042 少女成長の切っ掛け
<危機感知>。それはその名の通り危機を感知するスキルである。
危機と言っても多種多様、例えば身を襲う危険から死に至る危険、毒や罠など様々。
場合によっては自分と戦うことになるかもしれない魔物の位置を把握するなどに利用できる。
スキルとしては能動的に使用することもできるスキルだが、基本的にはパッシブ。
常に発動し自分が死ぬかもしれない危険が迫った時それを感知することのできるスキルということになる。
それは基本的に戦闘に際し極端に強力な効果を発揮すると言うものではない。
あくまで死に至るかもしれない、大怪我をするかもしれない、そういった攻撃を察知できるくらいでしかない。
でしかない……とはいうが、たったそれだけでもネーデにとっては大きなものだ。
「やああああっ!」
<危機感知>を得たネーデは魔狼とそれなりにまともに戦えるようになった。
なにせ魔狼の攻撃は少女にとってかなり危険な攻撃である。
それ自体で死に至ることは少ないが、それによりネーデが戦闘不能になり襲われ殺される危険はある。
一応頭の上にスライムであるアズラットが張り付いているので守ってくれるため死ぬことはないはずなのだが。
しかしそれは考慮されない。他者が守ることをスキルは考慮に入れず、ネーデだけでどうなるかの判断になる。
「っ! うっ、やっ!」
魔狼に斬りかかったのを回避され、その後横合いから襲ってくる魔狼をスキルが感知する。
その感知したスキルの方向からネーデはその体を大きく捻って跳びかかってくる魔狼を回避する。
ネーデの腕ではまだ避けた魔狼に追撃は出来ない。しかし、地面に降りた後は別だ。
「りゃああああああっ!」
そのうちの一匹にネーデが斬りかかる。
他にも逸れた一匹、そして先の攻撃を避けた一匹、他二匹もいる。
魔狼は基本的に五匹で一グループである。そのうちの二、三匹を倒せば退くという特性をもつ。
まあ、特性はともかく五匹がその場にいる。
しかし三階層は遺跡構造でそれなりに狭い。
同時に五匹が全部襲ってくると言うことはない。
大体は三匹くらいが相手である。
避けた二匹、そしてネーデの襲い掛かった一匹、それら、もしくはそのうちの二匹を倒せばいい。
そういうことでネーデは避けたうちの一匹に斬りかかっていく。
もちろん他の二匹の危険はあるのだが、そこはアズラットが守ってくれる。
アズラットに頼りすぎるのは冒険者としてどうかと思う所でもあるが今は仕方がない。
「やっ! りゃっ! とおっ!」
気合を入れながら剣を振るうネーデ。まだまだ未熟な腕前である。
しかし、それでも魔狼の一匹くらいは倒せる。仮にも二階層を一人で突破しているのである。
複数で襲ってこられると厄介だが単体であれば彼女でも十分戦うことができる強さである。
そもそも魔狼の厄介さは常に複数で纏まっていて同時に襲ってくる点である。
「ギャ」
「わ……」
一瞬鳴き声のようなものをあげる魔狼。
その方向にネーデが振り向くとそこには壁に潰され張り付く魔狼が。
そしてその潰れた魔狼に張り付く伸びた腕のようなもの。
アズラットの<圧縮>を解除した体である。
『(あと一匹……やる前に逃げるか?)』
「わ、わからないけど……」
三匹になった魔狼。残りの三匹で襲い掛かるのは選択肢として魔狼たちにはあるだろう。
しかし、どこか躊躇しているようでネーデに近づいて来ない。
『(……逃げたか。賢明だな)』
「……ふう」
三匹となった魔狼はネーデに襲い掛かるようなことはしなかった。
そのまま三匹でその場から逃げたのである。
『(思うんだが、魔狼はいつも遭う時は五匹だよな)』
「そうですね。それがどうかしたの?」
『(いや、いったいあれはどこで他の二匹を補充してくるのかなと思ってな)』
「……ちょっとわかんない。でも、他の魔狼に分けてもらうとか? 他の数の減った魔狼と一緒になるとか」
『(それは思ったんだが、遭わない理由がわからないからなあ……)』
「迷宮の魔物ならアズラットさんは何か知らないの?」
『(俺はちょっと特殊だから。それに別に魔物だから魔物のことに詳しいわけじゃない)』
「そうなんだ……」
残念ながらアズラットもこの迷宮のことや魔物のことに詳しいと言うわけではない。
