第八話 盗賊団④
「は~い、そこまで~……。少し、交渉の時間にしましょうかぁ」
禿げ頭の大男が、女言葉調子でランベールへとそう呼びかけてきた。
恐らく、この大男が盗賊団の首領なのだろうと、ランベールは判断した。
「そいつらのために、なぜ俺が降伏すると?」
ランベールが冷たく言えば、人質達は目に涙を浮かべながら必死に首を動かし、ランベールへと懇願して来る。
「惚けたって無駄よぉ。アンタ、こいつらを助けるために来たんでしょう? 安心しなさぁい、私じきじきに調教してあげるつもりだったから、まだ手は出してないわぁ」
「……ふむ」
ランベールは、盗賊の言葉を聞いて、村人の少女から聞いた言葉を思い返す。
『つい先日も、村からの連絡が途絶えたことを怪しんだ冒険者の方が来てくださったのですが……すぐに三人とも捕まってしまいました。あなたも、巻き込まれない内に……』
それから人質の顔ぶれを見返す。
人質は三人とも十八歳前後であり、身体も多少は鍛えているように見えた。
この三人は他の村人と比べればさほど痩せ衰えているわけでもなく、捕まったばかりと考えた方がよさそうだ。
「それに……命を奪う、とまでは言わないわぁ。片腕の、手首を落としなさぁい。それでこの三人を解放して……アンタも見逃してあげるわぁ」
そこまで言うと、手にした頭蓋骨を持って、頭の切り口へと口を付ける。
まるで脳味噌を啜っているようだった。
どうやら頭蓋骨は、内側から粘土を詰めて水を注いでも零れないようにした、杯のようであった。
頭蓋骨自体にも塗料が塗られているようで、表面にてかりがある。
ランベールがその杯へと目を向けると、盗賊の首領は無感情な目をそのままに口許を歪めて笑い、口の周りを、赤紫色をした短く図太い舌で舐め回した。
「あら、これが気になるの? これはねぇ、村の若ぁい女の子の頭で作った、酒杯なのよぉ。んー……作ったんじゃないわね、作らせたのよぉ、その父親に。面白いでしょう?」
首領が言うと、部下達が声を上げて笑い出す。
「なぁ、自分でやるのが怖いなら、俺がずっぱりとやってやろうかぁ?」
「そんなデケェ図体してビビってんのかよ。おら、早く斬り落とせや。それに……これだけで済んでよかったとお頭に感謝しろよ? お頭が本気出しゃあ、お前なんざすぐさま捕まえて拷問して、この世の地獄を見せてやれるんだが……あいにく、お前が殺し回ってくれちまったせいで、万が一でもこれ以上は一人なりと被害を出すわけにはいかんからな」
「ま……本当にお前が今後無事でいられるかはわからんがな。お前、俺達のバックが誰かもわかってねぇだろ? 馬鹿なことしたよ……お前はよぉっ!」
部下達は各々にランベールを馬鹿にしてくる。
(もう少し、このまま話を聞き出すか……? いや、必要はないか。口を割らすために、一人残しておけばいいことだ)
ランベールは盗賊達の顔を一人一人確認した後に、剣を抜いた。
盗賊達はランベールが自分の手首を斬り落とすものだと考えていた。
この村には本来、とある事情により、腕っぷしのいい剣士の助けなど、まず来るはずがなかったのだ。
盗賊達からしてみれば、冒険者を捕まえた後のこのタイミングで急に恐ろしく腕の立つ剣士が訪れるなど、彼らが目的だとしか考えられなかった。
だから彼らさえ人質にとれば言いなりにできると踏んでいたのである。
「俺としても、未来あるレギオス王国の若者を見殺しにすることはできない。別に今の身体では腕を落とすことにもさして抵抗はないし、魅力的な提案といえばそうなのかもしれないが……」
そこまで言ったところで、瘴気をだだ漏れにして殺気を放った。
「悪いが、断らせてもらおう。落としたところで、貴様らに納得してもらえるとも思えんのでな」
急に強烈な瘴気に晒された盗賊達は、恐怖で身体が強張った。
その一瞬の内に、人質を確保していた二人の盗賊の真ん中に立ち、彼らの頭をたった一太刀ですべて叩き落とした。
「なっ!」
「なんだ、何が起きたぁっ!?」
