第33話「僕が守る」
『身体能力への干渉、武器生成の阻害……武器ごとに異なる効果が付与されている可能性がありますね』
(神器ごとに能力が違うのか……)
『――風刃』
賢者が魔導書へ指先を滑らせると、不可視の刃が一直線にユーディアへ襲い掛かった。
ユーディアはラブリュスを構えたまま身体を僅かに捻るだけでその軌道を外し、最小限の動きで風刃を躱してみせる。
『ならば、これはどうです』
間髪入れず魔導書の頁が捲られ、新たに紡がれた魔術式から灼熱の炎塊が生み出される。
『――火球』
唸りを上げながら飛来する火球に対し、ユーディアは前転するように床を転がって射線から外れると、その勢いを利用して静かに立ち上がった。
無駄のない身のこなし。
焦りも乱れも一切感じさせない。
『回避に徹していますか』
賢者は表情一つ変えることなく小さく呟くと、再び魔導書へ魔力を流し込んだ。
『――雷撃』
青白い閃光が一直線にユーディアへ襲い掛かる。
すると、ユーディアは手にしていたラブリュスを静かに修道服の内側へ収めると、新たに一振りの片刃剣を抜き放つ。
「――フラガラッハ」
淡い白光を纏った刃が静かに振るわれる。
奔っていた雷撃はその剣閃へ触れた途端、まるで存在そのものを断ち切られたかのように霧散し、跡形もなく掻き消えてしまった。
『……その剣。魔術を断つ力……あるいは、魔力そのものへ干渉する効果が付与されているのでしょう』
賢者は小さく推論を口にしながら、魔導書の頁を素早く捲った。
『――氷槍』
空中へ幾本もの氷の槍が生成され、一斉にユーディアへ向かって放たれる。
しかし、ユーディアはフラガラッハを一閃するだけで、その全てを容易く断ち切ってみせた。
砕け散った氷片が淡い光を反射しながら、大聖堂へ静かに舞い落ちる。
『では、こちらは――岩塊』
賢者は間髪入れず魔力を練り上げる。
宙へ生み出された巨大な岩塊がユーディアへ撃ち出された。
だが、それすらも白光を纏った剣閃によって真っ二つに両断され、砕けた岩片が床を激しく転がる。
『――水流』
奔流となった水が石床を這うように駆け抜け、そのままユーディアを飲み込まんと襲い掛かった。
しかし、静かに振るわれたフラガラッハが水流へ触れた途端、その奔流は左右へ裂けるように断ち切られ、勢いを失って床へと散っていく。
『……やはり。そういう理でしたか』
賢者の呟きを聞き届けたかのように、ユーディアはフラガラッハを静かに構え直すと、床を蹴って一気に距離を詰めてきた。
『ですが、分かっただけで打開できるほど甘くはありませんか』
賢者の静かな言葉と同時に、白光を纏った刃が一直線に迫る。
「賢者!」
思わず頭の奥で叫ぶ。
だが、その声が届くよりも早く、別の小さな声が割り込んだ。
『賢者さん!僕が守る!』
身体の主導権が僕へと静かに切り替わっていく。
冷静な思考が薄れ、その代わりに胸の奥を満たしたのは【守らなきゃ】という一心だけだった。
『お願い……間に合って!』
伸ばした掌の前へ半透明の障壁が展開される。
直後、振り下ろされたフラガラッハがその障壁へ激突した。
だが、障壁は僅かに揺らいだだけで砕けることはなく、受け止めた衝撃だけが周囲へ鈍く響き渡る。
ユーディアは間髪入れず二撃、三撃と剣を振るい、鋭い剣閃を容赦なく障壁へ叩き込み続けた。
その度に大聖堂へ重い衝撃音が鳴り響くものの、障壁は揺らぐだけで崩れる気配を見せない。
やがてユーディアは静かに追撃の手を止めると、無言のまま僕へ視線を向けた。
感情の読めない静かな瞳に見つめられた僕は思わず肩を震わせ、小さく息を呑みながらも必死にその視線を見返す。
互いに動かぬまま、ほんの僅かな静寂が大聖堂を包み込んだ。
やがてユーディアは静かにフラガラッハを修道服の内側へ収めると、代わりに重厚な戦槌を取り出す。
「――ミョルニル」
その名を静かに告げると、淡い白光を纏った巨大な槌をゆっくりと振り上げ、障壁へ叩き付けた。
激震が足元から全身へ伝わり、僕は思わず歯を食いしばる。
なおもユーディアの攻撃は止まらない。
