25.腰も涙も落ち着いた
神さまの通話を終えて、私たちは元神さまの集落へと向かっていた。
しばらくの泣沢女ちゃんの滞在をお願いするためだ。
あの幼女神さま曰く、
『近くに元神さまの集落があるなら、そちらへ行ってみてはいかがでしょうか。基本的に寛大な方ばかりですし、道祖神があるなら禍は入ってこれないですしね』
とのことだ。
やはり道祖神には禍を近づけない力が備わっているらしい。
「あ、ハルカさんにモルエさんじゃないですか~」
その道祖神の前に着くと、そこにはまかみさんがいた。
ちょうど狩りの帰りだったのか、そのケモしっぽがやけに膨らんでいる。……またそこに動物をしまってるね?
「あれ? そしてそちらは……」
泣沢女ちゃんのことにも気がついたのかまかみさんはこちらへ歩み寄ってくる。
「あ、ああっ! あなたは!」
「おお、おひさなのですよ。ケモミミの方」
そしてすぐ側へ来た途端、まかみさんが仰け反った。
いつもリアクションが激しいなこの人……。
泣沢女ちゃんもリアクションこそ少ないものの、まかみさんに挨拶していた。
「え? なんだかお互い知ったような反応だね?」
「知ってるも何も、この泣沢女さまはわたくしの命の恩人なんですよー!」
「そんな大げさなもんじゃねーですけどね」
どうやら過去に何かあったようだ。
「あれはいつでしたか……わたくしが山の方へ狩りに行った際、ついつい奥に入り過ぎて、ついには喉が乾いて行き倒れていたんですよ。そこへ通りがかった泣沢女さまがご自身の涙をお恵みくださいまして」
喉が乾いて倒れるって……そんなに狩りに夢中だったのか。
まかみさんらしいっちゃらしいけどさ。
「ちょっとツッコみたいところもあるけど、まかみさんは泣沢女ちゃんに助けてもらったわけだ」
「そうなんですよ~」
そういう関係なら、話が通しやすいかもしれない。
「あの、まかみさん。実は今回集落へ相談があって……」
今回の禍の件と泣沢女ちゃんの事情をかいつまんで話してみた。
「なるほど。それは大変でしたね……。それに、あの涙の井戸が壊されるとは、その損失は計り知れません」
「ちょっと待って。その泣沢女ちゃんの涙って、そんなにすごいの?」
「ええ。脱水死寸前のわたくしでも、一滴口に含んだだけですっかり元通りになるほどの効果がありましたよ」
「そんなになんだ……」
彼女の涙は人間のそれとは全く別のものなんだ。
「それどころか、いつも以上にパワーがみなぎるといいますか、狩りの調子もぐぐんと上がりまして」
「なんか栄養ドリンクみたいな効力っ!」
リアルに涙の数だけ強くなれるのかっ!
「へへ、一応は再生の元神なもんで」
泣沢女ちゃんは泣きながら笑って照れていた。
自分で言っててよくわからんけど、実際そうなんだよね。
「……泣沢女さんの涙でお茶を淹れると、どうなるんでしょうかね」
モルエが後ろでつぶやく。最近お茶キャラ目指してるの?
「とりあえず、集落へ入りませんか? あ、泣沢女さまは初めてですので、登録しておきましょう!」
まかみさんはさっそく、泣沢女ちゃんに道祖神登録の方法を教え始めた。
まかみさんの大らかさか、集落自体が誰でも歓迎って感じなのか、ともあれ、泣沢女ちゃんがここで暮らすのも問題なさそうな気がする。
泣沢女ちゃんの登録が無事終わって集落へ。
さっそくまかみさんがヒノ長老に事情を説明すると、案の定二つ返事でオッケーがもらえた。
「困っている同僚を放っておくわけにはいかん。おまけに集落のものもお世話になったようじゃしの? そちらさんさえよければ、ぜひこの集落で暮らしてくだされ」
「あ、ありがとうごぜーます!」
良かった。
これで、泣沢女ちゃんのことは一件落着……
「……あと、差し出がましいのですけど、涙を貯められるような場所ってありますでしょうかね?」
……とはいかなかった。
そうだった。泣沢女ちゃんはそのままだと、涙垂れ流しなんだ。
今までは井戸に貯めながら過ごしてきたけど、さすがに所構わずってわけにはいかないのか。
これは、結構難儀な問題かもしれないぞ?
