040 ネーデとアズラット
どうしたものか、とアズラットは考える。目の前の少女の頼みを聞くべきなのか。
別にアズラットも頼みを聞かずに無視してもいいわけである。しかし、利がないわけでもない。
ネーデから色々と話を聞けるし、人間と行動していれば少なくとも人に襲われる可能性は少ない。
それにアズラット自身もいろいろと寂しいという想いはある。
今までずっとアノーゼ以外と会話する機会がなかった。人寂しいものがある。
さらに言えば今の状況ではそのアノーゼと話す事すらできない。
色々とアノーゼの行動や想いに鬱陶しいというか疎ましいところがないわけでもないが、あれはあれで可愛い物である。
例えるのならば自分に付きまとい周りでわちゃわちゃしている犬のような感じで。
(…………いや、そもそも考えることでもなかったな)
アズラットは人が好きだ。それはネーデを守ったことからもよくわかる話である。
人の助けをすることはアズラットにとって嫌なことではない。
もちろん悪いことを助けるつもりはない。
もちろん命令されていうことを聞くと言うわけでもない。
あくまでアズラットの善意からの助けである。
ネーデの場合、これからも一人で迷宮に挑むのが辛い、難しいと言う話である。
それならば強くなるまでアズラットが彼女を助けると言うのはダメな話ではない。
『(わかった)』
「え?」
『(君を助ける。まあ、助けると言っても何をすればいいのかよくわからない話だけど)』
「…………え? 本当にいいの?」
『(もちろん。ただ契約の解除はできないけど)』
ネーデとアズラットの間に結ばれたお互いに傷つけない、攻撃しない、敵対しないの契約。
これに関してはアズラットにとって維持しなければならない物である。
アズラットの存在がネーデから周りに知られると危険であるためだ。
「それは……まあ、そうかな」
『(……手助けする、一緒に探索するということになると他の人間の仲間はつくれないだろうけど、それは?)』
「もともと人間の仲間なんてできないから」
『(ああ、そっか。えっと、こっちは迷宮から出るつもりは今のところない。それに関しては?)』
「め、迷宮で生活するの? あ、でもここみたいに安全な場所があれば……」
『(やっぱりそういうのはつらいか……)』
「私だけ外に出てもいいなら、できなくもないけど…………」
ネーデにとってはその場合力を借りることになるアズラットを置いていくことになる。
また、そうしてネーデがアズラットから離れることでアズラットがネーデから去る可能性もある。
今は近くにいてくれるとアズラットの方から言ってくれているが、それもどこまでアズラットが守ってくれるか。
『(そういうのは仕方がないけど……お互いの事情に関するとまたなあ)』
「…………冒険者だから、その更新とかもあるし」
『(そういうのもあるか。色々と面倒だな……)』
「あ、でも従魔契約とかすれば魔物を連れていくのもできるって……」
『(そういうのはしない)』
「あ、はい……ごめんなさい」
アズラットは他の誰かに従うようなつもりはない。
それゆえに従魔という形の契約を結ぶつもりはない。
とは言っても他の冒険者にとってはネーデとアズラットの関係はそのように見えることだろう。
『(必要に応じて上まで戻る、というのは場合によってはいい)』
「はい」
『(まあ、ひとまずいろいろとやってみないと何ができて何が駄目かもよくわからないし……とりあえず、まずはここからどうするかを決めなきゃいけないか)』
「はい」
今彼らがいるのはゴブリンの集落であった場所だ。まずはそこから脱出する必要がある。
危険は今のところないとはいえ、外に出ていたゴブリンが戻ってくる可能性はあるし、そこから外に出るのもなかなか大変である。
「武器だ……防具も……でもちょっと臭いし汚れも……手入れもされてなさそう」
『(そりゃあゴブリンの使ってたものだから仕方がないんじゃ?)』
「うん、そうかも……」
ゴブリンの集落の中にあった建物は全てがアズラットに飲み込まれ破壊され消化できたわけではない。
