勇者の資格 9
牛舎の片隅で、二人で相談を行う。
サクラは牛舎の片隅を掘ると、古いお茶漬けの缶を取り出した。
雲丹山葵茶漬けと書かれた缶から、何度も書き直された計画書をとりだし、リツに説明を行う。
サクラの案は、リツにはとても魅力的に思えた。
点在する集落と共同戦線をはる。
あわせて、ワクチンをばら撒く。
ワクチンの投与が終わり次第、ウィルスをゴブリンにばら撒き、その数を減らす。
3割から5割の致死率を持つその病の名は「天然痘」と呼ばれる。
遠い過去に駆逐されたその病は、いまは限られた研究所の保管庫に置かれ、小さな瓶に僅かな痕跡を残すばかりである。
天然痘への対応策は「牛痘」。
牛から感染するその病は、人間には大きな症状を起こさない。
数日の気分が悪いくらいのものである。
しかし、牛痘にかかったものは、天然痘にかかっても、大きな症状を起こすことはない。
1976年までは、日本でも予防接種として、牛痘より作られたワクチンが用いられていた。
天然痘ウイルスの感染力は非常に強い。
患者のかさぶたが落下したものでも1年以上も感染させる力を持続する可能性がある。
共食いを行う彼らであれば、さらに感染する可能性が高い。
2週間ほどの潜伏期間を経て、体に大きな膿疱をつくり、連鎖的に感染を続ける。
40度以上の高熱を発することもあり、彼らの数を減らすには有効だとサクラは語る。
しかし・・・。
ワクチンを得ることが出来なかったものはどうなるのだろう。
野盗の類は死んでもいいと、リツは考えている。
しかし、こちらが知らぬ集落もあるだろう。
何らかの理由でワクチンの接種が出来なかった場合は・・・。
サクラはその点については、説明をしなかった。
リツは問おうとするが、口から言葉がでなかった。
「心配?私一人でもやるつもりよ。結果は変わらないわ。」
サクラは質問を見越したように、そう答える。
自分が危惧していることに、サクラも気が付いている。
そして、そのうえでこの提案を行っている。
恐らく、効果は絶大なのであろう。
大して頭の良くない自分でもわかるほどだ。
そして、大きな代償がつきまとうことも理解する。
『代償は、見知らぬ誰かの命』
沈黙をやぶり、サクラが話す。
「このままじゃ、どのみちみんな死んでしまうのよ」
サクラの言葉が、リツの背中を押す。
サクラの瞳がジッとこちらを見つめている。
「私を止めても、もう無駄よ。殺されても構わないよう手段を考えてある。」
サクラは震えた声で、脅すような言葉を放つ。
言葉を聞きながら、リツもサクラを眺める。
サクラの声は震えている。瞳には涙を溜めている。
手足は震え、顔には血の気が無い。
死ぬのが怖いわけじゃない。
協力者が少なければ少ないほど、生き残るものは減るだろう。
サクラは祈るようにリツを見つめ返す。
リツが歩み寄り、その手を伸ばしてくる。
誰よりもやんちゃで、お転婆で、優しいリツ。
研究所の子供たち皆が愛する姉は、この考えを否定するだろうか。
サクラは震える手を必死で抑え込み、ただ答えを待つ。
-------数十秒の沈黙の後に-------
リツは幼いその頭を抱きしめて、できるだけ優しい声を絞り出す。
「大切な部分は、二人だけの秘密にしましょう。それが協力する条件よ。」




