085 極寒を制して
十一階層はなんといっても環境が悪い。ひたすらに環境が悪い。
逆に言えば、環境以外はそれほど脅威でないともいえる。
十一階層に出てくる魔物は凍土に合わせたような脅威を持ち得る魔物たちだ。
氷の魔物、雪の魔物、低温に生きる魔物、低温を引き起こす魔物。
もしかしたら十一階層の凍土はそういう環境ではなくその魔物が原因ではないかと思うほど。
まあ確かにそれくらいまでに魔物の環境に対する攻撃能力は確かに高い。
スライムまで周囲の熱を奪う性質を持つアイススライムである。
道中に見かける氷に眼があるアイスアイ、熱を奪う牙に氷を纏うアイスウルフ。
そして雪と氷の体を持つ魔物が三体も存在する。
唯一この環境下にいて熱を奪う能力や雪や氷に関係しないのは兎くらいだろう。
「た、あっ!」
「…………!」
動く人型の氷。十階層の最後の相手として出てくる魔物であるゴーレム。
それに近い、大きさをかなり控えめにして素材を氷にした人型の氷のゴーレム。
そして他にも似たような姿をしている雪でできたゴーレム。
さらにゴーレムとは別にぬるりと流動性のある雪の体を持つ人型の魔物。
「数が多いっ!」
『(それ自体はわかってただろ。寒くて凍える狼と、雪と氷でできているちょっと固いくらいのゴーレムとどっちがいいかって聞いたらこっちって答えたのはネーデの方だぞ?)』
「そう、だけ、どぉっ! これだけいるなんて聞いてないよーっ!?」
この魔物の群れに襲われた要因はアズラットの誘導によるものである。
アズラットは幾らか先の情報を手に入れることができる。
広い空間の方がその能力を十全に発揮できるのか、広い方が十全に発揮できるのか。
それはその場合によりけりではあるが、今回は分かれ道でその情報をいくつか入手できた。
既に何度か遭遇し戦っている氷のゴーレム。これ自体はゴーレムよりもはるかに脅威度は低い。
いや、どちらもゴーレムだが氷のゴーレムと石のゴーレムのどちらが脅威かは言うまでもない。
硬度という点において氷は確かになかなか硬いかもしれないが石よりもはるかに攻撃しやすい。
大きさも石のゴーレムよりも小さく、ネーデでも比較的対応しやすいと言える。
もっとも小さくなった分機動力は上がっているし、氷のためか多少の傷は修復される。
そのうえ小型であるため他のゴーレムも攻撃に参加しやすい。
何よりも数の問題が大きい。種類は二種類だが数が多く存在する。
もちろん全てが一か所にまとまっているわけではないので倒しさえすれば幾らか分散する。
だが現状集まっている状態が解消されているわけではない。
「オ、オオオ」
「はっ!」
ゴーレム以外にも魔物はいる。雪の体で人型の魔物。動きは流動的でゴーレムとはまた違う。
名称をつけるとするならスノーマンと言った所だろうか。
ゴーレム同士はお互いが干渉しあうためか、うまく誘導すれば一対一に持ち込みやすい。
しかしそのゴーレムの隙間を縫ってこれるのがこの雪の体のスノーマンだ。
その上その体が流動的であるためかどうしても攻撃が通用しにくい。
ただ、代わりと言っては何だが絶対に変動しない頭部が弱点として明白である。
さらに言えばそれほど戦闘能力が高いわけでもない。なのでネーデとしては対処しやすい。
「はあ……っと!」
『(やっぱり数は力か……退くか?)』
「ううん、まだやりやすいし、行けるよ!」
雪と氷の体を持つ魔物たちは環境変化能力を持つ狼よりも対応はしやすい。
しかし流石に数で責めてこられるとなかなか厄介であると言える。
それに狼やアイスアイほど極端ではないがやはり氷と雪の体は周囲の熱を奪う。
体力の消耗と熱を奪うことも相まって中々に辛いものはあるだろう。
それでも彼女はこれらの魔物を相手に頑張るのである。まだ比較的相手しやすいゆえに。
と、基本的にはそんな感じの相手である。十一階層は環境の悪夢。