そもそもスライムは本能的に生物を優先して捕食し喰らい消化する傾向がある。
それゆえに建物は完全に破壊され消化されずに幾らか原型を残している。
それはつまり中にあった物もそのまま残されているということである。
アズラットの体は入り口まで届き入り口を塞いだとはいえ、場所的にアズラットのいた位置より遠い。
そういうこともあって入り口付近にあった武器や防具の置かれていた建物は比較的無事だった。
そこにネーデとアズラットは武器を取りに来たのである。
「……なんでゴブリンがこんなに武器を?」
『(そりゃあ四階層に出てくるゴブリンは武器を持ってるゴブリンだったからじゃないか? それに冒険者を倒して武器を奪っていたと言うのもあるだろうし)』
「そうなの? あ、私の武器もある。回収されてたんだ」
置かれている武器の中にはネーデの武器も置いてある。
もっとも、ネーデは他の武器の方に視線が行っている。
「こっちの武器いいなあ。私の使ってた武器よりも高い奴だよ」
『(ならそれを持っていけばいいな)』
「え? でも勝手に人の物を持っていったら……」
『(いや、ここゴブリンの集落だった場所だから。魔物の物なんだから倒せばこっちの物だろ)』
「それも……そうなのかな?」
『(迷宮で魔物を倒した場合基本的にどうしてる?)』
「えっと、要らないなら放置していくし、お金になりそうな素材があるならそれだけ解体してもっていくかな?」
『(それと同じだ。ゴブリンを倒して持っていた武器を奪う。殺して素材を得るのと変わりないだろ)』
「うん…………そうだね」
ちょっと迷っている感じのあるネーデ。
まあ迷いながらも彼女は武器を物色しているので多分すぐに慣れるだろう。
『(武器は剣?)』
「うん。一番たくさん作られてて安いし……扱いやすいから?」
『(槍の方が扱いやすいとは聞くけど……いや、それは対人間の戦争での話かな? 普通に迷宮で戦うことを考慮するなら槍はあまり良くないか?)』
アズラットは色々と複雑なことを考える。しかしそれはアズラットの知識での話。
この世界における色々な事情をアズラットは考えていない。
「……? スキルがあるから剣でも槍でも必要ならいつでも使えるようになるけど」
『(あー、そういえばスキルとかあるんだったか……)』
この世界にはスキルというものがある。
アズラットの場合覚えることはできないが<剣術>や<槍術>などのスキルを覚えれば武器の扱いは容易になるだろう。
『(まあ、慣れた武器の方がいいだろうから剣でいいか。っていうか、スキル覚えてるのか?)』
「えっと……少し待って」
ごそごそと自分の服の内を漁る。
少女の幼い体ではその様子を見て隙間から物を見ても良い物は見えそうにないだろう。
まあその手の趣味であれば違うのかもしれない。
そもそもアズラットはそういうことに興味はない。
「これを見て」
『(なになに……?)』
『ネーデ Lv8
称号
契約・アズラット
スキル
<剣術>
実績
竜生迷宮二階層突破』
アズラットが見せられたのはネーデの冒険者カード。そこに書かれていたのはアズラットのステータスに近い。
「これが今の私のレベルとスキルだよ」
(……これは俺の<ステータス>に近い。だけど書かれている情報が少ない。業ではなく称号?)
しかしその内容の幾らかはアズラットの持つステータスとは違う。
それに書かれていない内容も多い。
(後で聞いてみるか)『(低いな)』
「ひ、低いっ!?」
『(低い。それにスキルも……<剣術>だけ? これで二階層は攻略できるのかもしれないが、三階層はそりゃ無理だ)』
「そんなあ……」
容赦のないアズラットの言葉に涙目になるネーデ。
しかし実際三階層に挑むには心もとないレベルである。
そして四階層で生き延びるのは不可能なレベルとスキル、幾ら人間であっても容易ではない。
『(まあ、だから俺が手伝うって話な訳だ)』
「……はい、お願いします」
『(ああ、よろしく頼むなネーデ)』
「こちらこそ、よろしくお願いしますアズラットさん」
ここに奇妙な人間と魔物の関係が生まれた。
これからはアズラットとネーデ、二人での迷宮の旅となるだろう。




