姉の教え其の二、デレデレするな!(5)
御坂町。
宮元 宗光邸から、僅か五十メートル先にある小高い岡、そこに司郎達の家はあった。
司郎達の両親が亡くなり、一緒に暮らそうと提案してくれた宗光達の誘いを断る形で、司郎と澪は、短い間だが両親と暮らした思い出の残るこの家で、今も生活を共にしている。
「司郎ぉ」
間延びした抑揚のない声が、宮元家の風呂場からこだました。
「姉さん?」
司郎が声の方に顔だけ向けた。 キュッキュと小刻みな音を立てながら、司郎がキッチンで夕食の後片付けをしている。
手に持っていた最後の食器を拭き終え、食器棚に戻すと、澪が呼ぶ浴室へと早足に向かった。
「何姉さん?」
浴室につくと、司郎は扉越しに声を掛けた。
「頭ぁ」
浴室からはまたもや抑揚のない声。
「また? もう、いい加減頭くらい自分で洗ってよ」
「うるさあい、この浮気者」
「う、浮気って何だよ。 そんなのしてないし、第一なんで姉さんに、」
「うるさあい、いいから早く洗え」
「うぅ、分かったよ」
北凰学園生徒会長にして才色兼備の美少女が、頭を洗う洗わないでこの始末。
司郎はとほほと、頭をガックリさせながら浴室の扉を押し開いた。
籠にきちんと畳まれた衣服、その上に置かれた淡いピンクの下着、思わず視界に入ったのか、司郎は慌てて扉をスライドさせバスルームへ。
中に入ると、司郎は視界を遮る蒸気を手で払いバスタブに目を向ける。
すると、浴槽には豊満な体を湯船に沈め、ゆったりくつろぐ澪がいた。
湯の線より上に膝を出し、セクシーな脚線美を披露している。
頭にタオルを載せ、ほんのりと頬を朱色に染めながら、
「はぁ……」
と、澪は吐息を一つ。 そして司郎に気がつくと、やっときたかと徐に湯船から立ち上がる。
くびれる所とふくれる所がはっきりとした体、思わず見とれそうになった司郎が、慌ててそっぽを向く。
「ね、ねね姉さん! 頭を洗うときは、バスタオル巻くとかしてって言ったでしょ!?」
「何だよ、一回や二回じゃあるまいし」
慣れろと言わんばかりの澪の言い分に、司郎は顔を真っ赤にしながら俯くばかり。
「ほら、早くしてくれ、風邪引いちゃうだろ」
「わ、分かったよ」
言われて仕方なく、司郎はなるべく直視しないようにしながら、澪の背後に周り、バスルームの隅に置かれたシャンプーを手に取る。
司郎が言われるがまま澪の頭を洗い出す。 途端に澪は恍惚な顔でご満喫。
「ところで司郎」
「何姉さん?」
「校門にいたあの女は何だ?」
途端にゴクリ、と生唾を飲み込む音。
司郎の顔が途端に強張っているのが分かる。
「あ、朝霧 美桜さん……っだたかなあ」
と、平然を装うとする司郎だが、もはや誰の目にも怪しいのは明らか。
「名前なんぞどうでもいい。 どんな関係だと聞いてるんだ?」
さっきまで恍惚な顔を浮かべていた澪はどこへやら。 先ほどとは比べようが無いほどの、きつい眼光を放っている。
「ど、どんなって、ク、クラスメートだよ」
「クラスメートだと? 嘘をつけ!」
澪はそう言ったと同時に、背後にいた司郎の襟元を後ろ手に掴むと、そのまま床に押し倒し、司郎の上にまたがりマウントポジション。 更に司郎の襟元を両手で掴み揺さぶり続け、澪の抗議は白熱していく。
「ただのクラスメートが何であんなに親しげにお前の顔を触っていた!? 大体なんだあの時の司郎の顔は、デレデレと鼻の下を伸ばしおって! 私は絶対許さんからな! あの女、今度あったらただじゃ……むっ」
ふと澪が視線を落とした。 そこには襟元を締め上げられ、顔面蒼白のまま目を回す司郎の姿が。
「し、司郎! だ、大丈夫か? くっ誰が司郎をこんな目に!? 司郎!」
お前だ、と思わずつっこみたくなるところだが、もはやこの暴走っぷりを止められる者はいない。
浴槽から響く声もむなしく、宮本家の夜は更けていくのだった。