死闘
ご意見、感想を頂けると嬉しいです。
ユカリの涙を指ですくう。
「大丈夫」
出来るだけ笑顔で、出来るだけ明るく、出来るだけ心を込めて。
そう伝える。
治療に使った布をつなぎ合わせ、室内の小さな机を立てに置く。
机をぐるっと巻いて、手持ちを作る。
机の脚が邪魔をして、十分とは言えないが、盾がわりだ。
あまり長い時間、扉を離れるわけにはいかない。
あれほど必死に守ったのだ、無駄にするわけにはいかない。
時計は西暦2200年8月31日11時30分
目が覚めてからおよそ1ヶ月と少し。
本当に、いろいろあったな。
シェルターの扉開閉をユカリに説明する。
銃を渡すことも提案するが、ゆかりは首を振った。
電動音が響かせて扉が開くと、空が見える。
空は薄暗く、激しい雨が降っている。
ようやく一人分の隙間がひらき、机を掲げ外の様子を見る。
投石はない。
人影は・・
そう思った瞬間に、頭上に衝撃が走る。
頭上から掲げた机に何かが叩きつけられ、体のバランスを崩す。
ユカリの悲鳴が聞こえる。
緑色の足が一瞬視線に入る。
ゴブリンだ。
机ごと体を引っ張られ、地上に引き上げられた。
体が投げ出され、背を打ち付ける。
泥が跳ね、全身が濡れる。
息がつまるが、声を絞り出し「閉めろっ」と叫ぶ。
体を転ばせると、机が体の横に打ち付けられる。
ゴブリンの持つ鉈に机が刺さり、それがそのまま振り回わされている。
銃を構え、胴を狙い撃つ。
発射の寸前に、手元を払われる。
銃がはじかれ、弾がそれる。
地面を転がり、距離を取り、顔をあげる。
相手が見える。
そこには、人と同じサイズの怪物がいた。
体は絞られた筋肉質、金色の瞳、緑の肌、背は自分より高い。
口元からは涎が漏れ、呼吸音をたてて背で息をしている。
周囲からの投石はないが、周りの状況まではわからない。
こちらに駆け飛び、机が刺さったままの鉈が振り下ろされる。
机の脚が先に地につき方向が狂う。寸前で、直撃をまぬがれる。
身を引いて立ち上がり、相手と向き合う。
ゴブリンは足で机を引きはがし、大きく吠える。
足元の泥を掬い、目に向けて投げつける。
金色の目が閉じられた一瞬を狙い、右足へ手斧を振りつける。
足に深く、手斧が刺さる。
相手が鉈を振りかぶり、手斧から手を放す。
足に手斧が刺さったままになる。
大きく鉈が振りかぶられ、振り下ろされる。
モーションが大きい。
体ごとぶつかり、相手を押し倒す。
ゴブリンは倒れたまま、鉈をこちらに向けて、振り下ろそうとしている。
振りかぶった腕の根元に、肩をぶつけ腕を止める。
金色の目が、こちらを睨らみつける。
目を狙い二本指を突っ込む。
固い感触が指に伝わり、目玉を滑り瞼の内側に、深く突き刺さる。
もがき縺れながら、体を蹴り上げられる。
体ごと跳ね飛ばされて、地面に背から落ちる。
ゴブリンが先に立ち上がり、鉈を真上から振りかざす。
横に跳ね飛びかわそうとするが、太ももを鉈が打ち付ける。
強い興奮で痛みは感じないが、傷の深さはわからない。
相手は致命傷だが、逃げる気配はない。
指で貫かれた右目の眼球が。あらぬほうを向き、右足に刺さる手斧から血が滴り落ちている。
依然戦意は衰えていない。
左の目が、こちらをしっかりと捕らえている。
どちらかの命が尽きるまで、終わらぬ戦い。
ゴブリンは足を引きずりながら、ゆっくりと向かってくる。
距離を取ろうとするが、打たれた足がうまく動かない。
這うように、距離を取る。
視線の先に銃が入る。
弾はあと一発。
銃と相手の距離を、目測る。
目線に気づかれ、相手が銃に目を向ける。
鉈で銃を弾き、こちらを向いてニヤリと笑う。
自分の顔が、絶望に染まるのがわかる。
勝利を確信したのだろうか。
ゴブリンは誘うように、手を突き出し手首を内側へと振る。
『タスケテ コロサナイデ』
緑色の口が笑い、つぶやく。
呆然として、その言葉を意味を考える。
こいつら、その言葉を人間の鳴き声と勘違いしているのではないだろうか。
どれだけの数を殺せば、そのように誤解するのだろう。
血が沸騰したように滾り、目の血管が切れ、視界が赤くなる。
足元の泥を掴み、歩み寄るゴブリンに投げつける。
ゴブリンは上半身を器用に動かし、泥をよけ、そしてまた呟く。
『タスケテ コロサナイデ』
楽しげに、笑いながら。




