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その1

 風月を経てもなお生々しさの消えない古い傷。人気のない人里離れた川原に、その木はまだ立っている。吉村は古き友にでも触れるような感慨を持って、大木のその傷に触れる。あの日の記憶は今なお脳裏に鮮明に残っていて、時に夜闇に一人、睡眠を断じて飛び起きる事さえある。あれ以来剣は捨てた。もっとも獄中にあっては、木刀すら所持を認められるわけもなかったが。吉村は後悔はしていなかった。命の寸前を切っ先が行き交う、研ぎ澄まされた緊張。それは間違いなく恐怖であった。恐怖であって、そこに愉悦を見出した二人は、業の深い生だと笑いあったものだった。

 剣に魅せられ、剣に生きた。武士はとうに滅び、武道さえも消えつつあるこの国で、愚直に剣を振り続ける吉村の姿は滑稽にさえ思われた。より速く、より鋭く。ただ強くなるためだけに剣を握る吉村に、師は時に厳しい叱責をした。剣とは己に克つ事、お前の剣には鬼がいる、その鬼をこそ斬り捨てよ、と。何度竹刀を藁人形に打ち込んでも、吉村の鬼は姿を消す事はなかった。汗が蒸発する夏の早朝訓練では、吉村の周囲には、気迫の焔が立ち上るように湯気がゆらめくのだった。冬にあっては、雨も雪も地肌に受け、なおたぎる覇気は冷える気配もなかった。仕合う度に激しい気迫で迫る吉村は、次第に門下生の間でも孤立していった。もとより孤独に剣を振るうが性にあう男。意にも介さずただ一人、道場の隅で激しい訓練に励むのだった。

 交流試合と呼ばれる、他道場との対抗戦において、川田も吉村も代表選手ではなかったが、即座に互いの臭いをかぎ分けた。同じ臭い。剣を振るうことしか知らない二人は、わずかな挨拶から急速に親交を深めた。それ以後吉村は足繁く川田の安アパートに通い、日本酒に塩というつまみでも、夜を徹して語らう事が多くなった。物静かな川田は酔いがまわってもなお静かであり、荒ぶる吉村とは対照的に見えたが、吉村には川田の中に、自らの鬼よりもはるかに激しい渦を感じていた。木刀を持てば人気のない川原を選んで、剣が折れるまで打ち合った。吉村の剣を受け流す川田が技巧派なら、川田の疾風のような突きを吹き飛ばす吉村の剣はまさに剛。互いに譲らぬ試合で怪我が耐えなかったが、二人の顔は充実していた。


(つづく)


【憧れ】

 自分は司馬遼太郎のファンであって、それは歴史小説のファン、ということにもなるかもしれない。生憎と他の歴史小説家の大家の作品に触れずにここまできているが。

 司馬遼太郎の魅力は様々な側面があるが、一つには流麗かつ威厳のある文体は味わい深い。変に威張ったり強面で仰々しく語ることはなく、軽くて読みやすい。それでも歴史的英雄たちへの尊敬と敬愛に溢れている。一司馬遼太郎ファンとしては、歴史小説の着想にはもちろん魅力を感じる。しかし力量も調査も及ばない結果として出来上がる作品は、時代的創作劇となる。今回の作品もモデルや実際の事件例はない。雰囲気だけ、司馬遼太郎風になったら……そんな拙さを残す原稿では発表するのもはばかられるが、憧れの人へ、それこそ稽古をつけてもらうつもりで筆をふるった。


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