第一話『血に目覚めた日』
俺は、将来のことなんて何も考えていなかった。
高校三年生。
進学するのか、就職するのか。それとも別の道を選ぶのか。
周りの友達は少しずつ進路を決め始めていたが、俺にはまだ実感が湧かなかった。
学校に行って、家に帰って、ご飯を食べて、寝る。
朝起きたら、また学校に行く。
そんな毎日を繰り返していた。
特別な目標があるわけでもない。
かといって、何か大きな不満があるわけでもない。
ただ、何となく毎日を過ごしていた。
「ふんふふ〜ん♪」
「お前、相変わらず鼻歌下手くそだな」
「うるせぇな!いいだろ別に!」
「いや、聞いてるこっちが不安になるわ」
「じゃあ聞くなよ!」
そんなくだらない会話をしながら、俺たちは自転車を押して帰っていた。
いつも通りの帰り道。
いつも通りの友達。
いつも通りの一日。
まさか、この日が最後になるなんて思いもしなかった。
「おい、赤信号だぞ」
友達の声が聞こえた。
目の前の信号は赤だった。
しかし、左右を見ても車は走っていない。
「ここ車来ねぇから大丈夫だよ」
そう言って、俺は道路へ足を踏み出した。
「おい!待てって!!」
友達の声に振り返る。
その瞬間だった。
視界の端に、大きなトラックが飛び込んできた。
「え?」
(俺、死ぬくね?)
そう思ったときには、もう遅かった。
友達がこちらへ向かって走ってくる。
必死に手を伸ばしている。
「おい!!」
その声を最後に、俺の身体に強い衝撃が走った。
身体が宙に浮いたような感覚。
何が起きたのかも分からない。
視界がぼやけていく。
最後に見えたのは、俺に向かって伸ばされた友達の手だった。
だが、届くはずもなかった。
その手が俺に届いたのかどうか。
それを確かめることもできないまま、俺の意識は闇に沈んでいった。
---
「……ん?」
目を開けると、そこには見知らぬ空が広がっていた。
青い空。
白い雲。
そして、身体の下には一面の草。
「……どこだ、ここ」
ゆっくりと身体を起こす。
周囲を見渡しても、見覚えのある景色はない。
「確か俺、トラックに……」
そこまで考えて、慌てて自分の身体を確認した。
腕もある。
足もある。
どこにも大きな怪我は見当たらない。
「……え?」
さっきまで確かにトラックに轢かれたはずだ。
なのに、どうして俺は無事なんだ?
それに、ここはどこなんだ?
しばらく考えて、ひとつの答えにたどり着いた。
「これって、異世界転生ってやつか?」
自分で口にしてみる。
現実味はない。
けれど、目の前の景色を説明するには、それくらいしか思いつかなかった。
「よっしゃああ!これで将来のこと考えなくていいぜ〜!」
……いや、喜んでいる場合じゃない。
まずは人を探さないと。
俺は立ち上がり、周囲を見渡した。
遠くには森が見える。
人が住んでいる場所がどこなのかも分からない。
とりあえず歩いてみるか。
そう思って歩き始めたとき、水の流れる音が聞こえてきた。
音のする方へ向かうと、小さな川が流れていた。
「おお、水だ!」
喉が渇いていた俺は、川の水をすくって口に運んだ。
冷たい水が喉を通っていく。
「ふぅ……生き返る」
水を飲み終え、川の流れを眺める。
「川ってことは、下流に行けば人が住んでる場所に出るかもしれないな」
そう考えた俺は、川に沿って歩き始めた。
---
どれくらい歩いただろうか。
一時間ほど歩いた頃、ようやく遠くに大きな建物が見えてきた。
「あれは……町か?」
