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姉の教え其の二、デレデレするな!


麗らかな小春日和。

誰もが足を止め、回れ右をして帰りたくなるような朝。

それでもここ、御坂市中央に位置する『北鳳学園』の校門は、登校する生徒達で溢れかえっていた。


その校門を、北鳳学園生徒会室の窓から、神妙な面持ちで見つめる女性が一人。


窓越しでも、白い肌と整った顔立ちが容易に伺える。


さらりとした腰まである艶やかな黒髪。

その毛先を片手で弄びながら、



「はぁ……」



と、なんとも色香が漂うため息。



「会長?」



生徒会室内。

長机を挟み生徒会書記の一人、長妻 志穂が、窓で黄昏ている会長こと、宮本 澪を呼んでいた。



「無駄だ志穂。  会長が弟君の事考えているときは、例え学校が火事になっても気づかんだろうよ」



志穂の隣で椅子に腰掛け、淡々と喋るもう一人の生徒会書記、御堂 正宗。

大人っぽい外見で、身長は178と高め。 銀縁の眼鏡がお似合いの、どこかエリート的な要素を漂わせる青年。

PCの液晶画面から目を離し、澪に目をやると、呆れたように首を振ってみせた。



「はあぁ……」



更に甘いため息。

吐息で曇った窓ガラスに、澪は人差し指で何やら執筆中。



「会長って黙ってると本当に綺麗だよねえ。 ね? 冬っちもそう思わない?」



中々に遠慮のない物言い。 愛くるしい大きな瞳で澪を見ながら、志穂は二つ結びされた自分の髪を、オレンジ色のリボンで結び直す。


そしてそんな志穂に呼ばれた少女が、志穂の向かい側で、湯気の立つウサギ柄の湯飲みから手を離した。 綺麗にカットされた髪は和製人形のよう。 小動物を思わせる印象の少女は、無表情のまま、手元の湯飲みに手を伸ばす。

