084 極寒を進む
ネーデの装備は確かに寒い場所での行動を可能とする……厳密に言えば熱を留めるための物。
それ自体が熱を発するわけでもなく、ネーデの熱が頼りである。
だが、重要な問題がある。ネーデは確かに体はそれなりに温かくなるだろう。
しかしフードがあるとはいえ、それは能力を阻害する部分がある。
視界を少し狭め、耳に被さるため聴力を幾らか奪う。全てを奪わずとも弊害は大きい。
そして、ネーデにとって最も重要なこととして、いつもアズラットが頭上にいることである。
アズラットは常にネーデの頭に乗っている。フードを被ればアズラットの行動を阻害する。
自身の行動の阻害にもなるためあまり被ることはできない。まあ、それはいい。
問題となるのは、アズラットの状態である。
『(お、おお、体が……体が凍る……)』
「だ、大丈夫!?」
『(流石に体の全部が一気に凍るってことはない。表面から薄っすら微妙に凍っていく感じだから……まあ、大丈夫と言えば大丈夫だ。ただ、ずっとこの場所にいると言うことはちょっと無理かもしれないな)』
「それは私も……」
『(っていうか、多分ここだと眠ることも厳しいぞ。休む場合、十階層に戻らなければ辛いはず)』
「っ! た、確かにそうだ……これはちょっと先に進むのは難しいかな?」
『(あまりこの階層で戦うこと、探索することは意識せず、どう進めば次の階層へと進めるかを重視するほうがいいな。長居出来ない以上一気に抜けるしかない)』
「うん、わかった」
環境的な問題は単に行動の阻害に限らない。休息が休息にならないくらいに厳しい。
多少休むことは出来なくもないだろう。ただ、休息すれば体温が下がるのは間違いない。
体温が下がれば寒さが体力を奪う。服による暖かさはあれども完全な寒さへの防護ではない。
そしてその影響で能力は落ち、また体力も減る。そうして休息がまた必要になる。
そのうえ睡眠などの完全な休息はこの場所ではできない。
凍土で眠ってしまえばそのまま寒さで凍死してしまう危険があるだろう。
ネーデだけの問題でなくアズラットは体が凍ってしまいそうになっている。
今はまだ表面が薄っすら凍るだけだが、徐々に全体が低温化して最後に核まで凍り付くだろう。
そこまで行けばアズラットとて流石に死ぬ。それはお断りしたいところだろう。
『(っと、来たぞ!)』
「また狼?」
比較的迷宮などで出やすい魔物である狼。もっとも場所によって種類は違う。
スライム程極端に出てくるわけではないが、よく見かける魔物だろう。
ただ今回出てきた狼は少し大きめの単独の魔物だった。
そして、その体は雪のように白く、毛には薄っすら氷の破片のようなものがついている。
「っ! さ、寒いっ!」
『(一気に温度が……狼か!)』
狼はただの狼ではない。白い狼は氷の性質を強く現す狼。
それゆえにその体は周囲の気温を下げ、また自分の体から氷の薄膜を作り出す。
水がどこから来ているのかは魔物に問うても仕方がないのではいいとして。
特にその狼が向ける牙は気温を下げる力がとても大きい。
『(早めに倒した方がいい! もっとも倒せば収まるとも限らないが……って言うかこいつの肉って食えるのか!? 凍えたりしないだろうな!?)』
「わ、わからないけどとりあえず倒すねっ!」
そうしてネーデは魔物と戦う。戦闘自体は苦労はしない。魔物であっても狼は狼だ。
とはいえ、その周囲の温度を奪う能力を持つところは中々厳しいものだ。
倒せはするものの、毛皮の服を着ている状態でもネーデはかなりの体温を奪われている。
「さ、寒い……」
『(ネーデ、いったん戻るぞ。場合によっては魔物と戦うこと自体考える必要性があるな……あ、死体は大丈夫か?)』
「え、えっと……うん、同じじゃないね。普通に触れるよ? ちょっと冷たいけど……」
