救う者たち
心臓が激しく鼓動した直後、ルベルは身体が少しずつ楽になっていくのを感じていた。気持ち悪さが消え、むしろ力が沸き上がってくる感覚があった。
(なんだか······凄く気分がいい。君は一体誰なんだ? 何で僕を助けるんだ?)
ルベルは心の中で、謎の声に問いかける。
『オレは、今オマエの連れが戦っているドラゴン。オマエの脳に直接声を届けていル』
(!?)
『かつてオレは花の守護竜と呼ばレ、ある特別な花を守っていタ。だが半年まエ、聖騎士に殺されタ。それでモ、花を取り戻すためにアンデッドとして生き延ビ、この遺跡に籠って力を蓄えていタ』
花というワードが飛び出し、ルベルの頭からはそれ以外の全てが吹き飛んだ。聞くことはただ一つだった。
(その花は······万病を治す花なのか?)
『そういうわけじゃないガ、恐らく治せるだろウ。オマエ、花に興味があるのカ?』
(ああ。兄の病気を治すために必要なんだ)
『そうカ。ならオレの代わり二、その聖騎士をぶっ潰してくレ。花は今、ソイツの管理下にあル』
思いがけない情報提供にルベルは感謝した。同時に、別の疑問が浮かぶ。
(この国が危ないって言っていたけど、その聖騎士が関わっているのか?)
『ああ、ソイツが諸悪の根源······グッ、ガアァァ······』
ドラゴンは突然苦しむような声を出した。気になってドラゴンの方を見ると、ジャックが放った光の斬撃を受け止め、それをかき消そうと粘っていた。そして、再び声が聞こえ始める。
『オレのことは気にするナ。もう長くなイ』
(······僕を助けた理由は?)
『オマエの持つ闇魔法の力ガ、その聖騎士に有効だからダ』
(闇魔法? 闇魔法だって?)
どれだけ記憶を辿っても、闇魔法について聞いたことは一度もなかった。
一瞬、ドラゴンが自分を騙そうとしているのかと考えたルベルだが、先程まであった謎の気持ち悪さや、プリーストのリリーに言われたオーラとの関係が気になり、そのまま話を聞くことにした。
『かつてこの国で、女神の信仰が広まる前に存在した、神聖魔法と対を成す魔法ダ。昔は修練さえ積めば誰でも使えたが、今じゃ使えるヤツは殆どいなイ······オマエの中にある闇魔法の力が、オレに会ったことで強く反応し暴走しようとしていたタ。だから、オレが抑えタ』
(やっぱり、気分が良くなったのは君のおかげか。なら僕は、その闇魔法ってやつが使えるのか?)
『いいや、まだダ。使うための土台は整っているガ、オマエの闇魔法はまだ内に引っ込んでいル。オマエの強い意志で、外に引っ張り出してやるんダ。』
(どうすればいい?)
『感情を爆発させロ。魔法というのは、感情の影響を受けル。闇魔法は特にその傾向が強イ······』
突如、ドラゴンの声が止んだ。ドラゴンはかなり弱っていた。纏っている黒いオーラは委縮し、いつ斬撃で真っ二つになってもおかしくない状況にあった。
ドラゴンは最後の力を振り絞り、ルベルに声を届ける。
『······ありがとウ。それト······そこにいるガキには気を付けロ······』
(待ってくれ! まだ聞きたいことが······)
糸がプツリと切れたように、ドラゴンの声が消えた。
ルベルはまだ頭が追い付いていなかったが、やることは変わらなかった。
花を手に入れて、ブランの病気を治すという目的が、ルベルを奮い立たせた。
ルベルは杖を握り、ゆっくりとその場から立ち上がった。
*
時は現在。
イリスに共有された未来視の内容は、ルベルの身体から徐々に、黒いオーラが噴き出すというものだった。
イリスはルベルへ向けて、光弾を放とうとする。しかし、その直前ルベルの身体から黒いオーラが噴き出し始めた。
ただ、ドラゴンが纏ってるものとは少し違う。真っ黒ではあるものの、気持ち悪さやおぞましさは感じられず、むしろ神秘的な美しさが垣間見えるものだった。
「なっ······」
「ルー君!? あの黒いの、ドラゴンと同じやつ? いや······ちょっと違うかも?」
イリスは黒いオーラを鎮めるため光弾を放つが、光弾は黒いオーラに容易くかき消されてしまった。
(神聖魔法がかき消された!?)
