魔力至上主義世界編 - 23 ようこそ泥草街へ 中編
職人たちは一瞬、男の迫力にひるんだ。
が、すぐに、(なあに、しょせんは泥草さ)と思い直すと、いつも泥草に対してやっているように高圧的に言った。
「ああん? なんだ、てめえは?」
男は笑ってこう言った。
「わしか? わしは謀反の神、弾正じゃよ」
一瞬の沈黙ののち、職人たちは爆笑した。
「ぎゃはははは、か、神ぃ!? 謀反の神ぃ!? なんだそりゃ、ぎゃはははははは!」
「ぷっ、ぷはっ、あはははは。か、神ってなんだよ、神ってよぉ!」
「あひゃひゃひゃひゃひゃ! わ、笑い殺させる気かよ! バカじゃねえのか! ぷひゃひゃひゃひゃ!」
職人たちは笑い転げる。
泥草たちは何の反応もしない。
いや、弾正の後ろにいる金髪の童女だけが、弾正に対してぼそりとこう言った。
「殺しますか?」
「まあ、待て」
弾正はそう言って、金髪の童女、アコリリスを抑える。
やがて笑いがおさまると、職人たちはギロリと弾正をにらみつけた。
「おい、泥草よお」
「なんじゃ?」
「あんた本気か?」
「何がじゃ?」
「神様を騙ったじゃねえか。あんた、そりゃあ死刑だぜ」
職人の言うことは脅しではない。
この時代、神の名を騙るというのは、教団に対する冒涜であり、宗教に対する冒涜であり、神に対する冒涜である。
死刑以外あり得ない。
あり得ないが、弾正は平然としている。
「騙るも何も、わしは神じゃよ」
「てめえ!」
職人の1人が、弾正につかみかかろうと一歩踏み出す。
そこを石工職人の男が止めた。
「まあ、待てや」
「おい!」
「いいから、ここは俺に任せておけ」
石工はそう言うと、一歩前に出る。
「なあ、そこの自称神様よ」
「なんじゃ?」
「あんたの頭がいっちゃってるのはいいや。教団には黙っておいてやるよ。ぶっちゃけ、俺らはあんたらの飯が食いたいだけなのさ。なあ?」
石工が仲間の職人たちを振り返ると、彼らはそろってニヤニヤ笑いながら、こう言う。
「おう、そうさ」
「おら、さっさと飯を出しやがれ、泥草ども。どうせそれくらいしかできないんだからよ」
「おい、そこのお前! そうだよ、お前だよ。お前は、俺の飯奴隷にしてやるよ。市民様のために毎日飯を作れるんだ。感謝しろよ」
仲間たちの言葉に、石工は満足そうにうなずくと、彼もまたニヤニヤ笑ってこう言った。
「というわけさ。おう、こら、とっととありったけの飯を持ってきやがれ。余った分は売っておいてやるからよ。わかっていると思うがなぁ、俺らは市民様だ。職人様だ。逆らったりしたら、どうなるかわかってんだろ?」
職人たちは、泥草たちがすぐにビビって言う通りにすると思っていた。
彼らにとって、泥草とは黙って言うことを聞く存在だったのだ。
だが、泥草たちは誰一人として反応しない。
ピクりとすら動かない。
「おい! 聞いてんのか! いいかげんに……」
「ああ、そうじゃな。食い物じゃな。持ってきてやってもよい」
「ああ!? なんだあ、その言い方! 持ってくるのは当たり前だろうが! さっさと持ってきやがれや!」
弾正は指で地面をさした。
「ああん?」
「土下座じゃ」
「はあ!?」
石工は、弾正のわけのわからない言葉にとまどう。
「ああ、これこれ、アコリリスよ」
「はい」
弾正が声をかけると、アコリリスがすっと前に出てきて、こう言った。
「神の子、アコリリスです。これから、市民の皆さんが、泥草街で暮らすための条件をお伝えします」
「は? 神の子? 条件?」
「第一に、土下座して、自分たちと教団が間違っていたと認めること。
第二に、教団に対して『お前達は間違っている』という非難の手紙を出すこと。
第三に、わたしたち泥草の下で5年間働くこと。
以上を守って頂ければ、今日からでもおいしいご飯が食べられますよ」
アコリリスはにっこり笑って言った。
職人たちは一瞬、アコリリスが何を言っているのかわからず、きょとんとする。
が、すぐに言葉の意味を理解する。
叫び声を上げた。
「はあああああーーー!?」
アコリリスは泥草の身分でありながら、ご飯を食べたかったらこの通りにしなさい、と条件を出してきたのだ。
しかもその条件というのは、職人たちにとって、とうてい許容できるものではなかった。
泥草に土下座する?
出来損ないに土下座なんてできるか!
自分たちが間違っていたと認める?
なんで「正しい」自分たちが間違っていると認めなければならないんだ!
教団に逆らう?
絶対的に「正しい」教団に逆らうなんて罰当たりな!
だいいち、逆らったら生きていけないだろうが!
泥草の下につく?
クズの泥草の下になんてつけるわけないだろ!