狼の持っていた温度を奪う力は流石に失われているようでその影響をネーデは受けない。
もっとも、狼自体は元々かなり体温が低く、その毛皮には氷がついているわけで。
それがある以上触ると冷たいしその冷気が周囲の温度を下げる。まあ元々凍土なのだが。
気温を下げると言っても凍土であるその影響は場所にはない。ただ、ネーデとアズラットは違う。
『(……一応持って行こう。こちらとしてもこれから全く食事なしはつらい。ネーデの方も肉はあまりストックがないんじゃないか?)』
「まあ……あんまりたくさんはないね」
二人とも食事自体は出来るときにすると言う刹那的スタイルで行っている。
なぜそうなるかというと持ち物の関係だ。アズラットは物を持っていることができない。
ネーデは物を持っていることができるが量的な限界があるためあまり持っていない。
特に食糧以外の持ち物が結構かさばることもあり食料は現地調達が基本だ。
ゆえにこの十一階層で得られる食料がこれだとかなり辛いものがある。
食べる分にはいいが、食事をするだけで体温が失われることになるだろう。
「仕方ないんだね……」
『(ああ……とりあえずいったん戻ろう。流石にこの寒さはきついだろうからな)』
「うん……」
十一階層を進む二人だが早々に十階層に戻らざるを得なかった。
環境の影響はとても大きいと言えるだろう。
十階層に戻り、そういえば十階層を降りてきたり九階層に戻ったりとしていることを体が思い出す。
そして警戒するギルド職員の男がいる中ネーデは休息のため眠りにつき休んだ。
体力が回復し、もう一度十一階層へと挑む。今度は狼を相手にするのは避ける方向性で。
「キュッ!」
「たあっ!」
ぴょんと大地を蹴って体当たりしてくる魔物。兎の魔物である。
ただ、それはいわゆる兎が跳ぶ、みたいな程度の跳躍ではない。
それこそ<跳躍>のスキルを持っているかとも思える強力な蹴りによる体当たり。
しかしその程度ならばネーデでも余裕を持って対処できる。
<危機感知>に<身体強化>、<防御>に<治癒>に<振動感知>もある。
単純な戦闘能力で相手をしてくる魔物であるならかなり楽に戦える。
「ふう。弱いね」
『(まあ、弱いみたいだけどな。しかし、この階層にいるのが狼だってわけだし食物連鎖的には下位なのかね? っていうか、強さで言うと途中で見かけた変な目の魔物の方が弱いけどな)』
「あれは弱いって言うか、動かないし攻撃もしてこないし……でも、倒せないけど」
『(確かに……倒すべき相手ではないってのがな)』
兎に遭遇する前に二人は壁に引っ付いている氷の塊に目が生えている魔物を見つけていた。
しかしそれは攻撃してこない。動かない。倒す事自体は容易にできる魔物である。
だが攻撃を仕掛け、攻撃を当て倒すとぱりんと破裂するようにその体ぶちまけられる。
そのうえその体は周囲の熱を奪う、最初に戦った狼のような能力を有していた。
倒さなくとも熱を奪う効果はあるようだが、そこまで強い物ではない。
しかし倒すとそれが一気に強い物として表れてしまう。ゆえに倒すことはできない。
もっともこれは遠距離で熱量攻撃ができれば話は違う。
通常はパーティーで戦闘に挑むので有効なスキルがありそこまで倒すのが難しくない。
ネーデとアズラットの場合はそういったスキルを持っていないので無視するのが賢明である。
そういった魔物と比べると兎はかなりまともに相手をしやすい魔物と言えるだろう。
『(っと、狼がいたぞ)』
「えっ!? どうするの?」
『(退くかやりすごすかできればな……とりあえず、こっちの方は今は置いておいて分かれ道のもう片方に行くぞ)』
「わかった」
凍土の魔物は独特であり、その環境に合わせた性質を持ち独自の強さを持つ。
そういった強さは通常の冒険者にはあまり通用しないのかもしれない。
だがネーデのような特異な性質の冒険者にはなかなか辛いものであった。