2人とも何が起きているのか理解できなかった。これまで殆ど無表情だったイリスも、ここにきて表情を歪ませている。
「ルー君!」
「待って、行ってはダメ!」
シャルロットはルベルの元へ行こうとするが、イリスがすぐに止める。
「今はじっとしていて」
イリスは事の重大さを理解していた。
「シャルロット、彼と知り合ってどのくらい?」
「まだ二週間くらい」
「その間、彼があの黒いオーラを出していたことは?」
「ないない! 見たことないわよあんなの」
(今はシャルロットの言葉を信じるしかない。だけどもし、彼があの魔法を使えるのなら······)
「ジャック! そっちはどう?」
イリスは声を張り上げ、ジャックに状況を尋ねる。
「何だ······騒がしいぞお前ら。安心しろ、こっちはもう終わる」
ドラゴンは、ジャックの放った斬撃を何とかかき消すことに成功していた。しかし黒いオーラは消えかけており、もはや立つことすらままならない状態だった。あと一撃で消滅するところまで、追い詰められている。
「俺の斬撃に耐えるとは、アンデッドながら大したもんだ。だが、お前はもう助からねぇ。チェックメイトってやつだ」
ジャックは構えていた大鎌を振るう。再び、光輝く斬撃がドラゴンへと襲い掛かる。避けることも、防ぐこともできず、ドラゴンは斬撃をもろに喰らった。
光の斬撃は、一流シェフの包丁捌きの如く滑らかにドラゴンを両断した。
ドラゴンは咆哮すら上げることなく地に伏し、その身体は塵となって消えていった。
「ふ―終わった終わった」
ジャックは、面倒くさそうにイリス達の方を向いた。
次の瞬間、ジャックの視線はある一点に固定される。その視線の先には、ルベルが黒いオーラを発しながら佇んでいる。
「おい、お前······どうした?」
流石のジャックも、動揺を隠しきれなかった。
同時に、ルベルから目を離すなとイリスに言われたことを思い出し、異変に気付けなかった自分の不甲斐なさを痛感した。
ルベルはイリスの方を向いた。
ドラゴンの最後の言葉は、明らかにイリスのことを指していた。だが、ルベルに迷いはなかった。
彼の言葉を信じることが、自分を助けてくれたことへの最大の感謝であると考えたからだ。
「イリス、君は一体何者なんだ?」
開口一番、質問を投げかける。イリスは表情が強張った。が、質問には答えず沈黙を貫く。
「答えてくれないのか?」
「······それを知って、あなたに何の得があるの?」
「分からない。けど、知っておきたいんだ」
イリスは再び沈黙し、口を開く。
「目的は達成したし、このまま帰りたいところだけど······」
イリスは手に魔力を集中させ構えをとった。手はルベルの方を向いている。
ジャックもそれに反応し大鎌を構えた。
「わたしは以前、あのドラゴンと対峙している。だから、アイツがどんなヤツかもわかるし、あなたに何をしたのかもある程度想像がつく」
「ドラゴンと対峙? じゃあ、やっぱり君は······」
ルベルも杖を構え、戦闘態勢に入った。
「さっきまでの出来事を見て確信した。あなたは、わたし達の障害に成り得る可能性がある。ルベル、ここであなたを始末させてもらう」
「!」
イリスは光弾を数発放った。ルベルは、咄嗟に防御魔法で防ぐ。
それに続いて、ジャックがルベルに斬りかかった。恐ろしいスピードで間合いを詰められ、対処できそうになかった。
しかし、間にシャルロットが割って入り、ジャックの大鎌を短剣で受け止めた。
「勝手に始めないでよ······アタシのこと忘れたわけじゃあないわよね?」
「へぇ、やるなお前」
ジャックは、シャルロットの蹴りを警戒し一旦後ろへ下がった。
「ジャック、早いところ終わらせよう」
「ああ。あのガキは俺がとどめを刺す。ドラゴンに毒されちまった憐れなガキだ。黒いオーラだけじゃなく、変な考えを吹き込まれちまった見てぇだな。可哀想に······女神の名の下に、俺がこの手で葬ってやりたい」
ジャック・ヘテロフィルスは、女神ドラセナを崇拝しており、自分を女神の代行者だと思い込んでいる。処刑によって、悪しき魂を良き魂へ生まれ変わらせることが己の使命であるとし、それを生きがいに感じている。
しかし、彼が処刑するのは死刑囚だけに留まらなかった。
改心する見込みのない囚人や、何度も罪を犯している囚人を、処刑人の立場を利用し牢獄から連れ出して処刑していた。
彼は決してサディストではない。彼の心にあるのは常に、悪人を善人へ生まれ変わらせ救ってやりたいという深い愛情であり、それが彼の原動力となっている。
だが、そんな勝手な行動を国が許すわけもなく、そういった度重なる問題行動によってついに処刑人の役を解かれ、家の再興のためイリスに協力するに至る。
ジャックは再びルベルに斬りかかった。
シャルロットがジャックを止めようと動き出すが、イリスが光の鎖を出現させシャルロットを拘束する。
ジャックの動きはとても速かった。ルベルは火球は放って応戦するも、容易く躱されてしまう。
「じゃあな小僧······良き魂に生まれ変わらんことを」
ルベルは再び魔法で応戦しようとするが、突如足元から光の鎖が出現し、手足を縛られ見動きがとれなくなってしまった。
「くっ······イリスか!」
ジャックはルベルの近くまで迫り、大鎌を振り下ろした。
もう駄目かと思った次の瞬間、ルベルは後ろへ下がらされていた。気付けば目の前にはシャルロットがいた。光の鎖を自力で引きちぎって、ルベルの元へやって来たのだ。
短剣で鎌を受け止めたように見えたが、実際は違った。
大鎌の先端がシャルロットの左肩に突き刺さり、血が滴っている。ギリギリで割って入ったため、短剣で受け止めることは敵わなかったようだ。
「シャル!」
「マジかよ······」
ジャックは驚きで目を見張った。
シャルロットは息を荒くしながら話始める。
「アンタには······わからないわよ。アタシはこの子に救われた。だから今度は、アタシがこの子を救う番。恩返しってヤツよ」
ジャックはシャルロットの気迫に慄き、大鎌を抜いて後ろへ下がった。
シャルロットはよろめきその場に倒れた。左肩からはさらに多くの血が流れ、シャルロットの腕を赤く染めた。




