表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三国志の乱世を見てご先祖様が歎いておられるようです  作者: ニャンコ教三毛猫派信者
第3章 三国志
44/53

趙雲、いいところ持っていく

「ああっ、お待ちください、聞いてくださいわが(きみ)

嫌だ、死にたくない、助けてーッ!」


龐統のやり過ぎなくらいの迫真の演技だった。

関羽、張飛などはすっかり騙され、目を伏せて死に行く龐統に哀悼の意を表した。

しかし、刀を振りかざした兵士がすわ断頭、というところで劉備が初めて口を開いた。


「まあ待てお前達。それに孔明。仮にも友人をそう易々と切るな」


「で、ですが……」


劉備は反論を許さなかった。まあ台本通りなのだが。


「龐統、曹操と孫権を見限ったのは正しい判断だったな。

だが最後の最後で間違えた。天下を統べる器はこの劉備だけだろ?」


「もちろんですわが(きみ)! 私が仕えるのはあなた様だけでございます!」


「お前たちも知っての通り、曹操と劉修を相手取る上で人材をむやみに斬ることはご法度だ。

龐統も今までよく尽くしてくれた。死罪は勘弁してやれよ」


「しかし主君……龐統は紛れもなく罪人。軍法に照らし厳罰に処さねば!」


「人は厳しさだけではついて来ないぞ孔明。沙汰を下す、よく聞け。

龐統は無期限で牢屋に入れる。反省したら出してやる。以上だ」


「ははーッ!」


龐統は嬉し泣きの涙をこぼしながら床に額をこすりつけて土下座した。

これを見ても関羽、張飛などは一切芝居に気づく様子もない。


「はっはっは、関兄。今日の長兄(りゅうび)は何だか珍しく威厳に満ちておるなぁ!」


「漢中王を襲名し、いよいよ兄上も一国の主としての貫禄と矜持を身につけられたのだ。

その弟であり、また腹心の部下である我々も気を引き締めねばならん」


関羽はいつも通り赤い顔で髭を撫でさすりながら言った。


「全くその通りだぜ兄貴!」


張飛も酒を飲んで赤い顔をし、まさか目の前の寸劇が全部演技とは思いもよらなかった。


「それにしても龐統のやつめ、敵と通じておったとは!

これは我らが長兄を守るため、目を光らせねばならんな、兄貴!」


「全くだ。この時期に内部がバラバラになっては、勝てる戦も勝てなくなる」


と言いつつ、肝心の劉備はあえてバラバラな状態を作って曹操を誘いだそうという腹だ。

曹操は、劉秀が離間の計で劉備陣営を内部崩壊させ、その隙にまるで浸透するかのように益州に滑り込んで実権を握り、なるべく流れる血を少なく勝利する予定だとは聞いていた。