盗賊達は最早状況もわからず、目を見張ったままオドオドとしていた。
首領が表情を一変させた。
「アンタ達、地獄を見せてあげなさぁい!」
吠えながら、興奮のあまり、手にしていた髑髏の酒杯を握りつぶした。
「テメェ、この人数相手でどうにかなると……!」
盗賊の一人が、大声で自らの恐怖を掻き消しながらランベールの前に立った。
だが、その台詞を口にする前に身体が縦に真っ二つになった。
「殺せええっ! 相手は、たった一人よ! 殺しなさぁああい!」
また四つ、真っ赤な果実が弾け飛ぶ。
その剣筋を見ることのできるほどの実力者は、盗賊達の中にはいなかった。
まったく反応することができない。
避けることどころか、逃げることさえもである。
結局その場に居合わせた盗賊達は、まともに剣を振るうこともなく、次々に無残な死体へと姿を変えた。
「こ、こんな……こんな……馬鹿なことが……!」
後に残されたのは、棒立ちの首領のみである。
ランベールは地面の頭蓋の酒杯を一瞥してから、首領を睨む。
「さて、貴様には聞きたいことが山ほどある。村人達にあまり汚いものを見せるわけにもいかんのでな……空き家を一つ借りて、場所をそっちへと移すことにしようか」
「ごっ、拷問するつもり? アタシが、そんなヤワに見えるのかしらねぇ……」
首領はその場にしゃがみ、部下に持たせていた大斧を手に取った。
血走った目でランベールを睨み返す。
「貴様……世の中で、自分が一番残虐な人間だと思っているだろう?」
「な、何を急に……」
「俺はもっとロクでもない奴を大勢知っている。ベルフィス王国の吸血鬼と呼ばれた拷問狂オーダイン……マーデラク王国の略奪王ヘルニコス……アルグロウス王国の人類最悪の錬金術師ガイロフ。そして、我がレギオス王国の魔術師にして大罪人、賢者ドーミリオネ……。奴らの悪事を一つでも目にしていれば、貴様のような小者は二度と眠れなくなるだろう」
「だ、誰よ! 何の話をしているのよ!」
「なに、全員俺が昔殺した奴らの名前だ」
ランベールは言いながら、剣を地へと落とした。
「アンタ……意味わかんなくて、気持ち悪いのよぉおおっ!」
首領が野太い雄叫びを上げながら、ランベールへと襲い掛かる。
首領が斧を振り下ろしたのを避け、鎧に包まれた鉄塊のような腕で、首領の下がった肩を叩きのめした。
ごきりと、肩関節が呆気なく砕け散る。
「あ、あああ……あああぁああっ!?」
口をいっぱいに開き、激痛のあまりに顔面から涎や涙を垂れ流しにする。
即座にランベールは、逆の肩を関節と両膝を鎧越しに殴りつけて破壊する。
「どうだ? 両手足があっという間にすべて使いものにならなくなる気分は? 貴様はこれから、苦痛を与えられるためだけに生かされるのだ。だが、俺は鬼ではない。オーダインやガイロフのような趣味は持ち合わせていない。そのことは、お前にとって幸運だったな。いつでもすぐに殺してやる」
ランベールは首領の膝が砕けてぐらぐらになった足を掴み、乱雑に引き摺って行く。
首領は恐怖と激痛のあまり、体内のあらゆる水分を垂れ流しにしていた。
口許は嘔吐物で汚れている。
「だずげ……だずげて、だずげ……」
首領は近くにいた、人質達へと懇願するように目を向ける。
その様はまるで虐待された子犬のようであった。
人質にされていた者達も、自分達が遭わされた目を忘れて憐れんだほどである。
あの不気味な感情のなさそうな大男と、泥と吐瀉物塗れで引き摺られている男が同一人物だとはとても思えなかった。
なぜか背丈も一回り小さくなったように錯覚したほどである。
だが彼らは縛られており、口に詰め物をされていたため、何をすることもできなかった。
首領はどんどんと引き摺られていく。
やがてランベールは一つの家をノックし、その扉を開けた。
「ふむ、ここは空いているようだな」
「あ、あ……ああ……」
首領はがくがくと身体を震わせながら、最後の最後まで助けを求めるように人質達の方を見ていた。
ばたんと、扉が閉ざされる。
それが、人質達が首領を見た、最後のときとなった。