勇者の資格 10
サクラは痛いほどに頭を抱きしめられて、涙を流した。
本当のことは、まだ全部伝えられていない。
考えられる最悪の事態を、リツに話していない。
リツが想像するより、ずっと多くの人が死ぬ。
そしてその苦しみは、随分長く続くことになる。
以前の世界とは違う。
今の世界の状況で、再び人類が天然痘を駆逐できるかは、保証できない。
それでも、リツはこんなにも優しい。
隠されていることがわかっていて、それでも受け止めてくれている。
「くるしいよ お姉ちゃん」
小さなころは、血が繋がらないリツのことも、本当の姉のように慕っていた。
「お姉ちゃん」とリツを呼んで、後ろをついて回ったものだ。
何時ぶりかのその呼び方に、リツが答えて強く強く抱きしめる。
「いこう」
リツはようやく腕をほどくと、サクラの手をつないで皆の元へと戻る。
サクラも強く手を握り返す。
サクラは考える。
私たちの進む道は、祝福されてはいない。
誰よりも罪深いことを、これからやるのだ。
結果がどれほどうまくいったとしても、沢山の怨嗟の声に包まれるだろう。
必ず少なくない犠牲が出る。
聡い研究所の住民は、いつか真実に気が付く。
その時、自分たちはどうなるのだろうか・・・。
リツの顔を見上げると、ニコッと笑って返される。
眩しいその笑顔が、この人を巻き込んだことを後悔させる。
本当は最初から、リツに目を付けていたのだ。
直情的で、思考の浅いリツであれば、仲間に引き込みやすいと。
でも本当は、優しい姉に助けを求めていたのかもしれない。
もし、リツが責められるようなことになったなら・・・
サクラは自分がすべての断罪を受ける覚悟を決める。
その時は、どうすべきかを考える。
いい考えが思いつく前に、集会所の扉にたどり着く。
考えがまとまらず、おもわず足を止めてしまう。
いまさら躊躇しても仕方がないのに・・・。
リツは急におどけたように笑うと、サクラの頭をもう一度抱きしめる
「大丈夫。全部お姉ちゃんのせいにしていいから。」
言葉に詰まる。
瞳から涙がこぼれる。
あぁ自分はなんて愚かだったのだろう。
二宮良子に賢いと褒められて、大いに勘違いしていたのだ。
「ごめんなさい」
リツは笑って答える。
「いいのよ。私がやるって決めたんだから。」
ちがう。狙って引き込んだ。
「ごめんね。サクラがこんなこと、考えなくていいようにしてあげられなくて。」
ちがう。ちがう。
リツは少しも悪くない。
でも、どう伝えるべきかわからない。
「サクラはここで待っていなさい。お姉ちゃんにまかせて。」
頭をなでて、もう一度笑って・・。
彼女は集会所の扉をあけ、中に進む。
自分はついてはいることもできない。
何かを考えることなんて、誰にでもできる。
罪の意識を持つことなんて、誰もが持つことが出来る。
でも、あんな風に笑って、誰よりも覚悟を決めて。
ただ前に進むことが、私にはできない。