近づいてみると、町の周囲には高い壁が築かれていた。
入口には門があり、そこには鎧を着た人たちが立っている。
町の中に入ると、さらに驚くことがあった。
剣を腰に下げた人。
杖を持った人。
そして、頭に獣の耳が生えている人までいる。
「……すげぇ。本当に異世界なんだな」
俺は周囲を見回しながら歩いた。
まずは情報収集だ。
そう思い、近くを歩いていた男性に声をかける。
「あの、すみません」
「ん?なんだい?」
「冒険者ギルドって、どこにありますか?」
「ああ、この大通りをまっすぐ進んで、広場を右に曲がったところだよ」
「ありがとうございます!」
「へぇ、あたぼうよ!」
(……なんだこいつ。頭悪そうだな)
俺は教えてもらった道を進んでいった。
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しばらく歩くと、冒険者ギルドと書かれた大きな建物が見えてきた。
中に入ると、酒場のような場所や依頼が貼られた掲示板が目に入る。
受付には何人かの職員が座っていた。
そのうちの一人に声をかける。
「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「えっと、実は今日この町に来たばかりでして。冒険者について色々教えてもらいたいんですけど」
「そうでしたか。冒険者についてですね」
受付のお姉さんは、丁寧に説明を始めてくれた。
冒険者になるにはギルドで登録をする必要があること。
登録すれば、掲示板に貼られている依頼を受けられること。
依頼には採取や討伐、護衛など様々な種類があること。
そして、依頼を達成すれば報酬がもらえるらしい。
(なるほど……つまり、ここで仕事を受けてお金を稼ぐってことか)
(てか、俺は日本語で喋ってるけど、相手には相手の言語で伝わってるのか?)
(それとも、俺には日本語に聞こえているだけなのか?)
(さすが異世界……そういうところも便利なんだな)
「あの〜、聞いていましたか?」
「えっ?あ、はい!もちろんです!」
危ない。
考え事をしていたら、話を聞き逃すところだった。
「では、冒険者登録の前にステータスを確認してみましょうか」
「ステータス?」
「はい。自分の能力や現在の状態を確認できるものです。『ステータスオン』と唱えてみてください」
「なるほど……」
俺は言われた通りに口にした。
「ステータスオン!」
すると、目の前に半透明の画面が浮かび上がった。
「うおっ!?」
そこには、自分の名前や能力が表示されていた。
【ステータス】
名前:キサラギ ソウスケ
種族:人間
年齢:18
レベル:1
体力:100
筋力:10
防御力:8
知力:15
敏捷:12
魔力:10
固有能力:■■■■■■
「……固有能力?」
他の項目は普通に表示されているのに、固有能力の部分だけが黒く塗りつぶされている。
「おかしいですね……普通なら固有能力の名前も表示されるはずなのですが」
受付のお姉さんも不思議そうに画面を見つめていた。
「こんなことは初めて見ました」
「へぇ……」
気にはなるが、今はそれどころじゃない。
「まぁ、これはもういいです!それよりも僕、今ちょっとお金がなくて……」
「お金ですか?」
「はい。まず大事なのは食と住だと思うんですよ」
「そうですね。一般的な宿でしたら、一泊二百ゴットほどですね」
「……二百ゴット」
(ゴットってなんだ……?)
