091 オアシスの脅威
砂漠には危険がいっぱい。砂漠、砂の中にも魔物がいると言うのが大きな要因だろう。
砂に隠れ、近くや上を通る者に向けて襲い掛かる。待ち伏せ型の魔物。
全ての魔物が常にそうしていると言うわけではないが、しかし逆に全ての魔物であり得る。
早い段階で出会った大蠍を含め、砂に隠れる魔物はこの十二階層には多い。
いや、厳密に言えばそれができない魔物もいるだろう。
例えば植物の魔物。自由な行動をできない転がる草に仙人掌の魔物は隠れることが不可能だ。
また、群れで存在する砂漠狼も隠れるのは難しい。できないわけでもなさそうだが。
「ま、たっ!」
『(蠍……しかも今度は鉄か)』
「鉄……倒せないこともないけど、倒すの大変なんだよね」
鉄の蠍。大蠍と見た目だけで言えばほとんど変わりない魔物である。
しかし、その体は日差しを反射しぎらぎらと輝いている。ただの甲殻ではない。
鉄、と言っているが厳密にそれが鉄であるかは不明だ。だが金属ではあるだろう。
そしてその金属の殻は易々と貫けるほど簡単ではない。
「くっ!」
斬りかかるネーデの一撃は金属の殻に微かに傷をつけるだけ。
この辺りどこかゴーレムに近いが、ゴーレム以上に蠍の方が硬い。
とはいえダメージがないわけでもないしゴーレムと同じ戦い方をすれば貫ける。
そしてゴーレムとは違いその体の大きさは蠍としては大きくとも小さい。
であれば貫いて倒すこともできるはず……なのだが。
その小さいと言うのがゴーレムよりも厄介な面である。
機動力、攻撃する的の小ささ、そして貫くにしても正面からは難しい。
背中や腹、頭部を狙うことになるが蠍の攻撃手段は鋏と尻尾。
側面からの攻撃であれば攻撃しやすくはあるが、足が邪魔になる。
背面にはどうしても胴長で回りづらい。できなくもないが、尻尾の攻撃を受けやすい。
意外に厄介な相手となっている。
『(俺が倒そうか?)』
「……ううん。これくらい、私ができるようにならないと」
ネーデはアズラットのことを信頼している。自分よりも強く、実際既に一度倒している。
アズラットの攻撃手段は難しい物ではない。跳躍し、体の<圧縮>を解除し包み込む。
砂の中に潜む蠍は呼吸手段や必要な空気の量の問題か、包むだけでは殺しにくい。
消化による溶解も生物と金属の二要素を同時に持つ鉄の蠍では時間がかかる。
しかし、アズラットには再度の<圧縮>で体の圧縮による圧殺が可能である。
それでも中々に硬い。だが殺せないことはない。
もっともそれは結構なアズラットの核への危険が迫る。圧縮過程で相手の体が残るからだ。
それに、そもそも戦闘に参加させること自体がネーデにとってはあまり好ましい物ではない。
師匠である、というのもまた一つ。危険なことをさせたくないと言うのも一つ。
ゆえにネーデは積極的にアズラットを戦闘させない。いざという時は戦うことになるが。
「たあっ!」
結局ネーデは一人で何とか鉄の蠍を倒す。体力の消費、水分の浪費、時間もかかって。
『(……あまり無理するなよ?)』
「うん、もちろん……」
息が荒い。少々無理をしているようにも見える。
(……まあ、ネーデの成長には必要なんだが)
あまりアズラットがネーデに関わってしまえばネーデは強くなれない。
しかしそうしてアズラットがただネーデについていくままだと今度はアズラットが強くなれない。
それ自体はいつかネーデが強くなった時自分が別れて自分だけで行動し食事して強くなればいいだけだ。
もっとも、それがいつになるかもわからない。
(できれば幾らか倒して食べておきたいんだけどな……レベルもそろそろ四十、進化の近いレベルになるし)
以前進化したとき、食べた相手が相手なので膨大な経験値を入手した。
それにより強制進化するほどのレベルになっていた。もちろん次の進化レベルもそれなりに近い。
今は以前より食事する機会が減っているため、レベルの上りが遅い。
そもそも高レベルゆえにレベルが上がりにくいというのもあるかもしれない。
(……それに。もし戦うことになればネーデは攻撃に参加できそうにない。それも問題だな。お互い戦いの中で手を貸すのが難しい。俺の場合はネーデを助けることは不可能ではない。だがネーデの方が俺に何かできるかというと……<投擲>で補助するくらいか?)
