“ ” Ⅰ
しばらく投稿できてなくてすみません。
感想とかブックマークとかいただいてとても嬉しかったです。
内容が内容な激重な物語ですが、それでもここまで付き合っていただいているみなさんに感謝です。
ここまで本当にありがとうございます。
私は三日三晩意識を失ったまま苦しんで、――それから目を覚ますと同時にとうとうすべての記憶を思い出した。
十ニ才の脳と体じゃ耐えきれなかった残りの記憶。聖女の浄化の旅の物語の、私が死に敗れた後のその後の結末まで。
物語は続いていた。この物語はハッピーエンドでは終わらなかった。この物語は――私がいようといまいと、悲恋で終わる。
だから私は前世で憤っていたんだ。こんなのおかしい。こんな結末で物語が終わるなんて到底消化しきれない。もしも私がソフィア・ランドルフだったら、身勝手な嫉妬に狂ってばかりいないでもっとやりようがあったのに……。そう私は前世で考えていた。
ソフィア亡き後の哀しみが伴う浄化の旅。ぎくしゃくする旅の仲間。徐々に隠していたオーウェンへの敵意を剥き出しにしていくライオネル。二人の男に翻弄される聖女。いくつもの心労を抱えた聖女はそのまま旅の終点に着き、そこで真の目的と対峙する。だが弱りきった聖女はすべての力を使い果たし……このまま物語どおりに進むならば、聖女はそこで死ぬ。最後の浄化の神殿でその命を落とす。聖女の浄化には二つの意味があった。一つはこの世界が放出された魔力に満ちて淀む前に浄化するため、もう一つは――。
部屋に誰もいないのを見計らって震える手で手紙を書き、オズワルドの魔術鳩に括り付ける。なるべく急ぎで到着するように構築文を描き換えて、それを窓から放つ。
オズワルドが早く気づいてくれますように。そう願わずにはいられなかった。
それから私は体調不良が続くと言い張って、何日も宿屋の自室のベッドに籠もった。
みんなもちろん、心配してくれた。ブリジットさんなんか聖女様のお世話もあるだろうに、一生懸命に私まで看病してくれた。それでもベッドから起き上がらない私に、オーウェンは医者を呼ぼうとまで言ってきた。それにもう少し休めばよくなるからと首を振りながら、ひたすらそのときが来るまで待つ。
聖女様の浄化の旅は、私のせいで一歩も進まずに中断したままだった。
――その日の夜。
開け放した窓から鳥の鳴き声が聞こえた。その音にベッドから起き上がる。オズワルドの魔術鳩だ。急いで着替えてあらかじめ用意していた荷物を持つ。ブライドンのローブとライルからもらったブローチは置いていく。どのみちこの計画が成功したところで、私は……。
そのタイミングで、部屋の扉が開く。
「ソフィ……?」
そこにいたのは聖女様だった。
「薬を持ってきたけど……」
聖女様は私の様子に混乱しているみたいだった。
「起き上がれるようになったの? 大丈夫?」
「聖女様」
まっすぐに向けられるライラックみたいな綺麗な色の瞳から目を逸らす。
記憶を取り戻したおかげで、自分のしなければならないことが明確にわかった。それを成し遂げるために……この旅は邪魔だ。聖女様はもういらない。彼女はここでゆっくりとオーウェンと待っていればいい。
「聖女様、まだ私に隠していることがあるでしょう?」
今まで出したこともないような無機質な私の声に、聖女様が息を呑んだ。
「前に話した白の一族の、青年」
「っ! ……」
「聖女様が浄化のときにいつも流す二番目の構築文、あれはその青年の力を封じるためのものですね。浄化に加えて異端の青年の力を封じるための魔術を酷使して、聖女様の身体は……本当はもうボロボロのはず。次にその力を使ってしまえば、聖女様自身も無事じゃ済まない。違いますか?」
聖女様は震えたまま、答えてくれなかった。
「いつだって……聖女様は肝心のことは黙ってますもんね。大事なことは自分一人で抱え込んで、この世界の人にはなにも伝えずに一人で成し遂げようとする。オーウェンにすら本当の目的を伝えないなんて。この旅が終わったら自分がどうなるかも言ってないんでしょう? でもそれって、」