(ああ、日本でいう円みたいなものかぁ)
当然、俺は一ゴットも持っていない。
「でしたら、まずは依頼を受けてお金を稼ぐのがいいと思いますよ」
「なるほど……」
俺は掲示板の方を振り返った。
掲示板には様々な依頼が貼られている。
ゴブリンの討伐。
オークの群れの調査。
危険な魔物の討伐。
そして、回復草の採取。
「これなら俺にもできそうだな」
そう思い、回復草の採取依頼を手に取った。
「回復草の採取ですね。こちらは比較的簡単な依頼です」
「報酬はいくらですか?」
「一束につき五ゴットです。一束は十本になります」
「……五ゴット?」
俺は一瞬、言葉を失った。
宿に一泊するのに二百ゴット。
つまり、四十束集めなければならない。
「いや、安すぎだろ!!」
思わず心の声が漏れてしまった。
「ふふっ。最初はそう思いますよね」
受付のお姉さんは苦笑いしていた。
「それと、冒険者になったばかりの方には、簡単な道具をお渡ししています」
そう言って、受付のお姉さんは小さな箱を取り出した。
中には採取用の道具と、小さなナイフのようなものが入っていた。
「こちらは初心者向けの支援品です。よろしければお持ちください」
「えっ、無料ですか?」
「はい。無料ですよ」
「じゃあ、もらいます!」
無料なら断る理由はない。
俺は道具を受け取り、箱の中に入っていた小さな刃物も腰にしまった。
「ただし、あまり無理はしないでくださいね。特に町の外には危険な魔物もいますから」
「分かりました!」
そう返事をして、俺はギルドを後にした。
---
町の門を抜けると、再び広い草原が広がっていた。
依頼書に描かれていた回復草の写真を確認する。
青い先端と、特徴的な葉っぱ。
「これを探せばいいんだな」
周囲を見回しながら歩いていると、似たような草が目に入った。
「おっ、あった!」
近づいて確認する。
間違いない。
依頼書に載っていたものと同じだ。
「よし、これを集めればいいんだな」
俺はしゃがみ込み、回復草を一本ずつ採取していった。
途中でスマホを取り出し、依頼書に載っていた写真を撮ってみる。
「お、普通にカメラ使えるじゃん」
電波は入らないが、カメラ機能は問題なく使えるらしい。
これなら写真を見ながら探せる。
俺はスマホの画面を確認しながら、次々と回復草を集めていった。
---
空が赤く染まり始めた頃。
「よし、これで二十束!」
採取した回復草を数える。
二百本。
報酬は百ゴットだ。
宿代の半分しか稼げていない。
「……まだ足りないな」
できれば今日中に宿代くらいは稼いでおきたい。
俺はもう少しだけ採取を続けることにした。
しかし、気づけば周囲はすっかり暗くなっていた。
「うわ、もうこんな時間か」
スマホを取り出し、ライトを点ける。
足元を照らしながら、回復草を探していく。
そのときだった。
ガサッ。
背後の草むらが揺れた。
「……ん?」
立ち止まり、そちらに目を向ける。
もう一度、草が揺れた。
ガサッ、ガサガサッ。
「……誰かいるのか?」
返事はない。
代わりに、暗闇の中から二つの赤い光が浮かび上がった。
「……え?」
次の瞬間、草むらから大きな魔物が姿を現した。
狼のような姿。
暗い灰色の毛並み。
鋭い牙。
そして、こちらを睨みつける赤い目。
「う、うわああああっ!!」
俺は反射的に走り出した。
何だあれ!?
どう見ても普通の動物じゃない!
とにかく逃げないと!
俺はスマホのライトを消し、暗闇の中を必死に走った。
しかし、すぐに背後から足音が聞こえてくる。
「はぁっ、はぁっ……!」
速い。
明らかに俺より速い。
しかも、ライトを消したのに追いかけてくる。
(なんでだよ!?)
(ライトは消しただろ!?)
そのとき、受付のお姉さんの言葉を思い出した。
『町の外には危険な魔物もいますから』
(……そういうことかよ!)
