032 ゴブリンたちの集落
「っ、いた…………え? なに? え?」
少女が迷宮の中を運ばれている。
その四肢はゴブリンに掴まれており、少女はあまり動くことができない。
「ゴブリン!? え!? なんで、一体何が!?」
少女は現在の状況に驚きながらも、掴まれているゴブリンたちに抵抗する。
しかし少女の力ではゴブリンたちの力に抵抗できない。
ゴブリンたちは四肢に一体ずつついている。
腕や足一本の力ではゴブリン一体の力には敵わない。
「なんで…………」
少女は自分が何故このような状態になっているのか、それを少し前のことを考えながら思い出す。
少女は三階層へと来ていた冒険者だ。
三階層へ来たとはいってもまだ二階層を攻略できるようになったくらいの実力。
そして彼女は一人で冒険者として迷宮に入り込んでいる。
迷宮の三階層はそこそこ難易度が高い。
何が危険かというと魔狼、それが複数で襲ってくることである。
実際彼女はその魔狼に襲われた。
ただ、襲われても抵抗できたゆえに彼女は命を繋ぐことができたのである。
しかしそのままでは魔狼に噛まれ殺され食われたことだろう。
だが彼女はそこから助けられることとなった。
彼女を襲っている魔狼をゴブリンたちが襲撃したのである。
他の獲物を襲っている所を襲えばかなり有利になる。
そこまで頭がいいわけではなく偶然遭遇したと言うだけではあるが、その状況を利用した。
ゴブリンたちは魔狼を二体ほど殺し、一体に怪我を負わせ、魔狼を追い払うことになったのである。
問題となるのは少女の処遇だ。
助けられたはいいが、少女は自分を助けたのがゴブリンであるとすぐに気付く。
そしてどうしたものかと行動する前に、ゴブリンは彼女を殴りつけた。
そして彼女は意識を失ったのである。
「助かった……わけじゃない!? 放して!」
ゴブリンたちは少女の言葉を聞かない。
命は助かったようであるが、なぜか少女がゴブリンたちに運ばれている。
一体それはなぜか。通常迷宮において魔物は冒険者をただ殺すだけである。
もしくは殺して食べるか。
なぜ魔物はそういった感じで迷宮に入った人間を殺害するのか? 常々議論されていた。
それに関しては迷宮の魔物としては、そうしないと危険だから、食事を確保したいの理由である。
迷宮において魔物は生存競争の真っただ中、そこに自分を襲ってくる人間も追加されるのだから殺さなければ危険である。
そして迷宮における食料の確保というのはなかなか大変だ。
他の魔物もいるし、魔物同士の殺し合いもある。
そもそも迷宮外においてもおおよそ魔物というものは人間を襲うものだ。
迷宮内でもあまり変わらない。
迷宮においては外よりも襲う可能性が高い、というよりは襲わないことがないと言う具合であるが。
「なんで……なんで私を連れてくの……?」
少女がなぜ連れていかれるのか。それがわからない。迷宮の魔物が食料として確保するため?
