070 戦いの後に
(……ふう)
グリフォンを倒しグリフォンを食したアズラット。
グリフォンが暴れていたからか、今のところ近くに脅威となるようなものはない。
ひとまず安堵し、そしてすぐに次にとるべき行動に思い至る。
(っ、そうだ)『(ネーデ! 大丈夫か!?)』
アズラットはすぐに先ほどネーデが吹き飛ばされ倒れた場所へと移動する。
先ほど剣をグリフォンへと投擲したことからもわかるが、一応まだネーデは死んでいないだろう。
致命傷ほどではない重傷であったが、アズラットの指示もあってある程度回復したものだと思われる。
しかし、それでもすぐに行動できるほどかというとそうではなかっただろう。
少なくとも剣を投げることができるほどではあったが、まだ動けるほどではないかもしれない。
『(ネーデ……大丈夫か?)』
「アズラット……さん。うん、もうちょっと……でなんとか動けるくらいには」
『(……そうか)』
アズラットは心の中でほっと安堵の息を漏らす。
ネーデが死んでいればグリフォンとの戦いに意味はない。
あの戦いはそもそもネーデを守るための戦いなのから。
とはいえ、あの時点では死闘にも等しい争いだったため周りに気を使う余裕はなかった。
それゆえにネーデのことはネーデに任せるしかなく、アズラットに対処する方法はなかっただろう。
仮にネーデが自身の治癒を行えず、剣の投擲も無ければアズラットは死んでいた。
それを考えればかなりギリギリの状況と戦いだったと言える。
そしてそれはネーデのための行動でもある。
ネーデはそれを見ていた。そのアズラットの気持ちがわからないわけではない。
ましてや彼女はアズラットの漏らした叫びを<念話>で聞いていたのだから。
「アズラットさんこそ……大丈夫?」
『(まあ、一応な。体が吹き飛ばされたが……まあ取り込みなおせばいいし)』
核にわずかながらグリフォンの操る風が当たり危ないことになった、とは言わない。
それはただ無意味にネーデを心配させることになるだけであるし、今はもう何も問題はない。
それならばわざわざ言う意味も存在しないと言うことである。
「そうなの……?」
『(そうだ。それにグリフォンも食べることができたわけだしな……っていうか、あれここまで食べた中でも桁違いの上質さだったんだが。魔物として明らかに格上で少なくともこんなとこで出会うような奴だとは思えないんだがいったいどうなってるんだ?)』
「……わからない。ここで見たのも……さっきが初めてだし……ん」
ネーデがずりっと体を持ち上げる。どうやら動ける程度には回復してきたようだ。
彼女の得たスキルは自分の回復を行うためのスキルで、アズラットに指示されてからずっと使われている。
当然ながら怪我の具合を治療する大きさと使用時間もあって短時間でレベルが一気に上がっている。
もちろんレベルが上がってもそこまで極端に回復力が上がるわけではない。
それでも彼女のダメージはなんとか回復できる程度のダメージだった。
これはダメージの性質もよかっただろう。
腕がもげるとか、大きな挫傷とかであれば回復は難しかったかもしれない。
衝撃と痛打だったから回復できた。
ちなみにアズラットはネーデを回復するような手段は持っていない。
つまり今回ネーデが体の一部や機能を失うようなダメージを受けていた場合、どうしようもなかっただろう。
そういう点ではどちらも結構な幸運に恵まれた状況である。
『(もう立てるのか……大丈夫か?)』
「うん……まだ、戦闘しろと言われると辛いかもしれないけど、この調子なら……あともうちょっと時間があれば逃げるくらいならまだなんとかなる、かも」
『(無理はしなくてもいいぞ……まあ、今はこの周りに魔物はいないし大丈夫だとは思うが)』
「そうなの?」
『(あのグリフォンの気配でも感じたからなのか、それともグリフォンが周辺の魔物を狩り尽くしたところで遭遇したか……まあそのあたり俺もよくわからないが、少なくともわかる範囲では襲ってくるような魔物はいないな)』
ただし土の中や樹々の中にいる魔物は別だ。
待ち伏せ系の魔物は近づかなければいいので心配はないのだが。
「そっか……っと」
『(……そういえば剣を投げてたな。よく投げられた、というべきなのか。それともよくあの状態で当てられたと言うべきか)』
「スキルをとったから……」
『(なに?)』
「<投擲>をとったの。そうじゃなきゃ多分当てられなかったんじゃないかな?」
『(それは……)』
ネーデの持っているスキルをアズラットは完全に把握しているわけではない。
しかし、今までの経緯と記憶で考えられる限りネーデのスキルはこれで空きがなくなっているだろう。
もし何かあったときすぐにスキルを覚えると言うことができない状況にある。