もちろん頭のいい曹操は真に受ける事はあるまい。


曹操は劉備軍がバラバラの隙に一部を取り込み、それをもって劉秀と決着を付ける戦力にする構想だ。

未だにあの時の借りを返すことが曹操には出来ていない。

あの時、司令官クラスであった張遼、曹洪を失って大幅に戦力が低下したのだ。


憎悪に燃える曹操はもうすでに決めている。十万対三万以上の戦力差を作りだし、漢中で劉秀を仕留める。

暗殺してもよかったのだが、それでは面白くないと思い、長安では逃した。


例えば歴戦を潜り抜けてきた旧友すら容赦なく殺せる劉邦などならば殺していた。

軍師連中が劉備を殺せと言って曹操は殺さなかったが、劉秀を長安に呼んだときも軍師は異口同音に劉修は殺せと言った。

それでも曹操は逃がした。曹操とはそういう男だ。


曹操は曹操でしかない。有利な時ほど慢心し、不利な時ほど強くなる厄介な男だ。


その曹操が復讐に燃え、巨大な戦力を整えて漢中で決着を付ける気でいる。

前にも劉秀をハンニバルに例えたが、やはり今回も構図としてはハンニバル対ローマのようだ。


ハンニバルと戦って七から八万とも言われる凄まじい犠牲者を出したローマは、総力を挙げてこれに対抗。

七万もの兵を出し、カンナエの地でたった五万のハンニバル軍に決戦を挑んだという。


ローマはカンナエの戦いでハンニバルによって七万の犠牲者を出す空前絶後の大敗北を喫したが、果たして曹操は同じ轍を踏むであろうか。

少なくとも曹操はローマのような合理性には欠ける、遊び癖のある男だ。


ローマは「ハンニバルと真正面から戦うだけ無駄」と悟って戦わない道を選んだ。

曹操にそのような合理性はない。やると言ったらやる男だ。


陰麗華は曹操は決戦を挑んで来ないと読んでいたが、皮肉にも曹操の非合理さが裏目に出た形となる。


龐統が牢獄へ入れられて三日。8月22日。


この日、ようやく面会の叶った趙雲は龐統に現在の離間の進捗度を報告していた。

もちろん看守は買収され、牢獄には誰もいない。


「軍師、この三日の間に曹操からの書状が幾通も届いております。

このことから考えて、曹操もやはり、この誘いに乗ってきたものかと」


「ふむ、実はそのことなんですが将軍、実は耳に入れたい事が」


龐統は、こうみえて趙雲より年下である。敬語を使うのは当たり前だった。

趙雲は誰に対しても丁寧な口調だが。


「で、それは?」


「光武帝は言ってきておらぬが一つだけ確信している事がある。

それは今回の戦い、実は曹操どころか我々も騙されているのではないかと」


「……どういうことです?」


「今までの事を思い返して見なされ。光武帝の戦い方を。

あの方は今まで命知らずに見えて全て勝つ算段を整えて戦いに望んだ。

十万を三万で破った江陵の戦いでは、敵に紛れた荊州兵は寝返ると確信していた。

七万を五万で破ったこの前の戦いでは、何から何まで計算したうえで順当に勝った。

さてそう見てみると今回の戦いは一つ穴があることに気がつく」


「穴? 曹操が守りを固める事ですか?」


「ご名答。光武帝がその対策をしていないということがあろうか?

いや、間違いなく対策をしている。我々にすら教えていない秘策がきっとある。

いくら光武帝でも守りを固めた敵はそう簡単に落とせぬ。

この難題を解決する方法が一つだけ存在する」


「……それは?」


「揚州兵を率いての許、洛陽急襲作戦。これをやられると痛い。

ただでさえ我らが主君は漢中王を襲名したばかり。

今まさに気運は劉に集まり曹操は光武帝にも周瑜にも負けっぱなしと来ている。

これ以上の負けは避けたいところへ洛陽と許が脅かされれば……曹操の求心力は大幅に低下する。

もし万が一曹操が帰ってくるまでにそれらの城塞都市が開城すれば、もはや曹操に明日はない」


龐統の言う通りだった。劉秀は常に最適に近い方策を考える。

そのため付き合いが長いわけではない龐統でも最善を考えれば自然と同じ答を出せる。

そして曹操のもっている土地の国力が非常に高いので、総兵力十五万を計画している再度の漢中侵攻作戦の最中にも、許や洛陽が包囲された際に他の都市から救援で数万の軍を出すことができる。


劉秀からしてみればむしろ好都合な話だ。

この救援、まさか汝南(じょなん)から来た五万程度の都市攻撃部隊を指揮するのがあの怪物劉文円だとは毛ほども思っていない。

ナメてかかって、真っ向から勝負を挑んでくれる事だろう。

あくまで本命は劉秀指揮による許と洛陽の陥落と、それを阻止する救援部隊の完全な撃滅。


実は劉備軍をバラけさせ、二つの派閥に分けて争わせ、そこに劉秀と曹操がそれぞれ介入することで益州と荊州の派閥争いを劉秀と曹操の争いにすりかえ、漢中でドでかい合戦にまで発展させる。

という作戦自体が茶番である可能性が龐統の頭脳の中で浮いて出てきたのだ。


曹操を劉秀が出てくるという餌で釣って漢中へ誘い込み、その戦にだけ目を集中させる。

その間に劉秀が許、洛陽を攻撃するという作戦。

ということは、この益州でこれから起こる大戦(おおいくさ)そのものが単なる囮である。


龐統からその仮説を説明された趙雲はしばらく呆気にとられた。

単なる前線指揮官の一人に過ぎない趙雲には、あまりにも話している内容がデカ過ぎると感じていたのだ。


「ど、どんな頭してたらそんなこと思いつくんですか……」


「さあ詳しいことは。しかし【光武帝だから】と考えれば納得が行きます」


「うむ……光武帝だからと言われてしまえば全部それで片付いてしまいますな」


「左様ですな。もしこれが上手く行けば……曹操を倒してこの乱世に終止符を打つ事すら可能です。

軍師殿。どうやらこの乱世を見てご先祖様が歎いておられるようです。

だから乱世を治めるに相応しいご先祖がこの時代に舞い降りた。

あの方に正体を伝えて頂いたのも何かの縁。

苦しむ民を救うためこの趙雲、光武帝の策を成功させるため尽力しましょう」


龐統は息巻く趙雲に意地悪な質問をぶつけてみた。


「では劉玄徳と光武帝ならばどちらをとるので?」


「それは……」


「いや、愚問でしたな。将軍は裏切りなどすまい。失礼した」


「いえ……」


趙雲は龐統と会話するだけすると、光武帝の作戦とやらを胸に刻んで退出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