勇者の資格
集落に救うゴブリン達を一掃する。
一際大きな体躯の共食いモルフは、こちらを興味なさげに見ていた。
その姿は、まるで何かの呪いを思わせる。
銃口を向け処分する。
抵抗もなく、崩れ落ちたソレを眺め、何かに祈る。
これまでの状況、彼らの生息数、そして自身の経験が、すでに健全な生態系が終わりを告げたことを確信させる。
彼等の異常な増殖の結果は、どの範囲まで影響を与えているのだろう。
頭の中の計算は序盤でひどい数値を叩きだし、それを途中でやめる。
いままでも薄氷を踏むようなバランスで、何とか保たれていた世界。
それは千に一つ、万に一つの幸運であったのだろう。
いま、それが崩れ去ったことを知る。
「私の・・子供たちの世界が終わってしまう・・・」
もう一度やり直すことは出来ない。
改めて様々な生物を再生し、繁殖をしなおすのに必要な材料は、もう無いものも多い。
なにより研究所の施設は老朽化しており、以前と同じように使用することは難しい。
機器の専門家ではない自分には、復旧できない問題が多発していた。
世界のバランスは、一度崩れてしまえば、立て直しが不可能である。
研究所に残してきた、受精を済ませたばかりの女性たちの顔がちらつく。
彼女らも、自分の子供たちのようなものだ。
新たに生まれてくる命がある。
自分はまた、彼らに絶望を与えてしまうのだろうか・・・・。
怒りのあまり、廃墟の壁に拳をぶつける。
もろく崩れ落ちた壁が、さらに気持ちを不安にさせる。
現状を打開する策は、もうないのだろうか。
今までも苦しいことはあった。
何とか乗り越えてきたではないか。
ゴブリンの巣窟となった廃墟をまわり、銃を撃ちながら考える。
余裕をもって用意してきた銃弾の大半を撃ち尽くし、ようやく殲滅が終わる。
深いため息をつき、廃墟となった町を出ようとする。
バリケードの門をでると、多数の視線を感じる。
仲間の遺体をもとめ、多数のゴブリンがこちらを見ている。
酷い違和感を感じる。恐怖といってもいい。
森が動くように感じられて、周囲から数え切れぬ息遣いが聞こえてくる。
その数は計り知れない。
モニターを調整し、生物を探るよう切り替える。
画面上に表示される、白く四角い生体感知の表示が、画面を埋め尽くす。
多くの金色の瞳が、周囲をぐるっと取り囲み、自分が去るのを待っている。
彼女の想定をはるかに超える、その数。
周囲に潜むゴブリンの呼吸音が、まるで耳元にいるかのように、大きく聞こえている。
コヒュウ コヒュウゥ
百数十年の孤独な戦いを続けてきた良子の心の中で、何かがコトリと音を立てて倒れた。
そして、彼女は考えることを放棄してしまった。
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ブーン
強化防護服の中の機械音で目が覚める。
頭が鈍く痛み、世界が曖昧に感じられる。
息が少し苦しく、歩くことさえ重荷に感じてくる。
私はフラフラとしながら、初めて立ち上げた町に戻ろうとしていた。
あぁ あそこに戻れば、あの頃の顔に会える・・・。
・・・。
良子が駅の町を立ち上げたのは、もはや数十年前である。
今の彼女はそれすら認識することが出来ていない。
道中に何体か、ゴブリンやオーガを見かける。
良子は、それが何かもわからず、ただそれを見つめて通り過ぎる。
雨が降り始め、モニターに水滴が映る。
ぼやけて見える景色には、懐かしい顔が映っているような気がした・・・。
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ユウタは今シェルターに来ている。
研究所からきた3名のうちで、一番回復が早かった為だ。
最初はバイクの回収に来ただけであった。
バイクを回収しに向かった先で、腕を庇いながら歩く女性を見かけた。
なんとなくほおっておくことが出来なかった。
理由なんてない。
なんとなくだ。
最初は傷を見てあげることから始まり、それからシェルターに足が向くようになった。
コウは積極的に、少年たちを連れて食料採取を行っている。
主に魚や、植物の採取を行っているようだが、順調なようだ。
ときおり、彼らに笑顔がみられる。
少年たちやコウがいないときは、シェルターは手薄になる。
そのうちに、自分が留守を守るようになり、いつの間にか移民の彼らと打ち解け始めた。
女性の腕の傷を確かめる。
刃が潰れていたとはいえ、鉈で切り付けられた腕の傷は重い。
骨は折れているだろう。
指が動くのが、少ない救いである。
何も言わず、傷を洗い新しい布を巻く。
相手も何も言わず、黙って従っている。
最初は明るく話しかけてみたりもしたのだが、彼女の心は罪悪感で占められているようだった。
無理に返事をさせることはない。
そう思って、黙って接するようになった。
自分が見張りを行っているときには、なるべく移民達を中で休ませるようにする。
彼等は主力の男性メンバーを失っているだけでなく、長い旅で疲れ切っていた。
僅かでも、安心して休める時間が、彼らには必要だった。
ユウタしかいない時を見計らって、老人たちも現れるようになった。
かまどや防御の為の柵を作っていく。
そうして彼らは何も言わずに去っていく。
自分も何も言わず、頭を下げて見送る。
何日かそんな日が続いた。
何時の頃からか、その背中に腕に包帯を巻いた女性が側にいるようになった。
お互い話すことはない。
ただ背中を合わせて座り、外を見張る。
ユウタはその時間が好きだった。
なんの会話もない、二人での見張り。
ただ側にいることが、なんとなく好きだった。
久しぶりに女性の声を聴く。
「あれは・・・人のようだけど・・」
雨の中をフラフラと進む、鉛色の人型・・。
覚えがある。
「待っていて、自分の仲間だ」
そう告げて、ユウタは立ち上り、手を振る。
相手は気が付かぬように、フラフラと歩いている。
その後方には、数体のゴブリンとオーガが見える。
まずい、状況はわからないが、此処に引き寄せるわけにはいかない。
ユウタは声をあげて、駆け寄り、鉛の体を叩く。
「後ろっ、2時の方向、4体っ」
そう告げる。
強化防護服を着たソレは鈍く振り返るものの、あるべき反応はない。
恐らく、良子が中にいるのだろうが、何か異常があったのだろうか。
まるで夢遊病のように、彷徨っている。
そのまま駆け抜けてオーガに銃弾を浴びせる。
オーガが苦悶の声をあげて倒れる。
残りは・・・逃げていない。
ゴブリンたちが奇声をあげて、向かってくる。
鉄片のナイフを構えるもの、石を投げるものもいる。
3体と一人。
正面を切っての戦いであれば、五分五分であろう。
投石と合わせてであれば、僅かにこちらの分が悪い。
本来なら、逃げるべきである。
相手を倒せても、自分が傷を負えば取り返しがつかない。
後方の女性が気になる。
良子の様子もおかしい。
大柄な体格であるが、気が弱く、常にリツやリクの背中を守っていた自分。
今は彼らはいない。
自分がやるしかない。
「さぁ こっちだ」
挑発するように、声を出しシェルターから距離を取る。
ドクンッ ドクンッ
心臓の音が聞こえるほど高鳴っている。
俺がやるしかない。




