魔力至上主義世界編 - 24 ようこそ泥草街へ 後編
今回の話は、食べ物を吐き出す場面があります。苦手な方は、飛ばしてください。
次話冒頭に今回の要約を入れます。
「アコリリスよ、待て」
職人に石をぶつけようとするアコリリスを、弾正は止めた。
「はい! わかりましたっ!」
アコリリスは、さっきまでのぞっとする様子とは打って変わって、ご主人様に命令された子犬のように嬉しそうな声でうなずく。
「うむ、いい子じゃ」
弾正はそう言ってアコリリスをほめると、職人たちのほうを向いた。
「さて、うぬらに1つ確認したい」
「な、なんだ……?」
「さきほどの3つの条件。すなわち、わしらへの土下座と、教団との絶縁と、わしらの下につくこと。これを受け入れる気はないのか?」
職人たちは一瞬の間ののち、すぐに口々にこう叫んだ。
「で、できるわけねえだろ!」
「そ、そうだそうだ、何考えてんだ!」
「わけわかんねえこと言ってんじゃねえよ!」
弾正は「ふうむ」と手にあごを当てる。
「なぜじゃ?」
「な、なぜって、当たり前じゃねえか!」
「しかしのお。ちょっと頭を下げるだけで、今までとは比べものにならぬほど良い飯が食えるのじゃぞ? 仕事もわしらが保証しよう。教団からもわしらが守ってやる。
考えても見ろ。
今までうぬらは教団の言うことを聞いて生きてきた。それが、わしらの言うことを聞くように変わるだけ。
となれば、美味い飯が食えるぶん、わしらのほうがよほどいいとは思わぬか?」
職人たちの答えは変わらない。
「そんなわけねえだろ! てめえら泥草だろ! 出来損ないだろ! なんで教団に逆らってまで、出来損ないの言うことなんか聞かなきゃならねえんだよ!」
「いやいや、出来損ない出来損ないと言うが、それこそ教団が勝手にそう言っておるだけじゃろ。なぜそれを真に受ける?」
職人たちは目を丸くした。
「て……て……て、てめえ! きょ、きょ、教団を否定するってのか! おい!」
「さよう」
「こ、この罰あたりめ! てめえなんか人間じゃねえ! けだものだ! 死ね! 今すぐ死ね! 死んじまえ!」
後はもう何を言ってもダメだった。
教団を否定したとたん、人間じゃないだの、死ねだの、と大合唱であった。
「つまり教団には逆らわない。わしらと教団とであれば、教団を選ぶ。それがうぬらの総意で良いのじゃな?」
弾正が問う。
「当たり前だろ!」
職人が返す。
「よかろう。であれば、わしらは何も言わぬ。うぬらはうぬらで、今まで通り暮らすが良い。ただし……」
「な、なんだよ」
「わしらを攻撃したこと。財産を奪おうとしたこと。飯奴隷などというものにしようとしたこと。この罰は受けてもらわねばならぬ」
「て、てめえら、何する気だよ!」
弾正はパンパンと手を叩く。
すると泥草の1人が大きな皿を持ってきた。
皿の上には、何やら湯気の立つ黄色い棒状の物がたくさんのっている。
「さあ、食え」
「……は?」
「どれでもいいぞ、さあ、食え」
食え、というからには、皿に載っているのは食べ物なのだろう。
だが、こんな食べ物見たことがない?
まさか毒ではなかろうか?
職人たちは顔を見合わせたが、アコリリスがにっこり笑って石を宙に浮かせているのを見ると、「く、くそ! どうにでもなれ!」と言って1本つかみ、口に放り込む。
その瞬間、驚きに襲われた。
「う、うめえ!」
「ほ、本当だ! なんだこれ!」
「さくさくして、ほどよく塩と油がきいて、とにかくうめえ!」
職人たちが口にしているのはポテトフライである。
ジャガイモのなかった中世では完全に未知の味であり、また現代人から見ても美味く仕上がったポテトフライということもあり、職人たちは夢中になって、1本、また1本と食べる。
「そこまでじゃ!」
弾正が言うと、皿はさっと下げられた。
ポテトフライはまだ皿の上にたっぷり残っている。
「あ、そ、そんな!」
「も、もっと食いたい!」
職人たちは口々に未練を口にするが、宙に浮いた石を見て、黙る。
「さて、アコリリスよ。例のやつをやれ」
「はい。わかりました」
アコリリスは職人たちに近寄る。
「な、なんだよ?」
そして、手をさっとかざす。
職人たちはまた石が飛んでくるのかと身構えた。
けれども何も飛んでこない。
代わりに舌のあたりに何か変な感じを覚える。
「な、なんだぁ、一体?」
「さ、さあ……」
職人たちがとまどう中、弾正は先ほどのポテトフライがのった大皿を職人たちの前に置いた。
「待たせたな。さあ、食うがよい。今度は全部食べて良いぞ」
「ほ、本当か?」
「ああ、わしは嘘は言わぬ」
弾正の言葉に、職人たちは先を争ってポテトフライをつかみ、口に放り込んだ。