お互いがお互いのためになるスキルは二人にはない。
いや、戦闘に関してそうなるスキルはない。
アズラットは<隠蔽>で隠し隠れることができるが、戦闘向きのスキルではない。
ネーデは<保温>でアズラットも高低温から守れるが、限定的な状況下でしか役には立たない。
(……攻撃手段も問題か。この状態か、もう少し簡単に攻撃できるスキルがあったほうがいいか)
アズラットの攻撃手段はその体での食事による溶解、体で包んだ状態からの圧殺または包み呼吸を断つ。
結局のところ、それだけでしかない。
アズラットはスライムであるためそれ以外の攻撃手段がない。
手も足もなく、その体を用いてしか攻撃できない。それゆえに攻撃手段が少ない……少なすぎる。
だからこそ、何か攻撃手段となり得るようなスキルを、と思ったわけである。
(まあ、仮にスキルを得ても戦闘機会がないとやりにくいな。ここだと……あまり俺が戦う必要性がなくてネーデが一人でほとんど相手にできるからな。それ自体は別に問題ないんだが……)
大蠍やスライム、砂漠狼に転がる草と仙人掌、骨の蜥蜴や肉の付いている砂漠適応の蜥蜴。
いくらか魔物が出てくるものの、その中で明確にネーデにとって辛い相手は鉄の蠍くらいだろう。
そんな場所であるため、アズラットは戦闘に参加する必要がない。
「……あれ? ねえアズラット。あれなんだろう?」
『(……ん? あれ? ああ、何か遠くに……振動感知で感知できる範囲じゃないな。かなり遠いんじゃないか?)』
「……そうなんだ」
遠くに見える、わさりと地面から出ている何か。アズラットも感知できないかなりの遠く。
そしてそれくらい遠くではっきりと見えると言うことはそれなりに大きいと言うことだろう。
「緑色……樹?」
『(もしかしたらオアシスかもな)』
「オアシス……」
『(砂漠の中で水もあって草木もあって比較的涼しく休みやすい場所だ。ひとまず行ってみるか?)』
「……そうだね。砂漠の中、見える物もあまり多くないし」
そうして二人はその見つけた場所へと歩を向ける。
「かなり涼しい……」
『(そうだな。その影響か他の冒険者もいるみたいだ。あまり話しかけるのはよくないから、必要なら念話に返す形でな)』
「…………」『(うん)』
流石にオアシスという環境では過ごしやすいと言うこともあり、この場所にいるのはネーデだけではない。
そのためあまりアズラットという存在について詳しくばれないように直接の会話は少なくする。
<従魔>で従えているだけのスライムに見せかける意図だ。
もっとも、この階層まで来ている冒険者にどの程度効果があるかわからない所でもあるが。
「水ー」
オアシスには植物がある。当然植物が生存するために必要な水だってある。
しかし、その周りには花もなく、単に緑色の苔のような感じの草しか見当たらない。
水があるのにどうにも寂しい感じであり、冒険者達もまた近くには来ていない。
「おい、やめときな!」
「え?」
ネーデが水の側に近づき、手を伸ばそうとしたところで少し遠くから他の冒険者が声をかける。
「……なんでですか」
ある程度近づきネーデは訊ねる。
このオアシスという場所で水があるのであれば、行動しやすい。
いつでも水分を確保できるのだから。仙人掌に頼る必要性がなくなる。
だが、それを止められた。それはなぜか?
「お前、ここ初めてだろ? ま、女一人で冒険者やってここまできてるのなんて俺は一人しか見たことねーし、そいつはお前じゃねえからな。他にそういうやつがいるなんて思わなかったぜ」
「………………」
「睨むな睨むな。ま、先輩としてここの事を教えてやるよ。と言っても、大したことじゃねえ。ここにある水は全部毒入りだ」
「……毒入り?」
オアシスにある小さな水場。
湖というほどの広さではなく、そこそこ深く広い池とでもいえるような場所。
その水はどうやら毒入りであると言う。
「誰がそんなことを……」
「いや、人とか冒険者が毒を入れたわけじゃねえよ」
「じゃあなんで……」
「この場所……そこの水場もそうだがな、この場所そのものが魔物なんだよ」
「……場所が、魔物?」
ネーデにはさっぱりわからないと言う内容である。まあ、それもしかたがない。
場所そのものが魔物、というのはあまりにも突飛な内容だ。今まであったこともない。
いや、正確には似たような魔物にはあったかもしれない。
環境そのものの魔物、八階層の大きな樹など。
似たような感じでは十一階層の氷に目がある魔物なども環境的な特殊な魔物だろう。
「ああ。だからそこの水は魔物がここに来た生き物に飲ませて殺す毒のある水ってわけだ」
「………………」
「ま、信じないって言うなら別にいいぜ。勝手に飲んで勝手におっちぬのは俺の知ったこっちゃねえからよ」
本当にそれが真実であるか、とネーデが思った。それは目か表情に出ていたようだ。
しかし教えられても簡単に信じられないような内容であるのでそこまで気にしている様子ではない。
「……教えてくれてありがとうございます」
「おう、気にすんな。お前も他の冒険者が飲みかけてたら教えてやんな。先輩としてな」
その機会がくるかはわからないが、ネーデはその男の言葉に対しこくりと頷き肯定の意を返した。