暗転
どこかでソフィの記憶に対するエピソードを入れてたと思ったんですが、読み返してもどうにも見当たらないため、「アルル・リリヤ Ⅰ」に改稿、追加記載しています。
ボツにしたエピソードに入れてたのかもしれないです。
よろしくお願いします。
残された浄化の神殿はあと一つ。
旅の終わりを目前に、私たちは次の目的地を目指して少しずつ少しずつ、前へと進んでいた。
御者台の上で、突き刺すような頭痛に思わず頭を押さえて蹲ると、隣から声をかけられた。
「ソフィ、この辺りで一旦休憩にするか?」
それにこくりと頷きだけを返す。
このごろ私は頻繁に襲ってくる頭痛に悩まされていた。
フェルバラックにいたころから感じていた頭のモヤモヤが段々と締め付けるような痛みに変わり、今や無視できないほどになっていた。
「すみません、足止めしてしまって」
「どうせもうすぐこの旅も終わるし、もっと気楽に行こうや」
セヴランさんは軽い感じでそう言うと、馬車を操って丁度よく開けた空き地へと停める。
フェルバラックを出て一旦荒野に戻ったあと、私たちは最後の神殿を目指して切り立つ崖の乱立する岩だらけの不毛の土地を進んでいる途中だった。
周りを見渡しても赤茶けた岩しか目に入らない光景は、ただでさえ焦る気持ちと頭痛で荒んだ気持ちをさらに追い詰める。
私は休憩の準備をブリジットさんに任せて、少し気分転換しようと辺りを散策することにした。
気分転換しようと少し時間をもらって歩き出したはいいものの、いつになく気持ちが荒んで落ち着かない。それに初めて来た土地なのに、どこか見覚えがあるような気がするのも不安な気持ちを駆り立てていた。
「もしかしてこのせいかな……」
握りしめていた拳を開いて、リンリールさんからもらったあのイヤーカフを眺める。
私にしか見えないあの不明な構築文。だからといって私にはこの構築文を読み解く力もないし、ましてや書き換える力もない。アルル・リリヤにいたときにリンリールさんに解析をお願いするべきだったと深いため息をつく。あのときは黒の一族だのなんだので、そこまで余裕がなかった。今度会ったときには必ず訊こう。
イヤーカフをポケットに直し、再びため息をついて適当に見立てた岩に座り込む。
なにを焦っているのか知らないけど、ここまで来たらあとは悠長に構えるしかない。
大丈夫、大丈夫だ、ソフィ。ここまでなんにもなかったじゃないか。私は一切聖女様を傷つけなかったし、オーウェンも魔術師としての私を認めてくれた。すべてうまくいっている。あの物語の結末とは違う。
――あの物語の結末とは? 私はそこに到達する前に死んでしまって、だからわからなくて……でも前世で読んだはずなのに、思い出せていなかったのに。
そのとき手の中のイヤーカフが震え、急にひどく熱をもったように熱くなった。
「あつっ……!」
なんだろう、これ。既視感がある。いつだっけ……あれはたしか、ルドフォーノンでの神殿のときだった。今みたいに熱くなって、でもあのときはたしかこんなに頭は痛くなかった。
――今は割れそうにガンガン響いている。
「なに、これ……!」
あまりの痛みに視界が霞む。聴覚が麻痺して、聞こえているんだかいないんだかわからない。
思わず地面に蹲る。ふと目の前の光景と見知らぬ情景がリンクした。
『ねぇ、楽しいですか』
聞いたこともない刺々しい声が、開いてもない私の口から漂ってくる。
『私からオーウェンを奪って、オーウェンの愛を独り占めして、そんなに見せびらかして楽しいですか』
目の前にいる聖女様の幻影が怯えたように振り返ってくる。
なんだ……これは。知らない、こんな情景は。こんな、こんな……これは、まさか……!
