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五つの人格を宿す俺は、秘密組織に狙われている  作者: 白井黒也
第一章『閉ざされた記憶』
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第5話「同居人の素顔」

【登場人物紹介】

天羽あもう しょう

普通だったはずの日常を追われることになった主人公。

多重人格という異能を宿す。


如月きさらぎ みお

翔の同居人。

翔の過去とNABについて何かを知る謎多き女性。


翔を守るために存在する、気弱で優しい守護人格。


お嬢

優雅さと苛烈さを併せ持つ、お嬢様気質の人格。ロマン重視。


賢者

冷静沈着で理知的な人格。分析や判断を担う。


戦闘狂

戦いそのものを好む、荒々しく危険な人格。


悪の権化

翔の中に潜む、最も謎深く不気味な人格。

沈黙が落ちる。

無機質な機械音だけが、地下空間に小さく響く。


やがて澪は、ようやくモニターから視線を外し、ゆっくりと俺を見た。

その目は、もう誤魔化すつもりのない目だった。


「……話すわ。あなたが知りたいこと……そして私が、知っていることを」


俺は小さく息を吐いて、正面に立つ澪を睨むように見た。


「あの追ってきた連中、何なんだよ」


黒塗りのセダン。無表情な黒服。

昼間の公道で、躊躇なく俺を追い詰めにきた連中。


ただの不良や裏社会なんてもんじゃない。

もっと、統率されてた。


目的があって、命令で動いてる感じだ。

澪は俺の問いにすぐ答えなかった。


一度だけ視線を伏せ、言葉を選んでいる。

そんな沈黙だった。


「……NDAB」


「……は?」


聞き慣れない単語に思わず眉をひそめる。

けど、澪の表情は冗談を言ってる顔じゃない。


「国家直属異能管理局」


淡々と告げられたその言葉は、やけに現実味がなかった。


国家直属?異能管理?