次の瞬間、背後から強い衝撃が襲った。
「うわっ!」
俺は地面に転がった。
起き上がろうとした瞬間、目の前に大きな口が迫っていた。
「や、やめろ!!」
抵抗する間もなかった。
魔物の牙が左腕に食い込む。
「ぎゃああああああっ!!」
激しい痛みが全身を駆け巡る。
俺は必死に身体を動かした。
だが、魔物は離してくれない。
そのまま左腕を失い、俺は地面に倒れ込んだ。
「はぁ……はぁ……」
痛い。
痛いなんてもんじゃない。
何が起きているのか理解できない。
「嫌だ……」
目の前には、こちらを見下ろす魔物。
逃げなければ。
そう思っても、身体が思うように動かない。
「嫌だ、嫌だ……!」
俺は必死に地面を這った。
まだ死にたくない。
せっかく異世界に来たのに。
まだ何もしていない。
「まだ……死にたくない……!」
そのとき、腰に差していたものに手が触れた。
ギルドでもらった小さなナイフ。
俺は残った右手でそれを握りしめた。
魔物が再びこちらへ近づいてくる。
「来るな……!」
俺は最後の力を振り絞り、ナイフを突き出した。
刃先が魔物の目に当たる。
「ギャウッ!!」
魔物が大きく身をよじった。
その瞬間、魔物の血が俺の顔に飛び散った。
口の中にも入ってくる。
「げほっ……!」
反射的に飲み込んでしまった。
その直後だった。
目の前に、見覚えのある半透明の画面が浮かび上がった。
【ステータス】
名前:キサラギ ソウスケ
種族:人間
年齢:18
レベル:1
体力:100
筋力:10
防御力:8
知力:15
敏捷:12
魔力:10
固有能力:血脈簒奪
取得能力:???
「……は?」
黒く塗りつぶされていた項目に、文字が表示されている。
血脈簒奪。
聞いたことのない言葉だ。
意味も分からない。
だが、今はそんなことを考えている場合ではなかった。
目を負傷した魔物が、再びこちらへ向かってくる。
「くそっ……!」
俺は身構えた。
魔物は勢いよく飛びかかってきた。
避けきれず、右肩に牙が食い込む。
「ぐっ……!」
地面に押し倒され、身動きが取れなくなる。
(まずい……!)
左腕はもう使えない。
右肩まで噛まれてしまった。
このままでは、抵抗することすらできない。
(嫌だ……まだ死にたくない……!)
必死に身体を動かそうとする。
しかし、ウルフは俺を押さえつけたまま離れようとしない。
目の前には、俺を押さえつけているウルフの首元がある。
(こいつを……倒さないと……!)
俺は残った力を振り絞り、ウルフの首元に噛みついた。
そして、力いっぱい顎に力を込める。
自分でも信じられないほどの力が、顎に入った。
次の瞬間。
ウルフの首元を、力任せに喰いちぎった。
ウルフの動きが止まる。
やがて、その身体から力が抜け、俺の上に崩れ落ちた。
「はぁ……はぁ……」
何が起きたのか、すぐには理解できなかった。
ただ、目の前の魔物が動かなくなったことだけはわかった。
俺はしばらく、その場から動けなかった。
ふと、右肩に目を向ける。
ウルフに噛まれたはずなのに、思っていたほど痛みがない。
(……おかしい)
確かに噛まれた。
なのに、どうして……?
「……助かった、のか……?」
そう呟いた瞬間、左腕から激しい痛みが戻ってきた。
「っ……!」
今まで気が張っていたせいで、痛みを忘れていたのかもしれない。
身体が思うように動かない。
意識も遠のいていく。
「……くそ……」
異世界に来て、まだ一日も経っていない。
それなのに、こんなことになるなんて。
俺は最後の力を振り絞って、目の前に表示されたステータスを見た。
固有能力:血脈簒奪
取得能力:
その先に表示されている文字を確認しようとした。
しかし、視界が揺らぎ始める。
文字の輪郭がぼやけ、まるで水に落としたインクのように滲んでいく。
(……なんだよ、これ……)
目を凝らして確認しようとするが、文字はますます滲み、何が書かれているのか分からなくなっていく。
もう一度、目を開こうとした。
けれど、まぶたが重い。
視界が少しずつ暗くなっていく。
そして、俺の意識はゆっくりと闇に沈んでいった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
初めての小説投稿になります。
まだまだ未熟ですが、楽しんでいただけたら嬉しいです。
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