侯爵令嬢たるもの【晴田先生サイン会お土産ss2】
侯爵令嬢であるロベリア・オーレンスが生まれた年、公爵家と侯爵家に他に女子は生まれなかった。
ロベリアの遊び相手はもっぱら親戚の四つ年上の公爵令嬢で、学園に入学した彼女からあれこれと聞かされては『淑女の心構え』を叩き込まれた。
「いい? 学園での力関係はそのまま社交界に繋がるわ。なめられたら負けよ」
姉のように慕う公爵令嬢の教えを胸に刻み、ロベリアはたゆまぬ努力で侯爵令嬢にふさわしい教養と礼儀作法を身につけた。
やがて、学園を卒業した公爵令嬢は王太子の元へ嫁いでいき、ロベリア自身も国有数の富裕な貴族であるエレンダイン家の令息と婚約が結ばれ、そして学園に入学する年がやってきた。
「嘆かわしいことに、親の目の届かない学園で羽目を外す生徒も多いのよ。友人はよく見極めなさい」
「傲慢になってはいけないけれど、侯爵令嬢たるものある程度の高慢さは必要よ」
「貴女と同じ学年にはキャロライン王女がいらっしゃるけれど、王女を除けば学年の女子で最も身分が高いのは貴女よ。貴女の振る舞いでその年の女生徒の評価が決まると思いなさい」
公爵令嬢の残した言葉をロベリアは片時も忘れることなく、「侯爵家の娘として皆の手本とならなければ」と覚悟を持って入学した。
***
「ごきげんよう」
「今日の授業は難しかったですわ」
「ねえ、お聞きになった? 他のクラスの子が言っていたのだけれど」
「初めての交流会、楽しみだわ」
「聞いてくださる? 私の婚約者ったら」
ロベリアのクラスの令嬢達は真面目そうでふんわりした雰囲気の子が多く、羽目を外すような者はいなかった。
数ヶ月もすれば学園生活にも慣れてきて、最初の緊張がとれてくる。婚約者のエミリオとはクラスが分かれてしまったけれど、彼は毎日ロベリアの教室に会いに来てくれる。
順風満帆な学園生活――しかし、一年生の終わりに近づいてくると、ロベリアは眉をひそめることが多くなっていった。
原因は同じクラスの一人の令嬢。
「ニコル様ってば、またおひとりだわ」
「お気の毒ねえ」
周りからこそこそと憐れまれ、時に笑われているニコル・ポートレット伯爵令嬢を、ロベリアは見過ごせなかった。
彼女の婚約者はブランズ侯爵家の嫡男。彼は常に王女のそばに従っており、ニコルが一人で放置されているように見えるため、「ニコル嬢は婚約者から冷遇されているのだ」と噂の的となっていた。
ロベリアは憤慨した。
(今は伯爵令嬢――けれど、いずれは侯爵夫人、わたくしと同じ立場になるというのに、あの有様ではいけませんわ!)
そう考えたロベリアはことあるごとにニコルにつっかかった。
「ニコル様ってば、またおひとりですの? 流石ニコル様、お強くていらっしゃるのね。わたくしがニコル様だったらとても耐えられませんわ」
嫌みに怒って発憤すればよし。「どうして私がこんなこと言われないといけないの? むきー!」と憤って、自分の境遇を改善するために正当な主張を婚約者にぶつけるべきなのだ。
(侯爵夫人になるという自覚を持ちなさいな! 婚約者に意見ぐらいできなくて、社交界で生き残れると思っていて?)
ロベリアは婚約者に蔑ろにされ一人でうつむくニコルに、「いつまでそんな情けない立場に甘んじているつもりだ」という想いで苦言を呈し続けた。
***
「今ならわかりますわ。ええ。わたくしが間違っていたと――悪いのはニコル様ではなく、クズにもほどがある婚約者のほうだと!」
放課後の空き教室にて、第一回乙女心教室を主宰するロベリアが壇上でそう断言した。
有無を言わさず連れてこられた生徒その1、その2は頭を抱えて机に突っ伏した。
「……そうだよ、悪いのは俺だよ。笑えよ、ちくしょう」
「私という奴は、なにも気づかずに……そうだ。贖罪の旅に出よう」
ロベリアは「ふん」と鼻を鳴らすと、ケイオスとキャロラインを壇上から見下ろした。
「ニコル様が留学を目指して学んでいる間、お二人にはわたくしが乙女心のなんたるかを叩き込んで差し上げますわ!」
「なんと献身的な行いなんだ! ロベリア! 君の心は朝露よりも清く澄んで美しい!」
自らの婚約者の凜々しい姿に感動したエミリオが惜しみない称賛を送る。
「侯爵家の娘、そしてエミリオ様の婚約者として、当然のことですわ!」
やる気満々のロベリアに、ケイオスは頭を抱えたまま呻き声をあげ、キャロラインは「何故だろう。義姉上に叱られている気分になってきた」と首を傾げた。
現在は王太子妃となっている元公爵令嬢は、かわいがって育てた妹分が学園にて、夫である王太子の妹王女へ乙女心教育を施しているなどとは少しも知らずにいるのだった。