「ふむー。田んぼに水を貯めていただくこともありじゃが、ずっととなるとのぅ……」
「ハルカさんの無限カバンみたいな設備があればいいんですけどねぇ……」
無限カバンに入れ続けるのも、ずっとってわけにはいかないよね……。
ここに色々入ってるし、ずっと泣沢女ちゃんが涙を流し込み続けるってのは、ちょっと現実的じゃない。
ううん……。他に水を貯める設備的なものはないかな。
「……そうだ。水を貯めるといえば」
「ハルカ、何か案が浮かんだのですか?」
「うん。いけるかはわからないけど、試してみるのはありかもね」
そうしていったん、一同で開けた場所へ移動する。
近くには誰も住んでいない家もあるし、ここなら泣沢女ちゃんも通いやすいだろう。
ここなら取り寄せても大丈夫だろう。
「よし……出てこいっ、手水舎!」
――ズズゥーン……。
神社の手水舎が静かに鎮座していた。
結構大きな神社だけに思いの外立派な設備だった。
……あ、これって、私より大きいよね? てことは、将来禿げるかも!?
「おお! すげーですね! これは召喚術!」
初めて「お取寄せ」を見たら今のところみんなそう言うんだよね。
「あ、これ、現世で見たことがあります~! お手手を洗う設備でしたよね?」
まかみさん、その通りです。
でも今回は使いみちが違うけどね。
「どう? これなら水を貯められるし、溢れても周りに漏れないようになってるしね」
「万能なのです! ハルカさん、ありがとうごぜーます!」
泣沢女ちゃんは両手を上げて喜んでくれた。
うん。こんなに喜んでもらえるなら、少しくらい禿げてもいいかな。
……生き返ったら良い育毛剤探しとこ。
「あと、また集中しすぎて白蛇ちゃんを放っておかないこと。いいね?」
「あい。時間を決めて涙貯めをしようと思うのです。白蛇ちゃんも可哀想ですし。ね?」
いつのまにか目を覚ましていた白蛇ちゃんが、泣沢女ちゃんの言葉に反応してか「きゅー」と鳴いた。
……か、可愛いなおい。
そんなわけで、無事泣沢女ちゃんは元神さまの集落で暮らすことが決まった。
「禍を倒したってか! すげぇなお二人さん!」「さすが神に愛された人間さまだわ!」「死神さまもすごいなぁ、禍を浄化しちまうなんて」「モルエちゃん可愛い! ボクもその鎌で浄化されたい!」
泣沢女ちゃんの挨拶回りに付き合っていると、いつしか禍をやっつけたことも集落中に知れ渡ったみたいで、私とモルエはちょっとしたヒーローみたいな扱いを受けてしまった。
最後のカカシさん、ちょっと趣旨が変わってませんか? モルエも白い顔を真っ赤にして俯いてしまったじゃないか。
これはこれでオツなもんだから、グッジョブと言えばいいのかい?
そして、用が済んで私たちは石室へ帰る。
「お二人さん。今回は何から何まで、本当にありがとうごぜーました。おかげでこれからも平和に過ごせそうなのです」
「いいよいいよ。白蛇ちゃんと楽しくね?」
「あい。あ、もし、自分の涙が欲しければいつでも言ってほしいのですよ。自分にはこれくらいしかできねーですけど」
「それは嬉しいです! ボクも今度おいしいお茶を差し上げますね!」
モルエがさっそく喰いついたっ!
――その後、モルエの淹れるお茶がさらにおいしくなり、滋養強壮効果がプラスされることとなった。
次回から新しい展開に入っていきます!