織田 冬音。 生徒会会計を勤める、北鳳学園の財布持ち。


切れ長のジト目で澪をふと見ると、志穂に向き直り、こくんと頷いた。



「相変わらず無口な奴だ……」



冬音に視線を移し、正宗はそう言ってからまたもや呆れ顔。



「そんな事ないよ? ね? 冬っち」



志穂が軽快な声で冬音に尋ねる。



「……」



冬音は志穂を見つめると、まったくと言っていいほど聞こえない声で、何やらボソボソと呟いている。


志穂は冬音の様子に、うんうん、と何度か相づちをつくように頷くと、正宗の方に振り返り指さした。



「誰が無口で根暗だこのすっとこどっこいの童貞野郎! だってさ」


「よーし上等だ、表に出ろ。 ってなんで今ので分かるんだ!? 絶対今のは志穂だろ!」


「あっ正君動揺してるー! 当たってたんだあ、うけるー」



慌てふためく正宗に追い討ちを掛ける志穂。


冬音はその姿を見て、口元を手のひらで隠しながら小さく一言、



「プッ……」



頭の中が一気に沸点に達したのか、正宗は袖を捲くり上げ臨戦状態だ。



「澪、演説のカンペ手直し終わったぞ」



ガラッと勢いよく生徒会室のドアが開き、これまた明るく大きな声と共に現れた少女、生徒会長補佐役、二宮 忍。


モデル並みの長身にうなじが見え隠れするくらいのショートカット。


ピンと伸びた姿勢と、宝塚の銀幕でも張れそうな顔立ちに、見とれる女子生徒は数知れず。 が、れっきとした女の子である。



「あ、忍先輩」



正宗に髪の毛をグシャグシャにされた志穂が、泣きべそをかきながら忍に挨拶をする。



「お、お帰りなさい忍さん。 会長なら……」



正宗が手を止めそう言うと、皆の視線が窓側にいる澪の背中に集まった。



「澪、何やってんだ?」



忍が声を掛けた。 しかし返事はない。 もとい聞こえてもいないようだが。


やれやれと言いたげに、忍は澪の側までつかつかと歩いて行くと、ふと澪が指を添えている窓ガラスを見た。



司郎、司郎、司郎、司郎。 窓を埋め尽くさんとする司郎という文字。

しかも最初に書いた順から水が垂れてきて、字がぐだぐだになっている。

軽くホラーだ。 BGMはヒッチコックといったところか。



「てい」



忍の掛け声、同時に鈍い音。 忍の放った肘鉄が、澪の延髄に深々と突き刺さる。



「だ、誰……何だ忍か」



角度、スピード、共にジャストに入ったであろう肘撃。 だが当てられた当の本人はピンピンしている。


それを見ていた志穂と正宗は、見慣れたとはいえ、口を開けて唖然としている。


普通、延髄に肘鉄を叩き込む友人と、それを食らってケロッとしている人間もそうはいない。

決して見慣れてはいけない光景だ。



「……」



不意に、コトリ、と音がなった。

窓際のテーブルの上に、湯気を立てるマグカップが一つ。 すぐ横におぼんを傍らに抱えた冬音が、忍に無言のまま一礼する。



「お、さんきゅ、冬音」



忍は冬音にお礼を述べながら、適当に近くにあった机の上に腰を掛けた。



「で、朝からなんの悪戯だ?」



忍は呆れ顔でそう言うと、冬音の入れてくれたマグカップを手に取り珈琲を口に運ぶ。



「悪戯? 失敬な。 これは悪戯などという低級なものじゃない。 私の溢れださんばかりの思いの丈をだな」



と力説する澪。 文字の溶け具合は更に加速して、ホラーな演出は増してゆくばかり。



「朝っぱらから弟君ラブなのは良く分かった。 だからさっさと仕事しろ」



澪のブラコンぶりは校内では最早公認と言ってもいいくらいのレベルだった。

屋上で、まるで恋人のように司郎にお弁当を食べさせていただとか、司郎の膝枕でスヤスヤとお昼寝していただとか、放課後には腕を組んで帰宅していただとか、数え上げたらきりがない程の目撃情報が寄せられている。


そのせいか、校内の澪ファンのほとんどを敵に回してしまった司郎が、常に物理的被害にあっているのは、澪の知らぬとこ。



「やっぱり、会長って黙ってたら美人だよね」



再度リボンを結び直しながら、軽快な声で話す志穂。


正宗はさすがに何も言えず黙ったままだ。 


代わりに答えるように、冬音が軽く頷く。



「それより忍……」


「ん?」



マグカップに口を付けたまま忍が澪の方を振り向いた、その時だった、



「うわっ! ちょっ、止めろ澪!」



忍が慌てた声で叫ぶ。 何事かと皆が忍に振り返ると、澪が忍の首に手を回し抱きついていたのだ。 もう片方の手で頬を擦り寄せ、忍の柔らかい耳たぶを甘噛み、



「ひーっ!?」


「相変わらず忍は耳が弱いな。  良い声で啼く……」



あられもない忍の叫び声が生徒会室内に響く。 澪はその声を聞いて満足げな笑み。



「おぉっ!」



両拳を握り絞め、早々と傍観を決め込む志穂。


正宗に至っては、そのクールな横顔を真っ赤にさせて、喉元をゴクリ。



「あ……え、えーと、体育館で朝礼の準備してきます!」



正宗は立ち上がり、足早に部屋を出てゆく。



「行ってらっしゃーい」



生徒会室を出て行こうとする正宗に、志穂は笑顔で手を振りながらお見送り。 そして直ぐに澪達に振り返ると、固唾を呑んで前のめり。



「お前も来るんだ!」


「ええっ!? 今からが良いとこなのにい」



食い下がりながらも、政宗に引きずられ廊下に連れ出されてしまった。


そんな志穂達を、相も変わらず無表情な顔で見ていた冬音も、ゆらりと席を立ち上がり、今にも澪に押し倒されそうになっている忍を見ると、



「……」



と、何かを呟きながら軽く一礼。

勿論何を言っているかはさっぱりなのだが、それを廊下から見ていた志穂がうんうん、と頷き、



「冬音ちゃんが、一時間くらい、この部屋に誰も入らないよう手はずしておきます、だって」



などと有り難くもない明快な声で告げてから、そのまま冬音を連れて部屋を出て行った。



「ちょっ! 待て! いらん事するな! てっ、コラ離せ澪、だ、誰かあぁ!!」



レスリング部、部長の猛者でもある忍だったが、澪にかかれば、まるで蜘蛛の巣に絡め取られた蝶のようなもの。  悲痛な叫び声も、ただただ虚しく響くだけであった。



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