目覚めの月
朝の教室。少し早めに登校したマヒロは、頬杖をついたままぼんやりと外を眺めている。
(……タイタン能力に、目覚めただと?)
昨夜の月瀬ルナの言葉が、頭の中をぐるぐると巡る。
『私もタイタン能力に目覚めました。けれど……まだ未熟なので、できることには限りがあるかも知れません。』
長い黒髪を少しだけ伏せ、微かに揺れる月の髪飾り。真剣な瞳で語った彼女の言葉。
(タイタン能力って、そんな簡単に目覚めるもんなのか?)
マヒロは何度も自分に問いかけるように思い返すが、どうにも実感が湧かない。
彼女の表情は真剣そのものだった。冗談で言っているわけではない。それに俺も最近覚醒したばかりで彼女とあまり変わらないだろう。
「淡海!」
突然、後ろから元気な声が聞こえ、振り返るとそこには藤沢カイの姿があった。
「よお、おはようさん。」
「……ああ、藤沢か。」
マヒロはぶっきらぼうに返したが、カイの表情は明るい。
「週末も練習、頑張ってくれてありがとな!」
「……別にお前のためってわけでもねえけどな。」
そう言いつつも、マヒロは少し顔をそむけた。自分のためではない、と言い切るには少し引っかかるものがあったからだ。
カイが笑いながら「相変わらずだな」と茶化していた時、今度はクラスメイトの男子たちが数人、楽しそうにマヒロの席に集まってきた。
「淡海、お前さ、最近カイの代役でバスケ練習してんだって?」
「見た見た! ボール、体育館からグラウンドの端までぶっ飛ばしてたよな。あれ、わざとやったのか?」
「いや、嘘だろ? そんなこと普通の人間にできるわけなくね?」
男子たちはニヤニヤしながら笑いを交え、軽口を叩いてくる。
「うるせえよ。お前らだってミスくらいするだろ。」
マヒロはぶっきらぼうに返すが、心の中ではこれが妙に嬉しかった。「普通に話しかけられる」という感覚が、こんなにも心地よいものだとは思わなかったのだ。
「まあまあ、落ち着けよ、淡海。」
「そうそう。今度、お前のミス動画撮っとくからな!」
「やめろって!」
軽口を叩き合う男子たちの声を、周りのクラスメイト達も聞いていた。これまで「怖い」と思われていたマヒロが、意外と普通の奴だと気づき始めた彼らは、ちらちらと興味深そうな視線を向けていた。
「淡海くんって、普通にクールなだけなんじゃない?」
「たしかに。なんか、思ってたより怖くないかも……。」
少しずつ変化していく周囲の目線に、マヒロは気づく由もない。ただいつも通り、自分のペースで淡々と過ごすだけだった。
そして朝のホームルーム。担任が教室に入ると、教室内は自然と静まり返る。
「突然だが今日はみんなに紹介したい人がいる。いいぞ、入れ」
その言葉にクラス中がざわつき始めた。
「転校生?」
「いや、マジでこのタイミングで?」
教室中がざわめく中、扉が開き、優雅に歩みを進める一人の少女が現れた。長い黒髪に月の髪飾りがきらめき、整った顔立ちは一瞬で教室全体の注目を集めた。
「皆様おはようございます。月瀬ルナと申します。本日からこちらに転校してきました。よろしくお願いします。」
透き通るような声と、控えめながらも丁寧な挨拶。その場にいる全員が息を呑むようだった。
「おいおい、めちゃくちゃ美人じゃね?」
「これ、クラス、いや校内の男子全員が黙ってないやつだろ……。」
男子たちが色めき立つ中、女子たちもまた、その高貴な雰囲気に感心している。
「……本当にキレイな人だね。」
「やっぱ彼氏とかいたりするんかな。」
そんな中、担任が一つ咳払いをしてクラスのざわめきを落ち着けた。
「席は……淡海の隣だな。」
「……は?」
驚くマヒロをよそに、ルナは優雅に歩みを進め、マヒロの隣の席に静かに腰を下ろした。
「淡海さん、改めてよろしくお願いしますね。」
「……お、おう。」
マヒロはどこか居心地の悪そうな様子で返事をした。隣からふわりと漂うルナの落ち着いた香りに、なぜか妙に緊張してしまう。
一方のルナは、そんなマヒロの様子をちらりと見て、小さく微笑んだ。最近のマヒロの変化も相まってクラスメイトたちの視線が痛いほど集まっていた。
◇◆◇◆◇
放課後の校舎には、普段の喧騒が消え、廊下にはかすかな足音だけが響いていた。藤沢カイは、マヒロに呼び出された特別教室へ向かって歩いていた。ドアを開けると、柔らかな夕陽が教室の床をオレンジ色に染めている。その中心に立っていたのは、マヒロとサクラだった。
「淡海、どうした。なんの用だ?」
カイは薄暗い室内を見回しながら、マヒロに問いかけた。その表情には少し警戒心が見え隠れしている。
マヒロは何も言わず、軽く顎で教室の隅を指した。カイが振り返ると、扉が再び開き、黒髪が夕陽に映える美しい少女が静かに現れた。
「おや、君はたしか、月瀬……ルナさん?」
