を斬るために打ち込まれてくる。最初こそ川田の剣を受けつつ反撃を試みていた吉村であったが、やがて防戦一方となりつつあった。打ち込むごとに川田の表情が変わっていった。
川田の会心の一撃に、ついに吉村は体を浮かせた。硬直して不覚にも足をすべらせた。その頭上をごうという音ともに川田の剣が過ぎ去り、背後の古木の幹を砕いた。吉村が剣を突き出したのはそれと同時だった。収まるようにその剣は、川田の喉に吸い込まれた。吐血を浴びならが吉村は、川田の顔に鬼を見た。
あれは、川田の中の鬼だったのか。それとも自分自身に巣食う魔だったのか。切り傷に触れながら佇む吉村の姿は、例え長き刑期を経たと聞いても、かつての知人は見咎めるだろう。かつての気迫溢れる顔立ち、武辺ものらしい無骨な風貌はそこにはなく、年より老いて見えるやせこけた一人の男である。自ら断った友の命は、獄中にあっても償いきれるものではなかったが、今の吉村の表情には、旧友に再会するような、穏やかな笑みが浮かんでいる。友の最後の一撃、枯れた木の古い傷跡をなでながら、彼は静かに語らうようである。彼の中に確かに居たであろう鬼の姿は、もうそこにはなかった。
(終わり)
【贖罪】
この構想を練る際、法務に詳しい友人と論じて、喧嘩になった事がある。殺人罪を犯した場合、何年で出所できるものか、と。この観念的な問いに、何年であろうと、人を殺した人間は出てくることはできない、と応えた。現実に無期懲役は存在しないと言われている。しかし人が人の命を絶つこと、その罪の贖罪期限などあるのか、と。当人同士ではなく、親兄弟、妻、友人……。その時私はこの物語が、単なる物語であることを痛感させられた。模範囚として数年で出所する、という話は、ドラマなどでは聞く話であっても、それが罪の浄化とはイコールではない。しばらく悩んだものの、当初の構想どおりの物語としたが、陪審員制導入、法廷を舞台とした映画のヒットなどでにわかに法への関心が高まっている。それらを踏まえて、もう一度吟味してみたい作品となった。
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