77.でも、お高いんでしょう?
「ひぇっひぇっひぇっ……。いらっしゃいませ……」
私たちは先日訪れた魔法のお店にもう一度寄っていた。
前回と同様、いかにもなお婆さんが出迎えてくれたが――二回目となればもうどうということはない。
「こんにちは。あ、商品が補充されてますね」
「ああ、お前さんかい。この前はたくさん買ってくれてありがとうねぇ……」
「いえいえ、おかげ様でこちらもいろいろと捗りました」
店内の商品を見回すと特に目新しいものは増えておらず、前回と同じ品揃えだった。
多少は並びが変わっているものの、置いているものはまったく同じ。
うーん、素材の補充はできるからそれはそれで良いんだけど、新しく作れるアイテムが増えないのは残念かな。
でもマンドラゴラの根とかできるだけ持っておきたいものもあるし、ひとまずは買っていこう。
「それじゃ今日はここからここまでと、あそこからあそこまでと、そこからそこまでください」
「あ、ああ、毎度あり……。それにしてもお前さん、景気が良いねぇ……」
確かに最近お金がたくさん手に入ってるからね。景気が良いといえばまさにその通りだ。
「はい、いろいろとやらせて頂いてます」
「――ふぅむ……。そういえば最近ウワサになっている錬金術師……アイナっていうのはお前さんかい?」
「え? アイナは私ですけど、ウワサになってるんですか?」
「ほぉ、やっぱりお前さんかい。いや、何でもコンラッドを改心させたっていうじゃないかい……?
それはそれは、方々でウワサになっているよ」
「ははぁ、そっちですか……。いえ、このお店で買ったマンドラゴラの根からちょっと薬を作ってですね、それでまぁいろいろありまして」
「ほぉ、錬金術で改心させたのかい。見かけによらず、ずいぶんな腕前なんだねぇ……。それにしても一体どうやって……?」
「んー。ここだけの話ですよ?
『性格変更ポーション』というものを作って、何だかんだでコンラッドさんが飲んでしまったんです。
そうしたら守銭奴のところの性格が変わってしまって……」
「はぁ……? なんと、そんなアイテムがあるのかね……? ふぅん、お前さん、只者じゃないね……」
「あはは……。よく言われますね」
主にルークとエミリアさんにだけど。
「よし、それならこの店のとっておきを見せちまおうかね」
「とっておき、ですか?」
「ああ。下手な連中じゃ扱い切れないものもいくつかあってねぇ。
それなりの値段がするし、買っていってくれると助かるんだが……」
「分かりました、見せて頂けますか?」
「ほほ、そうこなくちゃ。それじゃちょっと待ってておくれ」
そういうとお婆さんはお店の裏に入り、しばらくすると戻ってきた。
「錬金術で扱えそうなものといったらここら辺だねぇ」
お婆さんは瓶を四つ並べた。
「一つ目――これが何だか分かるかい?」
瓶の中にはどす黒い液体が入っていた。赤味が微かにあるような……?
鑑定すればまぁ分かるんだけどお婆さんも自慢したそうだし、ここは鑑定無しで進めよう。
「うーん……。何かドロっとしてますよね。血……ですか? うーん、何の血だろう……?」
「ひぇっひぇっひぇっ……。これはねぇ、何を隠そう、『竜の血』なんだよ」
「竜!」
「おお、そんなものが一般の店に流れているとは珍しいですね」
さりげなく会話に入ってくるルーク。
「へー? そんなに珍しいの?」
「はい、ドラゴンが討伐されるのはあまりありませんからね。
それに加えて倒した後に適切な処理をしなければいけませんし、大体は国や研究所が買い取っていってしまいますから――」
「ふむ、なるほど……」
「錬金術で素材にするのなら、今までと違ったものが作れるようになるねぇ……。これはオススメだよ」
「うーん、ちなみにおいくらですか?」
「金貨50枚だよ」
む、高い……。でも、倒す労力に比べればきっと安いのかな?
それに、こういうのはいつ手に入るか分からないしね。
「三分の一で良いので、それだけ売って頂けません?」
「それは難しいねぇ……。まとめてでお願いしたいね」
瓶の大きさが小さな水筒くらいあるから、全部は多いかなと思ったんだけど――まとめてじゃないと売ってくれなさそうだ。
うーん、欲しいけど、どうかなー?
ルークとエミリアさんの方をちらっと見ると、二人とも無言で頷いてくれた。
……はい、買って良いとみなします!