「ふ、ふ、ふ、ふざけるな!」
「おい、こら、わけのわかんねえこと言ってんじゃねえぞ!」
「わかってんのか? てめえらは泥草だぞ? いいからさっさと飯を持ってきやがれ!」
職人たちは殺気だった声で脅す。
これまでの泥草たちだったら、これだけでもう怖じ気づいてしまい、縮こまってしまったことだろう。
が、アコリリスはまったく動じない。
笑顔でこう言う。
「難しいのでしたら、ご無理にとは言いません。お引き取りください。どうぞ今まで通りの生活を」
「……ああ、そうかよ。よくわかったよ。てめえらが底なしのバカだってことがよ」
石工の男はそう言うと、周りの職人たちに「おい」と言う。
「こいつら、痛い目見ないとわからねえみたいだわ」
「そうみてえだな」
「じゃあ、ちゃっちゃとやっちゃいますか」
職人の男たちは、見下すようにして笑いながら、泥草たちに近づいてくる。
職人たちは9人、泥草たちは6人で、しかもうち3人はよく見ると子供である。
いや、泥草が何人いようと、相手は黙って殴られるだけの連中だ。怖くなんてない。
「おらぁ!」
まずは生意気にもわけのわからない条件を出しやがったクソガキからだ、とばかりに、石工はアコリリスに殴りかかる。
大きな拳がアコリリスの腹に迫り、この小生意気なガキがゲホゲホと苦しそうにうずくまるところを石工が確信したとたん。
ぼわん。
まるでゴムに当たったかのように、パンチが弾き返される。
「……はあ?」
二度、三度、パンチを放つ。
ぼわん。ぼわん。
まるで効かない。
「おいおい、何やってんだよ!」
別の男が、今度は蹴りを放つ。
ぼわん。
「うわっ!」
蹴りは弾き返され、男はバランスを崩してひっくり返ってしまう。
「おいおいおいおい、どうしちゃったんだ?」
「何遊んでるんだよ」
「い、いや、その……」
「もういい、俺がやる」
そう言って、また別の男が殴りかかる。
彼もまた、ぼわん、と弾き返されると、後はもう「まとめてやっちまえ!」とばかりに、集団でよってたかって襲ってくる。
蹴りかかる。石を拾って投げつける。しまいには魔法まで放つ。
最初は教団に怒られることを恐れ、どの職人もケガさせないように気をつかっていたが、だんだんなりふり構わない攻撃になってくる。
アコリリスだけでなく、他の泥草も攻撃する。
が、いずれも効かない。
ぼわん。ぼわん。ぼわん。
ただ、弾き返されるばかりである。
数分後には、ぜえはあぜえはあ言う職人たちと、平然と立ったままの泥草たち、という状態になっていた。
「はあ、はあ……ちくしょう! てめえら! なんなんだよ! なんでやられねえんだよ!」
「そうだよ! てめえら、いつも俺らに殴られて、情けねえ顔してたじゃねえか! 泥草だろ! それがお似合いだろ! なんでそうしねえんだよ!」
「インチキだ! 何かインチキしてんだろ! 泥草の分際で身の程をわきまえろよ!」
職人たちは口々にわめく。ののしる。
「アコリリス」
「はい」
弾正が一声言うと、アコリリスはさっと手をかざす。
いくつもの石がビュッと音を立てて飛び、職人たち全員の腹にめり込んだ。
「が、がはっ!」
「げほっ! げほっ!」
職人たちは苦しそうに腹を押さえて、うずくまる。
(な、なんだ、今のは? 石が飛んだ?)
「『ゲホゲホ言いながらうずくまって、涙を流しながら苦しそうな顔をするのが最高』じゃったかな?」
弾正が職人を見下ろして言う。
それは職人たちがここに来る途中で、自慢げに語り合っていた時に出て来たセリフそのものだった。
「て、てめえ、どこでそれを?」
「アコリリス」
「はい」
アコリリスは、また手をかざす。
ふたたび石がビュンと音を立てて飛び、職人たちの腹に、背中に、胸に当たる。
「ぐあっ!」
「がっ、があっ!」
職人たちは涙混じりの声をあげ、再びうずくまる。
どういう原理かは分からないが、アコリリスが手をかざすことで石が飛んでくるのは、もはや明らかであった。
「ひっ……はっ……げほっ! げほっ!」
石工の男は苦しそうに息を荒げながら、ゲホゲホ言う。
信じられない気持ちでいっぱいだった。
彼らにとって、泥草というのは劣った存在であり、黙って言うことを聞く存在であり、殴っても蹴っても許される存在だったのだ。
それが、こともあろうに、市民様に対して攻撃するなんて!
「く、くそ……泥草の分際で! 泥草の分際でぇ! よくも! よくも! 市民様にこんなことして、ただで済むと思ってんのかぁ!」
「アコリリス」
「はい」
アコリリスは手をかざす。
「ひっ!」
「や、やめ!」
職人たちはびくっと震え、慌てて両腕で顔や体をかばう。
ぐしゃっ!
たくさんの石が、今までで一番強い勢いで飛んでくると、職人たちのすぐ脇をかすめて、地面にめり込んだ。
どの石も深々とめり込んでいる。
もしあれが体に当たっていたら、どうなっていたか?
手足なら砕けて使い物にならなくなり、頭や胴体に当たっていたら死んでいたことだろう。
ぞっとする。
体が震えて動かなくなる。
「お、脅してるつもりかよ! なめるなよ!」
それでも石工の男だけはそう叫ぶと、立ち上がって弾正に殴りかかろうとする。
「ぎゃあっ!」
けれども、すぐに叫び声を上げて、倒れてしまう。
アコリリスの飛ばした石が太ももに命中したのだ。
「なに神様に手を出そうとしているんですか? 死にたいんですか?」
「ひい!」
アコリリスは、ぞっとほど冷たい表情をしていた。
石工は思わず恐怖の声を上げる。
アコリリスは手をかざした。
ずしりと重そうな石がゆっくりと宙に浮かぶ。
あんなものが当たったら、確実に死んでしまうだろう。
「や、やめて……」
石工は震える声でそう言うが、アコリリスはやめない。
そのまま石を男に向けて飛ばそうとした。