二撃、三撃と重い衝撃が絶え間なく障壁を揺さぶり続け、幾度目かの一撃が加えられたその時、半透明の障壁の表面へ一本の亀裂が静かに走った。
――ピシッ。
その音を聞いた僕の表情が僅かに曇った。
『このままじゃ……』
小さく漏れた不安の声。
障壁の向こう側では、ユーディアが静かにミョルニルを構え直している。
感情を窺わせない瞳が、真っ直ぐこちらを見据えていた。
「守るだけでは勝てませんよ」
その一言は責めるでも嘲るでもない。
ただ、揺るぎない事実だけを告げるように静かだった。
『っ……それでも、僕は守らなきゃ!』
叫ぶように言葉を返し、僕はひび割れた障壁へ必死に力を注ぎ込む。
しかし、その想いを嘲笑うかのようにミョルニルは再び振り下ろされた。
轟音と共に障壁が大きく揺れ、一本だった亀裂は蜘蛛の巣のように四方へ広がっていく。
だが、僕は諦めない。
歯を食いしばり、震える腕を前へ突き出したまま、ただ守ることだけを考え続ける。
だが、容赦なく叩き付けられる二撃、三撃目の重い一打に耐え切れず、障壁全体へ無数の亀裂が刻まれていった。
そして、幾度目かの轟音が大聖堂へ響いた、その瞬間――。
甲高い破砕音と共に、半透明の障壁は無数の光の破片となって砕け散った。
『あっ……』
小さく息を呑む僕の声が頭の奥へ響く。
その隙を逃すことなく、ユーディアは静かに一歩踏み出した。
「これで……終わりです」
淡々と告げると、淡い白光を纏ったミョルニルをゆっくりと振り上げる。
その光景を目にした瞬間、不安とも焦燥ともつかない感情が頭の奥から一気に流れ込んできた。
守らなきゃ。
そんな強い想いだけが、胸の内を埋め尽くしていく。
『僕は、守るんだああああああ……!』
悲鳴にも似た僕の叫びが大聖堂内へ響いた、その刹那だった。
空中へ散っていた無数の光の破片が一斉に震え、まるで僕の想いへ呼応するかのようにユーディアへ向かって飛び始める。
「なにっ……!」
初めてユーディアの表情へ明確な驚愕が浮かんだ。
咄嗟にミョルニルを振るい、その幾つかを打ち払う。
しかし、全てを防ぎ切るにはあまりにも数が多かった。
無数の光の破片が修道服を貫き、肩を裂き、腕を穿ち、胴を容赦なく切り刻んでいく。
その中の一片が、白光を纏う胸元へ深々と突き刺さった。
「ぐっ……」
胸元へ突き刺さった光の破片を押さえながら、ユーディアの身体が大きく揺らぐ。
「ば、馬鹿な……」
か細く漏れた声と共に膝から力が抜け、その場へ崩れ落ちた。
大聖堂に静寂が訪れる。
目の前で起きた光景を見つめながら、僕は呆然と立ち尽くしていた。
『そ、そんな……』
震える声が頭の奥へ響く。
倒れ伏したユーディアを見つめるその瞳には、勝利の喜びなど微塵もなく、ただ困惑だけが浮かんでいた。
その感情は内側からそのまま俺へ流れ込み、胸の奥を重く締め付ける。
「……僕」
俺は静かに呼び掛ける。
しばしの沈黙の後、頭の奥から小さな声が返ってきた。
『……翔…ぼ、僕……』
言葉が喉に詰まり、それ以上続かない。
やがて震える声で、ようやく絞り出すように呟いた。
『守りたかっただけなのに……こんなつもりじゃ、なかったのに……』
その言葉と共に、言葉では表せないほどの後悔と戸惑いが胸の奥へ流れ込んでくる。
僕は勝ったことを喜んでいない。
ただ、守ろうとした結果、誰かを傷つけてしまったという事実に震えているだけだった。
「……うん。分かってる」
身体の主導権がゆっくりと俺へ戻ってくる。
胸の奥には、まだ僕の感情の余韻が静かに残っていた。
「……僕」
返事はない。
それでも、俺は小さく口元を緩める。
「ありがとな」
短く呟くと顔を上げ、その視線を大聖堂の奥――地下礼拝堂へと続く通路へ向けた。
「澪……!」
その名を呼ぶと同時に床を蹴り、俺は迷うことなく駆け出した。
僕『澪さん、待ってて!今助けるから!』
お嬢『皆様、ここからが本番ですわ!』
賢者『ええ。相手の理は、既に見えております』
戦闘狂『なら後はぶっ飛ばすだけだなァ!』
悪の権化『ククッ……ボクも、ずっとこの時を待ってたよ』
翔「次回、『母の戒律』――俺達で、澪を必ず!」