「それじゃ、買います」
「おお、ありがとうよ。それじゃ次、二つ目――これは分かるかな?」
竜の血が入った瓶と同じくらいの大きさの瓶に、何やら光り輝く玉が浮いていた。
「わぁ、綺麗ですね。これは――なんだろう? 魔法でできた光る玉……?」
「ひぇっひぇっひぇっ……。残念! これはねぇ、『精霊の魂』というものだよ」
「え? 精霊の魂? 本物の魂なんですか?」
「――いや、実際には精霊の力と魔力が混ざってできたっていう……半物質ってやつかねぇ?
これもなかなか滅多にお目に掛かれないものだよ……?」
「ちなみにおいくらですか?」
「金貨30枚だよ」
金貨50枚の次は金貨30枚。
うわぁああ、金銭感覚がおかしくなってきた!
「残りの二つも、先に見せて頂けますか!」
「おやおや、せっかちだねぇ……。それじゃ三つ目、これはまぁ分かるだろう。『不死鳥の羽』だよ」
瓶の中で、何やら羽が燃えていた。いや違うな、これは炎でできた羽……?
おおお、これは見た目がめちゃくちゃファンタジー!
「それで四つ目、『闇の石』。これはそのままだね、闇の力が結晶化したものだよ」
これが闇。黒々としていて、周りの光を吸ってしまいそうな感じが伝わってきた。
「なるほど、なかなか個性的なものばかりですね。えぇっと、お値段は金貨50枚と30枚、あとは――」
「残りも金貨30枚ずつだよ」
――とすると、全部で金貨140枚。元の世界でいうと、私の二年分のお給料以上か。……うわぁ。
「うーん。エミリアさん、いかがでしょう」
「ほえっ!? な、なんで急に私に振るんですか!?」
「あ、いや……。大体というか雰囲気というか、値段が妥当なのかな――みたいなことをやんわりと?」
「うーん……、こういうものは時価みたいなものですからね……。
ただ滅多に見ないものですし、値段はこんなものかとは思いますよ」
「買っても良いですか?」
「いやいや、それこそ私に聞かないでくださいよ……。
とりあえずコンラッドさんから金貨100枚もらってますし、それを含めて考えれば良いんじゃないですか? アイナさんの技術に対する報酬だったわけですし」
「うーん……、それでは買わせて頂きます」
「ひぇっひぇっひぇっ……。毎度あり。まさか全部買ってくれるとはねぇ……。これで当面のやりくりも楽になるってもんだよ……」
「こちらとしては思いがけず散財してしまいました」
「ひぇっひぇっひぇっ。しかしこんな大金をぽんと払えるだなんて、若いのにすごいねぇ……。
あ、そうだ。せっかくだし、おまけでこれをあげようかね」
そう言いながら、お婆さんは小さな透明の石を出した。
「これは――魔石、ですか?」
「ああ、これは『迷踏の魔石』といって――」
「要りません」
「えぇ……? 話も聞かずに――」
私はアイテムボックスから杖を取り出した。街中を移動するときは大体しまってるんだよね。
そして一歩歩く――。
ぷぎゅ
「――というわけで、もう持ってるんです、それ……」
「ああ、そうなのかい。ちぇ、つまらないねぇ……」
『ちぇ』って言ったよこのお婆さん!
「……うん? お前さんのその『迷踏の魔石』、何か他の効果が混じっているね? 何の効果なんだい?」
「あ、これは『安寧の魔石』で――」
「な、なんですとおおおおおおおッ!!!!!?」
「……えっ?」
突然大声を出すお婆さん。それに驚く私。
「『安寧』って……本気かい? そんな高価な魔石まで――」
「え? 高いんですか、これ? 先日魔物から採れたんですけど――」
「な、なんと!? ははぁ、それは運が良いねぇ……。『迷踏』と混ざってるのは面白いところだが、それにしても『安寧』とは……」
「あのー。それで、『安寧の魔石』ってお高いんですか……?」
「ああ、さすがにそれは小の効果だよねぇ? 小だとしても、金貨10000枚はくだらないよ……」
「「「――は?」」」
思わずルークとエミリアさんとも声が揃う。
え? いちまんまい?
「桁、違ってません?」
「いいや? それだけの価値があるのさ。反動がくる術なんてのは、それこそ人智を超えたもの。その枠を取っ払っちまうんだから、国や大魔法使いなんかが探し求めているってわけさ」
「そ、そうなんですか……」
――それにしても金貨10000枚とは!? えぇっと、元の世界の私の年収の――166年分! 生涯賃金超えたぁああああっ!!
「これがそんなに価値があるものだとは……」
それはそれで嬉しい。かなり嬉しいんだけど――。
でも私、これからこれを集めたいんですけど。そうすると、むしろ値段は安い方が良かったんですけど!!
はぁ……。『安寧の魔石』、最後まで集められるのかなぁ……?