いや、そんなことは基本的にあり得ないはずである。迷宮の魔物は住処を持たない。
しかし、もしかしたら、そういうこともありえるのかもしれないと少女が考える。
そして、自分を運んでいるのがゴブリンであると言う事実。
「え……まさか!?」
少女は青ざめる。ゴブリンに限らず迷宮外の魔物で人型の魔物が取り得るある特徴、それを知っていたがゆえに。
繁殖。一部の魔物は自分の種の雌以外の雌を借り腹として子を産ませることができる。
「やだっ! いや、そんなのやだっ!」
少女は騒ぎ出す。自分が魔物の子を孕み産まされることとなるのは誰だって嫌だろう。
しかしゴブリンたちはそれを聞くことはしない。
そのまま彼らは四階層へと侵入する。
もし道中に他の冒険者に出会えれば助けられたこともあったかもしれない。
しかし、不幸にも彼女は出会わなかった。
「四階層……?」
四階層。少女にとって三階層ですらまだ早いというくらいなのに四階層へと来てしまっている。
この迷宮において四階層は壁に近い。
三階層までの遺跡構造と少ない魔物に対し、四階層は洞窟行動と多種類の魔物。
それも巨大な野生動物に近い魔物は危険度が大きい。
ただでさえ三階層で苦戦する状態なのに四階層はまず挑戦不可能だ。
それなのに彼女はゴブリンに連れられ四階層へと入り込んだ。
仮にこれでゴブリンたちから解放されたとしても逃げられない。
他の冒険者に出会えれば話は違う。
ただし、それは会うことができればの話。
「やだ……やだよぉ…………」
迷宮に一人で挑んでいた結果。彼女は絶望的な状況へと追い込まれた。
自分を救ってくれる人間はどこにもいない。
(…………この道、スライム穴があるのか)
アズラットはゴブリンが逃げ込んだ小穴に入り込み、その中を進んでいる。
その小穴は入り口こそかなり小さめであったが、中はそれなりに広かった。
ゴブリンの集団が移動するのだからある程度の広さは必要だろう。
その中にはスライム穴もあった。
流石スライム、こんな隠れた場所でも存在する様だ。
もっともゴブリンたちを襲うのは無理だろう。
そのスライム穴をアズラットは隠れ場所にしている。
アズラットが入ってからもゴブリンたちの移動が確認できている。
穴に隠れつつ、アズラットは先へ先へと進む。そして開けた場所へと出た。
(ここが、ゴブリンたちの住んでいる場所なのか…………広い!)
その場所は広かった。そして、小さめの建物が幾つか建っておりたくさんのゴブリンがいた。
目につくだけでも十数は確実、遠目に見えるのも含め数十、まあ確実に五十は超える。
アズラットがすぐに確認できるだけでそれくらいいる。
実数は恐らく百は超えているだろう。二百にはいっていないかもしれない。
(……っと、ひとまず隠れておこう。さすがにこの状況で見つかるとやばい。相手の本拠地だ)
アズラットはすぐにゴブリンたちに見つからない場所へとその身を移す。
入り口付近には一応建物が存在する。その場所付近に身を隠した。
(……これは?)
建物が気になるアズラット。ゴブリンたちに建設技術があるのかわからない。
しかし一応まともな建物である。
未熟ながらも彼らは自力で建物を建てたようだ。
人間の真似事か、それとも彼らが自分で思いついたのか。
それはわからないが、少なくとも何らかの意味はある。
先ほど見えた中には床に寝そべっているゴブリンもいた。
少なくともこの建物は人間のように居住する場所として使われている様子ではない、とアズラットは考える。
(……窓があるか)
それなりに大きめな格子で窓がつけられている。
そこにアズラットは壁をずり登り覗く。
アズラットには振動探知による構造把握能力がある。しかしそれには振動が必要だ。
音の振動、反射音、音が当たった反射の振動でも幾らかわからなくもないが、探知しにくい場所もある。
建物などはその一つだ。
扉や壁など音の伝わりにくい範囲があると今のアズラットも完全に把握は出来ない。
それゆえにアズラットは一応弱いながらも存在する視覚を用いて中を覗く。
(武器庫……まあ入り口付近だしな)
建物の中にあったのは武器や防具。かなり乱雑に置かれているがそれなりの量がある。
どこかで入手したと思われるいい武器防具や、自分で作っただろう武器防具など多種多様。
(他にも建物はある。どこかに頭のいい奴がいるのか? しかし、簡単には動けん……見回りとかいる感じっぽいしなあ)
流石にゴブリンたちにとっても自分たちが住んでいる場所であるからか、見回りや見張りの類が存在する。
普通自分たちの住んでいる場所だからこそ安全だと油断しそうだがゴブリンたちはそうではないようだ。
むしろこの迷宮という環境、いつ何が入り込んで殺し合いになるかもわからない。
だからこそ自分たちが住む場所の安全を守ることを徹底しているのかもしれない。
(厄介な……)
集団のボス、もしくはリーダー、またはブレイン、それを倒せばそれでいいアズラット。
しかし、それは簡単にはいかないようである。