『私は、ただ……』
『言い訳なんて聞きたくないんですよね』
悲しげに俯く聖女様に、自分が侮蔑の笑みを浮かべたのがわかる。
『もうこの旅も終わりますし、そしたらオーウェンだってあなたのことなんかあっという間に興味を失うでしょう。そうなる前に身の程を知って身を引こうとは思わないんですか? ほんと、周りのことが見えてないんですね、聖女様ったら。だから私がはっきりと教えといてあげますね。これ以上オーウェンにベタベタされても迷惑なんです。オーウェンは私のものなんですから、これからはちゃんと弁えてくださいね?』
『でも、私は……!』
『うるさいんですよ! 誰が口を開いていいなんて言いました? それともまだ痛い目に遭わないとわからないんですか!』
目の前にいる聖女様は私が創り出した幻影だとわかっているのに、現実にいる私はその幻影の聖女様をまるで痛めつけようかとでもいうように構築文を含む手を突き出す。自分の体のコントロールが利かないことに恐怖して、私は震えを抑えられなかった。
「やめて……」
『ずっと警告してましたよね? 先の国でもどの国でも、オーウェンに近づきすぎたら危ない目に遭うって学習しなかったんですか?』
『それは……え、そ……そんな、それじゃ、ソフィが……?』
『今更気づいたフリなんてしなくていいですよ。どうせわかってたんでしょう?』
『ソフィー? ルナー? こんなところでどうした……の?』
オーウェンの幻影まで登場してきて、恐れに身体を戦慄かせる。
悋気の炎を隠し持つ手は言うことを聞かなくて、あまりの恐怖に頭がどうにかなりそうだった。
『二人きりでなにしてるの?』
幻影のオーウェンは一気に警戒したような顔になって、聖女様の前に立ち塞がった。
『ソフィ、その手はなに? ルナになにを向けているの?』
すぐに聖女様を庇ったオーウェン。私を疑って詰問するオーウェン。そのすべてがオーウェンが私を疑っていたのだと伝えてきて、どす黒い悲しみに心がはち切れそうになる。……今にも狂ってしまいそうだ。
『私はべつに……ルナに立場をわからせていただけで』
『じゃあその手に隠している魔術はなに? なんでそんな物騒なものをルナに向けているの』
オーウェンの責めるような視線に、ソフィア・ランドルフの心に燻っていた炎が一気に燃え上がったのがわかった。
『オーウェンは……私のことを疑っているんですか?』
返事をしないオーウェンに、『私』はなおも追い縋る。
『オーウェンはそんなぽっと出の女を庇って、ずっと何年も一緒に過ごしてきて、一番オーウェンのそばにいた私を疑うんですか?』
『ソフィ、僕はたしかに君と何年も一緒に過ごしてきた。君は大切な僕の妹だ。だけどそれとこれとは話が違う。僕たちは今は聖女の護衛だ。僕にはルナを守る義務がある。そしてそれは君もだ、ソフィ。君は今、ルナになにをしようとしていた』
『オーウェン……私を信じてくれないんですね。こんなときまでその女を庇うんですね』
『私』はその手を聖女様に掲げる。その動きに私は悲鳴を上げる。
『平穏な日常を、これ以上ない幸せを、全部その女が奪っていった。オーウェンも、ランドルフ家の居場所も、あなたはなにもかも私から取り上げていく。あなたなんかもう要らない。浄化の旅が終わればあなたなんてっ……なんの価値もないのに! これ以上私の心を乱す前に私たちの前から立ち去ってよ!!』
「やめて……!」
そう叫んだ私に、同時に雷に撃たれたような衝撃的な痛みが全身を切り裂く。あまりの痛みに全身から力が抜ける。倒れ込む身体。それでも信じられない思いで、かろうじて残っていた力を振り絞って後ろを向く。
岩場の陰から姿を現したのは、冷たい目をした『ライオネル・アディンソン』だった。
『ライオネル……なにをしている!』
全身を蝕む痛み。止まらない涙。体が動かない。
ここから逃げられない。
『なにをしたって……その女がルナを害しようとしていたから先手を打っただけだ』
『護衛仲間だぞ! 僕のっ……妹だぞ!』
『護衛仲間だろうが君の妹だろうが関係ない』
『私』の相談相手になって、どうやってルナからオーウェンを取り戻すか親身にアドバイスをくれていた護衛仲間は、まるで人をとり違えたように残酷にフンと鼻で笑った。
『私はルナの護衛だ。ルナを脅かすすべてのものからルナを守る。それが私の役目だ。……それが全うできないのなら、あなたに護衛長を名乗る資格はないな。ルナ、その様子だとその男のそばにいたって到底守ってもらえそうにないぞ。さぁ、こっちにおいで。その男は信用に足る男じゃない。私ならいつだって何者からも君を守ってみせるさ』
『ライル……どうして……!』
混乱する場。オーウェンが怒鳴っている。ライルが嘲笑っている。ルナが泣いている。すべての音が遠ざかり、手足が冷たくなっていく。
身体を蝕む呪いのような痛みは段々と大きくなっていって、やがて黒黒とした炎が私を呑み込んだ。
「もうやめてよ……!」
どれだけ叫ぼうと黒い炎は私を離してくれない。頭を抱えてのたうち回り、手を振り上げて抵抗しようと妄執の炎は呑み込まんばかりに大きく燃え盛る。
「ソフィ……!」
もはや、私を呼んでいるこの声が幻影なのか現実なのかさえわからなかった。
「ソフィ!」
「ソフィ……」
「ソフィ!!」
「ソフィ……!」
色んな声が響き渡り、私を追い詰めていく。
「いやだ……」
誰かの手が助け出そうとでもいうように炎の向こうから差し出されたから、それに縋るように強い力で掴む。
「いやだ……!」
手の先から姿を現したのは、ライルだった。のたうちながら呻く私に、ライルは目を見開く。
「…………助けて……!」
私の意識が持ったのは、そこまでだった。




