6.電化製品を動かす
モルエとの石室生活がスタートした。
女子同士とはいえ、布団をくっつけて寝るのはちょっと照れくさいので、石室の広さを生かして少し距離をとって寝た。
「うう……痛てて」
はざま世界二回目の朝は、背中の痛みで訪れた。
寝てるあいだに石床の硬さがけっこう蓄積されていたらしい。
初日こそ何も思わなかったけど、いろんなことが起きすぎて感覚が麻痺してたんだろうか。
このまま寝てるのも辛いので、起き上がり石室の外に出る。
まだ夜が明けて間もないのか。どこか風がひんやりと感じた。
「あ、ハルカ」
すぐそばから声がする。
モルエが、近くの背の高い一枚岩に白い布……布団を掛けているところだった。
「おはよう。モルエは朝早いんだね」
「う、うん。今日は布団を干そうと思って……」
ん? ちょっと歯切れが悪い……?
昨日もちょっと思ったんだけど、モルエは人見知りなところがあるのかもしれない。
まあまだ出会ってそれほども経ってないし、多少は仕方ないのかな?
モルエの干す布団からは水滴が少し落ちている。川に洗濯にでも行ってたんだろうか。
「もしかして、結構頻繁にお布団洗ったりするタイプ?」
「い、いえ、そんなにはしないです。ただ、今回は自分の心の区切りも兼ねて」
なるほど。今回の布団洗いは、心機一転気合いを入れ直す儀式ってところなのかな?
私は持ち合わせてない感覚だけど、モルエが几帳面だということはよくわかった。
二人して石室に戻る。
これからわびしい朝食と洒落込むのだ。
昨晩は結局ビスケットで空腹をしのいだ。今日はお餅にしようかな。
ううん、さっそくレパートリーの限界が見えてきたぞ……。
「お、おいひぃ……! サクッとしてて、あまぁ……」
すぐ前のモルエはというと、さもおいしそうにクッキーを咀嚼していた。
どうやらお菓子の魅力にとり憑かれたらしい。
「モルエは大丈夫? こんな、お菓子生活で……」
「ボクの世界だとパンと干し肉、あとたまにミルクが常でしたから。こんな素敵な食べ物を頂けてとても楽しいです!」
うん。満喫してくれているようで何より。
「ところで、ハルカ? これはいったい何ですか?」
お菓子でお腹を満たしたあと、モルエは石室の隅に置かれた物を物珍しげに眺めていた。
「それはオーブントースターっていって、パンを焼いたりする機械なんだけど……モルエの世界にはないの?」
「ボクの世界だと、パンは石窯で焼いていました。へぇぇ……。こんなのでパンが焼けるんだぁ」
えらく興味津々にトースターをつっついている。
「日本のことは最近勉強し始めたんですけど、これは初めて見ました。オーバーテクノロジーってやつですね」
モルエの世界観からすれば、オーブントースターはオーバーテクノロジーなのか……。
「このグリグリは何だろう。あ、動く」
ジジジ……。
モルエがつまみ部分を弄ると、聞き慣れた音がオーブンから流れ出す。
そして、トースター内のヒーターが赤く染まって……
……え?
赤くなる?
「も、モルエ。今それに触っちゃダメだよ?」
「え、え、なんだか熱くなってきて……」
念のためモルエに注意したけど、やっぱりトースターは熱を帯びていた。
なんでだ……?
コンセントも挿してないし、まさか充電式なんてものでもないだろうし。
「も、もしかして……やっちゃいけないことをしましたか……?」
「いや、気にしなくていいよ。むしろ、これは逆に」
モルエ、お手柄かもしれない。
試しに切り餅を二切れ取り寄せ、稼働中のトースターに放り込んでみる。
結果、少し経って餅はぷくぅと膨れ上がった。
それを同じく取り寄せた皿に乗せて、醤油を数滴ぽたぽた。
お正月以来の『焼き餅醤油風味』の完成だ。
「モルエも食べてみな。熱いから気をつけてね」
「おおぉ。なんだか、すっごく良い香りが。それに……のびますね」
熱さに苦戦しながらもモルエは餅を口に含んだ。
「あふっ、あふっ……お、おいひぃ……!」
今朝二度目の「おいひぃ」を頂きました。
それを見て安心した。さてさて、私も頂くとしますか。
「うむ……うん、うまいっ」
口の中で醤油の香ばしさが広がった。
おお……醤油餅の味がこんなにも感慨深いとは……!
心の涙とともに、餅を一切れ、大事に噛みしめた。
モルエも餅を大層気に入ってくれたようだ。
「おモチ、かぁ。不思議な食べ物ですね。こんなに白くてネバネバしてて、おいしい」
モルエは口の端についた白いネバネバを指ですくって、ペロリとひと舐め。
……。
……いくらモルエが見た目クール美少女で、私よりもはるかに色っぽいからって、あくまでこれは餅の話だ。他意はない。
ともあれ、これでハッキリした。
このオーブントースターは電気供給がなくても動いている。
てことは、他の電化製品はどうだろう。
がぜん可能性が広がる。
「とりあえず、そうだな。……電子レンジ、出てこい!」
……ガシュ。
と音がして、電子レンジが出てきた。
さすがに最低限の温め機能がついた低価格の物だったけど、今の状況なら使えるだけで十分すぎる。
さっそくつまみを回してみると……やっぱり動いた!
どういう仕組みかはさっぱりわからないけど、神さまの力なんだろうか。
そうだとしたらなかなかやるなあの幼女神さま! ちょっと見直した!
これでパックごはんも楽に温められる。
鍋を使っても食べれないことはなかったんだけど、火を熾すのに手間がかかるし、そのぶんレンジだとかなりの時短だ。
そして何よりも楽。そこが最重要だ。
思わぬ形だったけど、おかげで理想のスロー自堕落ライフへぐっと近づいた気がするぞ。