そして吐いた。
「ぐ、ぐえええええ!」
「げはっ! がはっ! な、なんだこれ!」
「ま、まずい! 気持ちわりぃ! げあっ!」
職人たちは、さっきまであんなに美味しそうに食べていたポテトフライを、気持ち悪そうに吐き出す。
それはまったく、腐った残飯を食べた方がマシと思えるくらいに、ひどい味だったのだ。
「な、なんだよ、これ! ふざけるな! さっきのと全然ちげえじゃねえか!」
「そうだそうだ! さっきのを出せ! こんなゲテモノ出してるんじゃねえ!」
弾正は平然とした顔でこう言った。
「それはさっきまでうぬらが食っていたものじゃぞ」
「う、嘘言うな! 全然違う味じゃねえか!」
「同じじゃ」
弾正はそう言ってポテトフライをつまむと、美味そうに食べる。
2本、3本と立て続けに食べる。
まずいものを無理して食べているようにはとても見えない。
「なっ! ……ど、どういうことだよ!」
「わしらはただ、うぬらの舌を変えただけじゃ」
「し、舌を?」
「さよう。どんな美味しい味も、吐きそうなくらいのゲテモノの味にか感じられないよう、うぬらの舌を変えたのじゃ」
職人たちは、一瞬きょとんとした。
そして、意味を理解し、ぞっとした。
(……え? え、え、え? じゃ、じゃあ何? これから先何食っても、あんな味になるってこと?
これから毎食毎食、食うたびに、あんな苦しい思いをするって事?
嘘だろ……おい、嘘だろ……。
飯は俺らの数少ない楽しみじゃねえか……それが……それがあんな地獄に変わるってのか? 毎回毎回地獄になるってのか? まさか……これから先一生? 一生!?)
「い、嫌だ……嫌だ、嫌だよ……」
「やだ! 嫌だよ! なんだよそれ! 嘘だろ! やめろよ! やめてくれよ! なあ、嘘だろ、あんた。嘘だって言ってくれよ、なあ!」
職人たちは口々にそうわめく。
「嘘だと言うなら、今度はパンを食わせてやろう。ほれ」
弾正が手を叩くと、大皿にたくさんのパンが載って出てくる。
白くてふっくらとした美味しそうなパンである。
職人たちは、恐る恐るそれを手に取ると、祈るようにして口に入れる。
そして、また吐き出した。
「が、がはっ! ぐげえええ!」
「ごはっ! げはっ! げええ! げええええ!」
真夏に3日間放置された残飯のような味が、口の中に広がったのだ。
涙を流しながら、必死になって吐き出す。
「『情けねえな。どんなまずいものでも、きちんと食べようっていう食べ物への感謝の気持ちがないのかねえ』ではなかったのか?」
弾正の言葉に、職人たちは反論する気力もない。
彼らは理解してしまったのだ。
この先、一生、食事のたびに、生ゴミを口に突っ込んだような味に耐え続けなければならない、ということを。
毎日の楽しみが、どうしようもないほどの苦痛に変わってしまったのだ、ということを。
絶望で顔が真っ青になる。
これから先、待ち受けている事への恐怖でガタガタ震えている。
心臓が狂ったようにバクバク鳴る。頭がおかしくなりそうになる。
とうとう職人の1人が、泣き出した。
「や、やだよ……これから先、ずっと飯がこんなだなんて……俺、やだよ……許して……許してよ……」
男がそう言って泣き始めると、彼に続いて、1人、また1人と職人たちは涙を流しながら、許しを乞いはじめる。
「お、俺たちが悪かった……悪かったよ……だから、どうか許してください……」
「お願いです……舌を元に戻してください……もう殴ったりしません……だから、お願いだから助けて……」
ついには、職人全員が謝罪を始める。
涙をポロポロと流し、両膝を地面につき、両手を合わせ、神に祈るような格好で、許しを乞う。
本気の謝罪ではない。
本心では泥草のことをゴミだと思っている。こんなやつらの言うことなんて聞きたくないと思っている。
が、とにかく今だけは必死に謝る。
謝って、なんとか舌を元に戻してもらおうとする。
弾正は、特に感情を動かされることなく、その様子を淡々と眺めていた。
この男たちが、つい先ほどまで泥草イジメを自慢していたことを聞いていたからだ。
こいつらによって、どれほど多くの泥草が苦しんできたことか。
それを思うと、まったく同情する気にはなれない。
代わりに、こんな提案をした。
「うぬらには2つの選択肢がある」
「ふ、2つですか……?」
「さよう。
1つ目。一生、その舌のまま過ごすこと。
2つ目。先ほど言った3つの条件を受け入れること。すなわち、土下座して、教団にケンカを売って、これまでの地位をすべて捨て、わしらの下で働くこと。反省の様子が見えれば、近いうちに舌は元に戻してやろう。
さあ、どちらでも好きな方を選ぶが良いぞ」




