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第46話 シーグラス


 私はルクスに手を引かれながら部屋を出た。屋敷のように広いわけでもなく、部屋数も多くはない。丁度良い大きさの別荘だ。ティア達ともすぐに合流できた。


「セシリア、もう大丈夫ですの?」

「えぇ。ご心配をおかけいたしました、もう大丈夫ですわ」

 

 ティア達は別荘の裏にあるテラスにいた。着いた時は気付かなかったが、別荘の裏に海があったようだ。海風が吹き、潮の香りがサッと通り過ぎる。

 目の前に広がる海は想像以上に大きく感じた。波の音も、青く広がる光景も、星屑が散らばったような砂浜も、何もかもがただ新鮮に感じた。


「ここはよくシーグラスが落ちていますの。後で探しに行きません?」

「良いですわね!」

「……ごめんなさい、シーグラスって何でしょうか?」


 シーグラス、私は聞いたことがないもの。浜辺に落ちていて拾えるものなら、貝殻か何かだろうか。ティアにとっては、海はきっと身近なものなのだろう。領地が海に面しているのだから、当然かもしれない。

 シェラード領は全て陸に面していて、海はない。私自身、海を見たのは初めてだ。知らないことの方が多いはず。本で読んだことはあるが、実際に来てみると情報量が違う。


「シーグラスはガラスの欠片が削れて丸くなっているものですわ。色も何色かあってとても綺麗なんです」

「ガラスなんですか? てっきり貝殻が何かかと思いました……」

「セシリアは……あまり水辺のことは詳しくないのでしょうか……?」

「僕も知らないな。シェラード領は水辺が少ないから、あまり気にしたことがないからかな」


 ガラスの欠片なんて危なくないかと思ったが、丸くなっているなら怪我の心配はなさそうだ。確かにガラスは綺麗だけれど、そんなに色があるなんて想像もつかない。私が普段見るガラスは窓に使われているような透明なものだ。水辺に落ちているというだけで色が変わるのかしら。


「もうほとんど案内も終わったし、一度浜辺に行ってみてはどうだろう? セシリア嬢とルクス卿は初めて海を見るようだし、気になっているんじゃないか?」

「そうですわね。それでは、何か分からないことがあれば聞いてくださいませ。浜辺へ案内いたしますが、日笠はお持ちでしょうか?」

 

 グレオ殿下の提案にティアは賛成し、目の前ではあるが浜辺までの行き方を教えてくれる。私とクライ嬢は部屋から日笠を取ってきた。


「持つよ、セシリア」

「ありがとう、ルクス」

「甘いですわ……」

「甘いですわね……」

「ティア嬢、何か口直しできそうなものはあるかな?」

「どうかなさいまして?」


 全員が目を逸らして甘いと言ったが、私には意味が分からなかった。ルクスは何か察していたようだけれど、何が甘かったのかしら。


 〜


「セシリア様、こちらです!」

「綺麗ですね……これがシーグラスですか?」


 ティアに案内されて浜辺に来た私たち。ティアとクライ嬢は波が濡らした砂の辺りを見ながら歩いていた。そうして、クライ嬢はキラリと光る小さな何かを手に取って私の元へやってきた。

 クライ嬢が持っていたのは、雫のような形をした白いガラスだった。これがシーグラスらしい。確かにとても綺麗だ。岩か何かに擦れて丸くなったのだろう。表面が少しガサついている。


「昔、この海の上流にある川の近くにゴミを捨てている人が多くいたそうです。今は綺麗に整備してありますが、昔のゴミが流れ着いてしまったのでしょう。時折木材なんかも流れてくるので、ハワード家が雇った人に掃除をしてもらっているんです」

「昔捨てられたガラスが流れる間に丸くなって、シーグラスに?」

「おそらくそうでしょうね」


 ハワード家に限らず、昔はゴミの処理に関してかなり雑になっていた。ほとんどが分別もせず土に埋めるだけか、ゴミを捨てる場所を作ってただ放棄して行くだけだった。シェラード領もそうだった。今は燃やしてゴミを減らしているが、おそらくスラム街はいまだにそういう場所が残っているはずだ。

 スラムを無くせれば良いのだが、そう簡単にいくものでもない。シエルを保護した時のように、スラムの人間は舐められやすい。仕事ができなかったり、物が買えなかったりと、差別がある。今のシェラード領の課題のひとつだ。


「セシリアも探してみてはいかがでしょう」

「そうですわね、なんだかもう楽しそうです」


 ティアの言葉に、私も波打ち際の砂をよく見ながら歩いてみる。けれどなかなか見つからない。そうホイホイと見つかる物でもないらしい。


「セシリア、少し遠くを見てみると良いかもよ。ほら、あそこ。光が反射してるところがある」

「本当だ……行ってみましょう!」


 ルクスの言う通りに少し遠くに光が反射しているところへ行ってみる。よくよくみてみると、小さな欠片がひとつ落ちていた。少し薄めの青い色のシーグラスだ。なんだか少し、ルクスの瞳に似ている気がしたけれど、ルクスの瞳の方が濃く透き通った色をしていた。


「綺麗ね……」

「こっちにもあったよ。なんだかセシリアの髪の色と似てるね」


 ルクスが見つけたのは薄い緑色のシーグラス。確かに私の髪の色に良く似ていた。私は見つけた青いシーグラスを上に掲げ、太陽の光に透かしてみた。擦れた表面は白っぽくなっていたが、中はとても綺麗で透明感のある青い色が見えた。

 そんな私達の様子を見る影が三人。


「甘いですわね……」

「甘いですね」

「苦い物が欲しいな」

 

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