カイの瞳が驚きに見開かれる。
黒い制服をまとったルナは、まるでこの場所に吸い寄せられたように静かな足取りで教室へ入ってきた。彼女の長い髪がさらりと揺れ、金色の月の髪飾りが夕陽の光を受けて優しく輝く。
「初めまして。藤沢カイさん。」
ルナは穏やかに答えたが、その瞳には強い意志が宿っていた。
「驚かせて悪いな、藤沢。」
マヒロが口を開き、カイの視線を引きつける。
「お前の怪我について、ちょっと話がある。」
カイは一瞬、困惑した表情を浮かべた。
「怪我って……」
「聞いたんだ。お前の足の怪我は、もう完治する見込みがないんだろ。」
マヒロの口調はいつになく真剣だった。カイは軽く肩をすくめた。
「聞いたのか。これを知っていたのはリノだけだったはず。……そうだけど、それが何だ?」
マヒロは少し黙り、言葉を慎重に選ぶように口を開いた。
「信じられないかも知れないが、実はお前の怪我を治せるかもしれない方法がある。ただし、それにはリスクがある。」
「治せる?……リスク?」
カイの眉が僅かに動く。
「成功する保証はないし、失敗すれば想定していない副作用が出るかもしれない。だけど、もし成功すれば……またバスケができる可能性がある。」
教室に沈黙が訪れる。サクラがそっと息を呑み、ルナは真剣な表情でカイを見つめていた。
「……そんなことができるのか?」
カイの声は低く、しかしどこか希望を滲ませていた。
「できるかどうかは、ルナにかかっている。」
マヒロがルナに視線を向けると、彼女は静かにうなずいた。
「もし私の力が役立つのなら、挑戦してみます。ただ、決断は藤沢さん自身に委ねます。」
ルナの声は柔らかいが、どこか厳粛な響きを帯びていた。
カイは深く息をつき、窓の外の夕陽に目を向けた。そして、言葉を紡ぐように話し始めた。
「俺にとって、バスケは全てだった。だけど、怪我をして、もうコートに立てないかもしれないと聞かされて……正直、何を目標にして生きればいいのかわからなくなった。」
カイの拳が僅かに震えていた。その手を見たマヒロの胸に、静かに痛みが走る。
「でも、もし少しでも可能性があるなら、俺はそれに賭けたい。」
そしてカイは困ったような笑顔を浮かべる。
「淡海には悪いけど、正直そんな話を信じるなんて自分でも馬鹿げていると思うよ。結構有名だって、名前の知れていると聞いた医者でも匙を投げたんだから。でもここ最近全力でバスケに向き合っているお前を見て、きっとコイツは裏切らない。自分の信じた信念を貫く奴なんだなって思ったよ。だって俺の代わりになることは、淡海にとってメリットなんて無いんだからさ」
「……藤沢」
「だから、わざわざお前が示してくれた希望を俺は無碍にはしない。ダメで元々なんだ。よろしく頼むよ。」
その言葉を聞いたマヒロは、大きく息を吐いた。そしてルナに向き直る。
「……いけるか?」
ルナは一瞬目を伏せたが、再び顔を上げて毅然とした態度で頷いた。
「はい。必ず全力を尽くします。」
「ルナさん、大丈夫?」
サクラが心配そうに声をかける。
「ありがとう、サクラさん。でも……今は私にできる限りのことをするべきだと思います。」
ルナの言葉には揺るぎない決意があった。
カイが教室の中央に立ち、ルナが彼の前に進み出る。
「藤沢。これは月瀬にとって門外不出な特別な技術なんだ。申し訳ないが治療中は目を瞑って治療に集中してくれ。そして今日あったことは他言無用で頼む」
「……ああ、わかった」
藤沢は神妙な表情で頷き、静かに目を瞑った。
「では、始めます。」
ルナの瞳に力が宿り、金色の月の髪飾りが眩しい光を放ち始めた。その光はまるで月の輝きそのもののように、教室全体を神秘的に照らしていった――。
■淡海マヒロ(00002)
みなさん、こんにちは!いつも読んでいただきありがとうございます!
こうして皆さんに物語をお届けできるのは、本当に幸せなことだと感じています。感謝の気持ちでいっぱいです!
この物語は定期的に更新を目指しており、皆さんと一緒に成長していきたいと考えています。少しでも続きが気になるような展開をお届けできたら嬉しいです!
ちなみに、途中で「あれ?前に読んだ内容がちょっと変わってる?」と感じることがあるかもしれません。それは物語の本筋を変えない範囲で、文章や展開をブラッシュアップしているからです。より楽しんでいただけるよう、細かい部分をちょこちょこ改稿するのが作者の趣味なんです(笑)。
そして最後に……
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それでは、今日も物語の世界へどうぞ!
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