どれも単語としては理解できる。

なのに、並べられた瞬間に急激に現実離れする。


「通称、NDAB……私達は、“NABナブ”って呼んでる」


「NAB……国家直属って……国の組織なのか?」


そう問うと、澪は静かに首を横へ振る。


「表向きには存在しないわ。公的に発表されている機関じゃない。一般社会でその名前が出ることも、まずない」


「……秘密組織ってことかよ」


「そうね。普通に生きていれば、一生関わらない」


その言葉が、妙に引っかかった。

普通に生きていれば。

……じゃあ、俺はもう“普通”じゃないのか。


いや、今さらか。

頭の中に人格がいて、そいつらが表に出てきて戦闘できる時点で、普通も何もない。


けど、そうやって改めて線引きされると、妙に胸の奥がざらついた。

澪はモニターへ視線を向けたまま、静かに続ける。


「NABは、世界各地で異能力に関する研究、保護、管理……場合によっては確保を行っている」


「……確保?」


その単語だけ、妙に耳に残った。

保護じゃなく、救助でもなく、物みたいな響きだ。

澪も、それがどういう意味か理解している顔だった。


「社会に危険を及ぼす可能性がある存在、あるいは利用価値があると判断された存在を監視し、管理し、必要なら回収する」


「……じゃあ、俺は何なんだよ。危険物か?それとも実験動物か?」


自分でも少し驚くくらい、声が低かった。

皮肉のつもりだったが、澪は笑わなかった。

笑えないみたいに。


「……翔。NABがあなたを追う理由は、一つ。あなたの中にある、その力よ」


空気が、少しだけ重くなる。


つまり、僕、賢者、戦闘狂、お嬢、悪の権化。

この、多重人格。

言葉を失った俺に、澪はさらに続ける。


「多重人格そのものが珍しいんじゃない」


「……え?」


「問題なのは、その全てが“能力”として成立していること」


人格じゃなく能力。

今まで“自分の中の厄介な連中”くらいに思っていた存在が、急に別の意味を持ち始める。


「人格ごとに異なる思考。異なる特性。異なる戦闘適性」


静かな声だった。

でも、その静けさが逆に怖い。


「NABにとって、それは研究対象としてあまりにも価値が高い」


並べられる言葉全部が、人間扱いじゃない。

無意識に拳に力が入り、嫌な汗が滲む。


「……なんで。なんで、お前がそんなこと知ってるんだよ」


異能力研究。

そんなもの、普通に生きていれば知るはずがない。


施設の存在。

俺が狙われる理由。

人格の価値。


全部知りすぎている。

問い詰めるように見つめる俺に、澪はそこで初めて言葉に詰まった。


ほんのわずかに、けれど確かに。

その沈黙だけで十分だった。


……やっぱり彼女は。

“知っている側”だ。


澪の沈黙が、何より現実味を持っていた。

俺の問いに答えられないんじゃない。

答えるべきか、選んでる。


「……澪。お前、何なんだよ」


同居人。

少なくとも俺にとっては、そうだった。


少し無愛想で、でもどこか温かみがあって。

少なくとも、昼間に秘密組織から俺をカーチェイスで救出して、閉店した喫茶店の地下施設に連れ込むような存在じゃなかった。


澪は、しばらく何も言わなかった。

けれどやがて、小さく――本当に小さく息を吐く。

諦めにも似た、覚悟の吐息。


「……言うつもり、なかった」


その声音には、いつもの澪らしい冷静さがあった。

でも、その奥にあるものが少しだけ違った。


「少なくとも、こんな形ではね」


そう言って、澪はようやく俺を真正面から逃げずに見る。


「……私は、あの施設にいた」


「……は?」


一瞬、意味が理解できなかった。


「あなたがいた場所。NABの研究施設に」


NABの施設に?俺が、いた?

追われてる理由と繋がってる、その場所?


知らない……はずなのに。

胸の奥が、嫌にざわつく。


白い部屋。冷たい光。何かの気配。

記憶になりきらない“嫌な断片”が、頭の奥を掠めた気がした。


「……おい。それ、どういう……」


声が、自分でも分かるくらい掠れていた。


澪は少しだけ視線を伏せる。

ほんのわずかな沈黙。

まるで、どこまで話すべきか迷っているみたいだった。


「私は、そこの末端の研究者だったの」


「……なんだって?」


「そこで、苦しんで、今にも壊れそうなあなたを見た」


冷静なようで、その声だけは少しだけ違った。

あの時の何かを、思い出しているみたいに。


「……そして、あなたをあそこから逃がした」


「なんで……そんなこと」


澪はすぐには答えなかった。

ゆっくりと息を吐き、ほんの少しだけ自嘲するように目を細める。


「罪悪感……かしらね」


その声は小さかった。

けれど、下手な言い訳よりずっと本物に聞こえた。


地下施設の白い光の中、澪はどこか疲れたみたいに静かだった。


研究者としてじゃない。

秘密組織の人間としてでもない。

ただ、“後悔している人間”みたいに見えた。


だからこそ俺は理解できた――彼女は“あっち側そのもの”じゃない。

信用しきるにはまだ全然足りない。

けれど、少なくとも今ここで俺を売る側には見えなかった。


「……これが、私が知ってることの一部」


「一部ってことは、まだ何か隠してるんだな?」


「ごめんなさい。今は言えないの」


俺が思っていた“同居人・澪”は、もうとっくに崩れていた。


代わりに目の前にいるのは、俺の知らない過去を知っていて。

俺を施設から連れ出して、今も秘密組織から逃がそうとしている女。


その静けさの中で、俺はようやく理解し始める。

これはもう、ただ巻き込まれただけじゃない。

俺自身が、最初からこの物語の中心にいたんだ。


「……わかったよ」


完全に納得したわけじゃない。

でも、今ここで無理やり全部引きずり出したところで、多分整理しきれない。

だったら、今はここまででいい。


「でも、その代わり。いつか話してくれ」


俺は澪を真っ直ぐ見る。

逃げるなよ。そういう意味も込めて。


「約束だ」


澪は一瞬だけ、少し驚いたみたいに目を見開いた。


……ああ。そうか。

彼女は、多分もっと責められると思ってたんだな。

まあ、正直そうしたい気持ちがゼロじゃないのも事実だけど。


けど今は、それよりも。

ちゃんと知りたい。

自分のことも。澪のことも。


やがて澪は、ほんの少しだけ表情を和らげた。


「……ええ。ありがとう」


その返事は、静かで。

でも今までで一番、肩の力が抜けていた。


その言葉に、少しだけ拍子抜けする。

……礼を言われるとは思ってなかった。

けど、その“ありがとう”には、多分色んな意味が混ざっているんだろう。

翔「第五話『同居人の素顔』でした」


澪「……話すつもり、なかったんだけどね」


翔「いや情報量多すぎんだよ……」


僕『でも……澪さん、悪い人じゃなさそうでよかった……』


戦闘狂『元研究員ねぇ。もっとヤベぇ奴かと思ってたぜ』


賢者『少なくとも、現時点では我々へ敵対行動を取る可能性は低いでしょう』


悪『ふぅん……でもまだ全部は話してないよねぇ?』


翔「お前は空気悪くすんのやめろ!」


澪「次回、“頭の中の住人たち”。――あなた自身の話になるわ」


翔「いや待て、怖ぇんだけどそのタイトル!?」

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― 新着の感想 ―
白井黒也先生、日々の執筆と投稿活動お疲れ様です。ここから物語の核心に触れる情報が少しずつ開示されていく気配がありますね!第三話でのお嬢への変身と大立ち回り、そして人格の再潜航までの流れが見事に揺るぎな…
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