窓際に後退った私を、聖女様は愕然としたような見開いた目で見つめている。
「残されたオーウェンのことはどうするつもりだったんですか」
聖女様の瞳が切なく揺れる。
「ただ美しい愛だけ与えられて、幸せな思い出を積み重ねて、でもこのあとあなたはいなくなる。それじゃあ残されたオーウェンはどうなるんですか。あなたがつけた消えない傷を一生背負って一人で生きていけと、そうおっしゃるつもりだったんですか」
「それは……」
「私はそんなあなたが、ずっと許せませんでした」
聖女様が息を呑んで、口を覆った。
「誰よりも美しくて、優しくて、高潔で、平等で、誰にでも受け入れられて、愛されて……オーウェンもライルも、すべての人の心をあなたは持っていく。そしてあなたはそんな人々の心を奪ったまま、黙って立ち去るんだ。つけた心の傷も癒せずに、深い爪痕を遺したまま」
「ソフィ、それは……今までみんなに黙っていたのは本当に申し訳ないと思ってる。でもまずは私の話を聞いてほしいの。私たちはあまりにもお互いについて話さなかった……どうかソフィ、今こそ私の話を聞いて……!」
「今さら遅いですよ」
窓の桟に触れ、そこに腰掛ける。私の棘だらけの言葉の数々に、かわいそうに聖女様は心配になるほど青褪めて震えている。今にも零れそうな涙がきらりと光って、ああ、こんなときまで聖女様はどこもかしこも綺麗なんだとぼんやりと思った。
「あなたと話す時間なんてとっくにないんですから。私はもう、決めました……残念ながらあなたとはここまでです。私は私で好き勝手にさせてもらいます」
「ソフィ! それでも私は……!」
床にふらりと蹲ってしまった聖女様が縋るように見上げてくるから、その顔をちらりと一瞥する。
「あなたの決意もなにもかも……すべて私が持っていくと、すでに決めてしまいましたから」
そのまま私は窓から飛び降りるように身を投げた。
唐突に窓から飛び降りた私を、下で待っていたオズワルドが風の魔術を出して受け止めてくれた。
「急に呼び立ててすみません」
手を引っ張ってもらって彼が乗っている馬に私も乗せてもらう。
「事情はあとで話します。すぐに出してください!」
ライルの魔術感知に引っかかったことは明白だった。予測どおり、間髪置かずに宿屋の扉が乱暴に開かれ、息を乱したライルが飛び出してきた。その後ろにはオーウェンも控えている。
「ソフィ……!?」
信じられないようにこれでもかと目を見開いているライル。その視線から目を逸らす。
「……私の部屋で聖女様が倒れていますよ」
その途端、オーウェンはすぐに聖女様の元へと駆け出していった。
「……どういうことだ? なにをするつもりだ、一体」
ライルの声が震えた。締め付けられるように胸が痛む。
「その男とどこへ行くつもりだ。……お願いだ、ソフィ。話してくれ。黙ってないでちゃんと言ってくれ」
じっとあの煌めくようなアイスブルーの瞳が、懇願するように私を見つめている。
「なにがあった。どうなってる。どうしてこんなことを……黙ってたってわからない。君のことを……むやみに責め立てたくないんだ!」
ライルが震える唇を噛み締める。
「なにか事情があるのか……私じゃ駄目なのか」
オズワルドの馬が嘶き、我に返る。
「なにも教えてくれないまま、君はその男とこのまま立ち去るのか……? ソフィ、ソフィ……! お願いだからなにか言ってくれ!」
ライルが白い手を伸ばしてくる。
いつも私を掴まえてくれていた、体温の低い手。
「……ごめん」
ライルがその言葉と同時に手を振りかぶった。
「オズワルド、目眩ましです! 行って!」
オズワルドは瞬時に馬を蹴って、素早く手綱を操る。
辺りを眩い光が包み、つんざくような音が鳴り響く。嘶く馬にオズワルドが手を添えている。ライルからの第二撃の雷が来る前に、今度はこっちから辺り一面に霧を撒く。すぐに視界は悪くなり、私の心を締め付ける淡い淡いアイスブルーの瞳もあっという間に隠れて見えなくなった。
「ソフィ……!!」
響く嘶きとともに、景色はすぐに後方に遠く流れていく。ライルの姿は深い霧の向こうに置いてけぼりになった。