なので魔狼がどうなのかというのは不明である。
(しかし、ネーデもスキルを覚えた途端かなり強くなったもんだ。まあ<危機感知>はそれなりに有用的だったってことか。本当はアノーゼに訊いてみたいところなんだけどな……)
いまだにアズラットの<アナウンス>のスキルは黒塗りで消されている。
ただ、昨日見た時よりも元の状態に戻っている。
恐らく時間を置けばアノーゼとまた話ができるだろうと言うことなのだろう。
だが本当に聞きたいと言う時に限ってスキルが使えない。
ネーデにとって本当に必要である、憶えるべきであるスキルは何か。
確かに<危機感知>は有用であるのかもしれないが、もっといいスキルがあったのではないか。
アズラットは今のネーデの様子を見ながらそう思う所である。
(最高効率で行くのが一番いい……いや、効率厨ってわけでもないけどな? やっぱり無駄を少なくはしたい)
アズラット自身はかなりスキルに無駄が多い状況ともいえる。
<契約>は使い道が少ないし<アナウンス>や<ステータス>は便利だが使い道が特殊過ぎる。
<跳躍>、<圧縮>、<隠蔽>は比較的利便性が高く、<念話>はネーデとの会話に有用的。
こうしてみるとアズラットの持つ半数のスキルは微妙に使い道の少ないスキルであると言うことになる。
それ自体がかなり有用的であるからあまり問題にはならないが、しかし今のアズラットが覚えることのできる残りスキルは一枠。
それゆえにアズラットはネーデに有用性の高いスキルを望むのである。
これは単純にネーデのためだけというわけではない。
アズラット自身ネーデと行動を共にするため安全性を図る目的がある。
それゆえに<危機感知>。
ネーデと共にいる以上アズラットもネーデが巻き込まれる危機に巻き込まれる。
だからその危機を感知できればアズラットは危険を察知して回避、防衛できるということである。
ただ、それを扱うのがネーデなのが少し不安である。
またアズラット自身それを意識してネーデに取得させたわけでもない。
まあ、ネーデが納得して得たスキルであり、それがかなり有用なスキルであるので特に心苦しく思う物でもない。
『(今のネーデのレベルはどうだ?)』
「んっと…………あ、十にあがってる。結構レベル上がるの早いね」
『(……そうだな)』
以前冒険者カードを見せてもらった時のネーデのレベルは八。
アズラットがレベルが上がる際のペースよりもどうにも早く感じる。
そもそもその以前というのはつい先日一昨日の話である。あまりにも早いのではないだろうか。
(……謎だな)
人間のレベルの上がり方、そして冒険者カードへの反映。
そういった諸々を考えてもアズラットには不明点ばかりである。
『(まあレベルが上がったのなら四階層に行ってみるか?)』
「え? 早くないですか?」
『(んー……確かにせめて魔狼をまともに戦って全滅させるくらいの強さは欲しいかもしれないが……)』
「えっ!? そんなの無理! 無理だよ!?」
ネーデの強さでは魔狼五体を同時に相手し殲滅するのはほぼ不可能と言っていい。
少なくとも少しレベルが上がったくらいでどうにかなるような話ではない。
アズラットは自身の強さのせいもあってかなり感覚がずれている。
まあ、ネーデの場合は防具がないというのもあるだろう。
武器が強いだけではどうにも辛い。
そもそも、ネーデ単独で辛い最大の理由は戦闘手段の問題だ。
複数の魔物を相手に剣一本肉体一つで挑むのは辛い。
普通は何らかの技となるスキルを持つのが一般的である。
『(そうか……どっちにしても四階層には休むために戻るつもりだけどな。そのあたりで適当に休むってわけにもいかないし)』
「それは…………そうだね」
ネーデは人間である。アズラットのようにずっと眠らず行動できると言うわけではない。
それゆえにネーデが休むためにゴブリンの集落を利用するつもりだ。
『(まあ、安全に関しては俺が頑張るから安心しろ。雑魚もいることだし鍛える分には問題ない……か?)』
「なんで疑問形なの!? ねえ、アズラットさん、なんで!?」
不安そうなネーデを無視するアズラット。
どちらにせよ四階層に戻らなければならないのだからネーデの反応は気にしないようだ。




