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第9話 嬉しいけど、情けない


 私はまっすぐルクスを見つめ、答えを待つ。何を言われても、私は前に進むだけ。未来を諦める事はしない。

 

「その前に……さっきお父様から聞いたんだけど、セシリアに王家との縁談がきたって」

「そうですわね」

「王家との縁談なんてなかなかない。それでも、セシリアは僕が良いの?」


 ルクスは稽古前と打って変わってまっすぐ瞳に意思を宿してこちらを見る。どうやらお父様が少々余計な事を話してしまったらしい。けれども、そうか。普通は王家との縁談は喜びこそすれ、拒む事などないのだろう。

 今現在、第一王子の悪い噂はあまりない。側室の子という点以外に問題はないというのが、貴族の間での認識だ。きっと第一王子を王太子にしたい国王あたりが必死になって隠しているのだろう。

 あの性格は学園に入ってからのものではなく、生来のものだろう。そしてそれを、誰も直す気がなかった。この国の王は基本的に血統主義。いくら王が望もうと、正妃の子である第二王子を王太子にと考える貴族は少なくない。

 現状、どちらが王太子になってもおかしくない。が、しかし。そんな事は関係ない。我が家は第一王子派でも、第二王子派でもない中立派。王家との縁談は否が応でも我が家をどちらかの派閥に引き摺り込む事になる。そして公爵家という地位から、派閥の筆頭として持ち上げられてしまうだろう。

 本来なら、ただの十歳の一令嬢が考える事ではない。しかしながら、私は中身だけで言えばまぁまぁなお年である。その程度は容易に考えついてしまう。となれば王家との縁談は受け入れ難いものとなる。


(そして何よりあのバカ王子とまた婚約だなんて例え天地がひっくり返ったとしても、明日世界を滅ぼすと言われようと絶対に御免である)


「ルクス、私は王家との縁談に興味はありません。私はあなたが良いのです。シェラード家としても、王家との縁談にあまり利はないのです」

「それを聞いて安心したよ」


 セシリア、と名前を呼ばれる。ルクスは椅子から立ち上がり、私の目の前に来るとこちらを見たまま跪いた。白銀の髪に太陽光に反射して煌く青い瞳が、まるで大粒の宝石のように見えた。


「セシリア、僕は必ず、あなたの隣に相応しい男になります。王家との縁談を無下にしたなんて言わせない、僕こそ相応しいと言われるよう努力します。セシリア、僕と婚約してくれますか?」


 真剣な表情に、その言葉に、心が揺さぶられる。上品に、淑女らしく、そうあろうとしたのに。笑っていられると思っていたのに、どうしようもなく涙が溢れてくる。

 必死だった。真剣だった。これ以上ない程にあなたを求めていた。もがき続けて、後悔して、苦しんで、自己満足のために人を殺めた。まるで灰色の世界で生きているようだった。

 その言葉が、そこ心が、私を暗闇から掬い上げてくれる。王家も王子も関係ない。この国も、この世界すらどうだって良い。あなたと共にいられるのなら、私はどんな罪でも背負える。あぁ、私は。


(どうしようもない程に、ルクスの事が好きなんだ)


 私の涙で目を見開くルクス。気丈であろうと強がって、戻ってきてからルクスの前ではいつも笑っていた。堂々と、はっきりと。


「セシリア……」

「ありがとう、ルクス。ごめんなさい。すごく、凄く嬉しいの」


 涙が、止まらなかった。泣いてはいけない、気丈でいなきゃ。涙は女の武器だから。弱味を握られないよう、常に完璧でいなければならなかった。作り出す笑顔はただの虚像で、取り巻く環境は窮屈だった。

 救われた気がして、再び光を見た気がして。ルクスが私の世界を照らしてくれていた。止めようとする度に、それ以上の涙が溢れてくる。


 小さく布の擦れる音がして、ほんの少しだけ体が引っ張られる。ルクスが、私の体を抱き締めていた。ルクスの体は、私より少しだけ大きくて、とても暖かい。


「ごめん、セシリア。僕には……君がどうして泣いているのか、何に苦しんできたのかは分からない。けど、もう我慢しなくて良いんだ。僕の前では、ありのままの君でいて。僕が必ず、セシリアを守るから」


 ほんの少しの情けなさ、それ以上に大きな安心感。

 

 私の過去は、未来は話せない。話したくない。私は自己満足のために復讐をした。けれどそれを聞けば、あなたは自分のせいだと思ってしまう。私と共に、その責任も後悔も背負おうとしてしまう。そんな事はさせられない。

 これからは、ルクスの隣で笑っていたい。涙を、武器としてではなく、感情の発露のために流したい。あなたの隣にいるために、あなたを守るために。もう二度と失わせない。ルクスが私を守るなら、私はルクスを守ってみせる。

 共に明日を笑いたい。だから、今はもう少し。安心できるルクスの側で、令嬢としてではなく、シェラード家の人間としてではなく、ひとりの女の子として泣かせて欲しい。

 私は生まれて初めて、声を上げて思い切り泣いた。その間、ルクスずっと私を抱き締めながら、私の背を摩ってくれていた。

 

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