40.天使のお仕事事情
「あなた……セフィだったっけ? さっきは家出してきたって言ってたけど、どうしてこの世界に来たの?」
そしてなんで、矢を放ちまくってるの?
……と続けようとしたけど、順番に聞かないとね。
聞いてもこっちの理解が追いつかない事態もありうるし。
「話せば、けっこう長くなる……。いいのか?」
「いいよ。私やまかみさん……こないだのケモミミさんのことにも関わってくるからね。ていうか、ちゃんと話してもらわないと襲われたことに納得できないし」
「わかった……」
天使は手首をさすりながら、不機嫌そうに話しはじめた。
「……あたしが家出をしたのは、あたしがいた世界、というより天使界に不満があったからだ」
「天使界……」
「ボクたちの世界内の、それぞれの業界のことです。ボクがいる死神界、彼女がいた天使界の二つが主として構成されているんです」
「なるほど」
天使と死神は同じ世界に住んでるんだね。
その世界の二大勢力ってところか。
「で、なんで家出なんかしたの?」
「今言ったけど、天使界にずっと前から不満があったから。それが今回、我慢の限界に来たんだ。天使界は、色々と古いしきたりがあって……」
「それが気に入らなかったんだね」
こくりと頷くセフィ。
……そのしきたりの話は無理に聞かない方がいいかな?
きっと、少なくとも私には知っても仕方ない領域な気がする。
気になるかといえばなるけど……そのへんはまた機会があれば聞こう。
「それで、家出計画を立ててる時に、たまたま宮殿内の図書館に立ち寄って……この世界のことについて知ったんだ」
「宮殿……、図書館……。それって、セフィの家の中にあるの……?」
「? ああ、当たり前だろ? 情報はうちで事足りるし、わざわざ他所の図書館なんかに行かないぞ?」
さも怪訝そうに睨まれた。
くっ……!
この子……富裕層かよッ!!
しかも家(それも宮殿!)内に図書館って、どんだけのレベルだよ……!
「そこで、この世界にも浄化されずに迷う魂"ロスト"がいること、そして負の集合体である"禍"ってのもいることを知った。そいつらを浄化するためにも、生死のはざま世界を行き先に決めたんだ」
「ボクたち死神同様、天使も、死したものを正しい方へ導くことを仕事にしてますから。浄化が行動原理になるのはごく自然なことなんです」
モルエが補足してくれる。
なるほど……。
つまり、日本人がごはんを食べるのはごく自然……みたいなもん?
「天使界は、浄化行動の一つにおいても、かなり多くの制約があると聞いたことがあります。誰隔てなく浄化するわけにもいかないそうですし、彼女はそこに不満があったんでしょうね……」
「なんだか厳しそうだね、天使界」
「ああ、思い出しただけでも息が詰まりそうだ」
セフィはどちらかというと元気で奔放な印象だし、尚更だったのかもね。
「……ん、ということは、あなたは狙ってこの世界に来たんですか?」
「そうだ。ここへ来る方法も図書館にあったからな」
「さすが、天使界の情報収集力は進んでますね……」
ちょっとムスッとした様子のモルエ。
死神と天使……同じ世界で似た業種だし、色々ライバル的な立ち位置なんだろうことは想像できる。
それだけに、勝ち誇ったり、逆に悔しかったりする部分もあるんだろうな。
「じゃあさ。セフィはここから元の世界にいつでも帰れるってこと?」
もしそうなら、モルエも自由に帰ったりできるってことなんじゃ?
そうなると、モルエが無理にこの世界に留まる理由もなくなるわけで……。
「そんなわけあるか。あたしは家出してきたんだ! もう帰るつもりはない」
「うん……。いや、その、そういう感情的なことじゃなくて。帰る方法はあるの? ってことなんだけど」
「ある。……けど、調べてこなかった」
ずばり、可能性は絶たれた。
「ハルカ? ボクは気にしませんよ? ボクが帰る時はハルカと一緒なんです」
私は、モルエのキレイな銀髪をわしわしと撫でてやった。
「この、この! にくいね、この良妹め!」
「い、いたたたっ!? なんですか急に……っ、ハルカっ?」
モルエが出来過ぎな妹なのがいけない!
以上!
「まあ、あなたがこの世界に来た経緯は大体わかったよ。……それで、私たちも禍だと勘違いして、浄化しようとしたんだね?」
「う、うん……。そうだ……」
ブスッとした表情でセフィは項垂れる。
今まで強かった言葉遣いも少し鳴りを潜めたし、悪いことをしたって気持ちがあることはその態度でわかった。
「あのさ。さっきも話したけど、あなたが以前矢で射たケモミミの人ね? ……私たちのお友達なんだ。それに、ずぅっと前からこの世界にいる元神さまなんだよね」
「も、元神さま……。それも、本で見た。文字通り、かつての神さまだって……」
「そうです。とてもエライ方たちなんです。そんな方に、あなたは無礼にも攻撃をしかけたんですよ」
「う、うぅ……」
モルエの厳しい言葉に、セフィは身を縮こめた。
「ちょ、モルエ、あんまり追いつめないで? ひどい勘違いとはいえ、この子も思うところがあるようだし……そうだよね?」
セフィの側にしゃがんで、その肩をぽんと叩く。
この子、どうも意地っ張りな部分がありそうだし、ここからはこっちが軽く背中を押してやらないとダメかな。




