8.魚(?)を食べた
最初の鳩?と一緒に、周りにいた鳥たちも一斉に逃げ去ってしまったみたいだ。
見える範囲に生き物らしいものはいない。
これからまた生き物を探すのもいいんだけど、今のままだとさっきの二の舞になりそうな気がする。……というか、そうなる未来しか見えない。
てことで、歩きながら簡単に作戦を練ることにする。
「というか、この世界だと生き物は生きてるの? 死んでるの?」
生死のはざまだけに。
自分で言ってなんだけど、ちょっと哲学っぽいな。
「たしかここは生死のはざま、ですよね? なら、ここの生き物は生きてもいるし、死んでもいるんじゃないでしょうか?」
モルエがさらにわからないことを言っていた。
これはおそらく、簡単に答えの出るテーマじゃないな。
やがて、川辺にたどり着いた。
石室から下ったところの川に比べると幅が広く、流れも緩やかだ。
もしかして、あっちの川と繋がってたりする?
一度この川沿いを歩いて検証してみようか。
「ハルカ、ハルカ」
考えにふけっていると、モルエが呼びかけてきた。
「ん、どうしたんだのモルエ?」
「ほら、あそこに」
モルエが指差すのは川面だ。
光を反射してキラキラと輝いている。水は底が見えるくらいに透き通っている。
…………いやいや、どこかおかしいぞ?
「あそこだけ、やたら光ってませんか?」
モルエもその違和感に気がついたらしい。
川面が輝くなら、全体的にキラキラするはず。
でも、ここから見る限り、その範囲は一処だけに留まっていた。
さらに近づいてみると、すぐにその原因がわかった。
「……魚だ」
そのキラキラの場所に、魚が群れて泳いでいた。
光るものの正体は魚だったのだ。
「金色の魚か」
さっき足長の鳩を見たばっかりだからか、そんなに驚きはない。
ちなみに金魚じゃない。本当に金色をした魚だ。
頑丈そうな鱗を身にまとっていて、背中から尾にかけてをやたら反り返らせて泳いでいる。
……ううん。
日本でも、どこかのお城の屋根の上で見た記憶があるのですがそれは。
そこでふと、思い至る。
私たちは(主に私は)、おかずとなる食材を探していた。
とくにお肉を欲していた。
でも、その探索範囲は、何も陸上に限ったことではないのではなかろうか。
魚だって立派な肉なのではないのか……と。
それに調理するにしても、肉より魚の方が断然初心者向けだと思う。
動物を捌いたことはほとんどないが、魚を三枚におろしたことは数えきれないくらいある。
……これは決まりだな。
「モルエ、作戦が決まったよ。あの魚を捕まえよう!」
あの魚を、本日のおかずとする!
彼らが現世において価値があろうが大きな城を守っていようが、今の私にはぶっちゃけ関係ない。
ここは生死のはざまの無法地帯。食うか食われるかの世界だ。
そして今、私は猛烈にお腹が減ってるんだ……!
「あの魚をですね。わかりました」
モルエも快諾してくれた。
そのまま、モルエはさっそうと川辺に駆け寄り、浅瀬に足を浸して鎌を構えた。
「……」
息を潜めて魚の動きを伺うモルエ。
まさかまさか…………"熊の鮭とり"……?
まあ、捕獲の可能性はどうあれ、やる気になってくれているのは十分伝わってきた。
これは私も負けてられないぞ。
問題は、どうやって捕まえるかだ。
魚をすくう網のようなものは、お取寄せリストには載ってなかったはず。
手づかみ? それは難易度が非常に高いだろう。
釣る? 何か竿代わりになるものと糸か紐……それと、餌と針が必要だ。
リストを睨む。
竿は……竹箒の棒部分だけ。
糸は……『縁結びの糸』というアイテムがあったけど、いくらなんでもバチあたり?
いいや、生きるためには必要なのだ。ここは心を鬼にしよう。
棒と糸で、竿らしきものはあっさりと作ることができた。
次だ。
餌は……ご飯を団子状にして練り餌代わりにすればいいかな。
一番の問題は、針だな。代わりになりそうなものが見当たらない。
釣り針の代わりになるもの……釣り針の代わりになるもの……。
「あ……っ……、失敗。水の抵抗が意外とある……」
モルエも悪戦苦闘しているようだ。
ばしゃばしゃと水しぶきを立てるもんだから、ローブや髪が濡れてしまっている。
絵になるなあ。私よりも年下なのに、なぜあんなに美しさを醸し出せるんだろうか。
……いやいや。
そんなこと考えてる場合じゃない。
今は釣り針だ。
「あ……たしか」
もうしばらく悩んでいると、ふと、アイデアが浮かんだ。
浮かんだというか、以前、暇な時にnimanima動画で見たのを思い出しただけなんだけどね。
記憶を辿りながら、私は割り箸を取り寄せた。
割った箸の一つを半分に折る。それをさらに、三分の二くらいの長さに折る。
そして、さっきから持っていたセラミック包丁で箸の両端を削り、鉛筆の先みたいに尖らせると……よし、これで出来上がりだ。
両端を尖らせた短い箸。
この中央部分に、竿につけた糸をくくりつけて……うん、これで簡易釣り針の完成だ!
なんでも、これはサバイバルなどで使われる方法だそうで。
見よう見まねどころか曖昧な記憶だけが頼りだったけど、作ってみると簡単だった。
仕上げに、針となる部分にレンジでチンしたお米を練ってへばりつける。
川で流されるのを想定して、豪快にペタペタと。
お米よ……君たちの今日の犠牲が明日の魚になるのだ。
竹の竿に、縁結びの糸、割り箸の針、スズキのごはんの餌。
即席釣り竿がここに完成した。
「じゃあさっそく釣るぞ! ……ん?」
最高潮のテンションで川に向きなおると、魚が一匹、川辺でビチビチと跳ねていた。
そのすぐそばで、モルエが呆然とその様子を眺めている。
「その魚は……まさか、モルエが?」
「い、いえ。勝手に跳ねあがって、陸に……」
……なるほどね。
果報は寝て待て、ってことか。
竿作りに費やした私の努力はいったい……。
……。
その後、七輪を取り寄せ、セットでついてきた木炭で火を熾す。
今になって、木炭があったんだなって思った。石室前の焚き火もこれですればよかったのに。
……まあ、いいさ。行き当たりばったりでも。
試行錯誤しながらはざま生活を楽しんでいこう。
熱された網の上に、内蔵を取り除いた魚を乗せ、塩を少々ふりかける。
一見豪華な金色も、焼いてしまえばそのへんの魚と一緒だ。金属じゃなかっただけ良かった良かった。
「すごくおいしそうな香りですね……ごくり」
香ばしい匂いを嗅ぐだけで食欲が刺激されるな。
モルエも隣でヨダレを啜っている。
ほどよく脂が滴ってきたところで皿にとり、
「「いただきますっ!」」
二人揃って、魚の身にかぶりついた。
「う……うまぁいっ!」
食べごたえのある厚い身が、口の中でほろりとほぐれる!
そして鼻からも口からも、炭火焼きの風味が溢れ出てきて……!
これは文句なしです! シェフをよべ!
「ほ、ほふ、ほふっ……!」
モルエも、目を輝かせながら魚にかじりついていた。
久しぶりの、そして自分たちの力で(?)獲った魚がこんなにおいしいとは……。
感動のあまり少し涙が出てきた。
はざま世界で初めて食べた魚。
彼らのことは敬意を込めて、金のシャチホコと、そう名付けることにしよう。
当分はお世話になりそうだな。
次回から新しい展開になります!