九階層では怒涛の魔物のラッシュとも言える多種類の魔物が襲ってきた。
十階層では途中で出てくる石像、石材の魔物の高硬度の中ボス。
そうして十一階層では環境そのものが敵となって襲ってくる形である。
その代わり逆に魔物そのものはそれほど脅威ではない。熱を奪う要素はなかなか辛いが。
強さもそうだが数もそこまで極端に多いわけではない。なので進みやすくはある。
「氷に、雪に、雪に、氷に、氷に、氷に……素材がないー」
『(さらに言えば肉も何もないもんな。雪のゴーレム氷のゴーレムは破壊しても氷と雪に戻るだけ、あの雪人間も倒しても雪になるだけで肉があるわけじゃない……まあ、人型の魔物はあまり肉は食べたいとは思わないだろうが)』
アズラットはともかく、ネーデはあまり人型の魔物の肉を積極的に食べたいとは思わないだろう。
まあ本人に訊けばそれほど気にしないと言ってくると思われるが。
しかしそれ以上に十一階層の魔物はまともに食料源となる素材を落とさない。
いや、そもそも素材そのものをまともに落とさない。まともな素材になるのは兎と狼くらい。
後は雪か氷かくらいにしかならないものだ。まあ、水の確保が容易なのは有り難いかもしれない。
「兎……兎何処かにいないかな……」
『(あれ、温かいみたいだし肉として食べられるみたいだし……そう考えるとかなりこの階層ではいい獲物だよな)』
「そうだね。でも、襲ってくるときでもないとあんまり見かけないのがねー」
獲物として最も都合のいい魔物は兎。流石に毛皮は使わないが肉は食料になる。
そして何よりもこの十一階層という環境において熱源となるのは大きい。
常に熱を奪う環境と熱を奪う魔物で溢れている。それに対抗できるのだから。
ただ、その魔物はそれほど見かけない。もしかしたら狼あたりに食べられているのだろうか。
(……っと)『(まあ、あまり気にしても仕方がないと思う。それより、多分あっちの方が次の階層……かもしれないぞ?)』
「かも?」
『(かも、だ。まあこっちも断言できるほど把握できるわけじゃない。ただ、この場所とは違う感じで……なんというか、十一階層の雪や氷が解けて露出している壁面と床になってる。ってことは、多分次の階層が近いからそちらの熱で融けているのではないか、ってところだな)』
「ふうん……? よくわからないけど、あっちだね?」
『(ああ。まあ、行くだけ行ってみればいいと思う。仮に違っていてもそちらのルートは違うってことが分かるだけだしな)』
仮にアズラットの指示する方向が次の階層でなくとも徒労になるわけではない。
十一階層は未だ未知の部分が多く、その階層を把握し次の階層へと進む。
行ったことがない場所が外れなら次はそちらに進まないことを選ぶだけだ。
なのでそちらにネーデは進む。そうすると確かにアズラットの言う通り、雪や氷が融けている。
「あ……ほんとだ。融けてるね」
『(ふむ…………………………)』
「アズラット?」
『(んー、何となく嫌な予感がする。まあ、行くしかないんだろうが)』
「……?」
ネーデにはよくわからない。アズラットが嫌な予感、と言っているあたり感覚的なものだろう。
少なくとも振動感知で把握していればこの先に何かが出る、とかはっきり言うだろう。
しかしそう言わず、嫌な予感がする、というだけではかなり曖昧である。
「ともかく、行けばいいんだよね? 次の階層かな?」
『(……多分な)』
そうしてネーデはその雪と氷の融けている方向へと歩を進める。
しかし、アズラットの嫌な予感というものは当たるもの。なぜならそれは感覚的なものではない。
それは環境の様子とそれがどういう意味合いを持つものかの想定によるもの。
そして何よりも、十階層でもらった装備の片方が頭の片隅に存在していたからこそだろう。
ただの布に近いような薄い外套。それがいったいどういう意味を持つのか。
それをアズラットは予測できるだけの"知識"を持っているのだから。