これは決して良いとは言えない。
だがあの時の状況からしてもし<投擲>がなければネーデもアズラットも生きていなかった可能性がある。
それを考えると単純に責められるものでもないし、否定できるものでもない。
『(……まあ、今回は仕方がないか。今後投擲がどの程度役に立つかわからないが……いや、いざという時に例えば小さな石や瓦礫みたいなものでも持ってすぐに投擲できるように準備しておくとかもありか? 遠距離攻撃が足りていないのも事実だったわけだが、それをカバーできると言う点では<投擲>は悪くない選択かもしれない。投げる、ということで<身体強化>の恩恵も得られるわけであるし。本当はクナイや短剣みたいなタイプの武器がいいが、所詮投げる武器は消耗品だからその辺にあるものでもいい。問題となるのは硬度と重量、あとはネーデの投擲できる限界重量。投げられなければ意味はないし、それなりに速度がつかなければいけないし。まあとりあえずは今はスキルのレベル上げを重点にし簡単な使用ができる程度、でもいいのかもしれないが……少なくとも色々と試してみないとわからないことばかりか。場合によっては俺自身が投げられるのもありか? まあ相手次第、状況次第といったところかもしれないが)』
「ア、アズラットさん?」
『(…………ああ、悪い。まあ今は細かいことはいいか。っていうか、一度八階層に戻る)』
八階層に戻ろうとアズラットがネーデに伝えようとする。
しかし、そんな折、一つのアナウンスが……<アナウンス>がアズラットに届く。
『アズラットさん』
『……ん? どうしたアノーゼ』
『スライムボスに進化できます。進化しますか?』
『え?』
『っていうか、進化してください。ちょっと今のアズラットさんはレベルが上がりすぎで、進化しないと色々と問題が……』
『どういうことだ?』
突然のアノーゼの連絡にアズラットは戸惑うしかない。
確かに進化一歩手前で会ったのは事実である。
あのグリフォンを食らうことでレベルが上がり進化できるようになる、それはアズラットとしてもわからなくもない。
だがアズラットは想定していなかった。
グリフォンを食らうことでアズラットの得る経験値がいかほどであるかを。
『今のアズラットさんのレベルはもう三十後半に入ってるんです……本来なら三十で進化しているはずなのに。ヒュージスライムに進化した時よりもさらに進化する予定レベルよりも高いレベルなんです、おかげでこちらとしても今のアズラットさんの状況に調整を加えるのがかなり手間で……』
『…………いったいどういうことなんだ』
『下手をすれば無理やり進化させられる、私が意図的に起こした暴走進化のようになる可能性があります。あれは意図的でしたが、今回は本当に暴発的です。契約があるので彼女に危害が加えられることはないでしょうが、森に広がることでどう影響するか……そして進化して元の意識に戻り<圧縮>で元の体に戻るまでどの程度の時間がかかるかを考えると、今のうちに<圧縮>を制御できる状態で進化したほうがいいと思います』
『そうか……』
一応ネーデはアズラットに関わる様々な事項の調整を行える。
しかし、世界の仕組みに真っ向から反発できるわけでもない。
本来進化はするかしないかを選べるわけだがある程度レベルが行くと勝手に進化する場合もある。
これは本来その種ではありえないレベル、力を内包するがゆえの強制的な肉体変換ということになるだろう。
許容できる力を越えた状態で生きるのは難しい。
少し体を動かすだけで肉体が壊れるのは生物としてはまともではないのだから。
ゆえに許容できるレベルを超えた場合、無理やり進化させられることもある。
今のアズラットはそれに近い状態と言えるだろう。
『わかった。進化する』
『はい、ではそのように』
「……アズラットさん?」
『あ』
『進化まで時間がないので早く説明を』
『了解……』
今までアズラットはアノーゼと話していた。
そのせいで特に反応も動きもないアズラットをネーデが心配している。
『(ネーデ)』
「え? あ、うん、なに?」
『(ちょっと進化するから、しばらく動かない)』
「え?」
ネーデにアズラットの言っていることは理解できない。
一応一度進化する様子をネーデは見ていた。
しかし、それでも魔物の進化という者を明確に理解してみていたわけではない。
ゆえにわからない。突然動きの停止したアズラットの様子がどういうことなのか、わからない。
「アズラットさん! アズラットさん!?」
反応しないアズラットにネーデは心配するように叫ぶ。
それはアズラットが進化し元に戻るまで続けられた。
『……説明足りていませんよ、アズラットさん』
いつもの軽い呼び方ではなく、真面目な呼び方で呼ぶくらいにアノーゼはネーデを不憫に思った。




